新谷奈津子先生のオンライン講座「ライティングにおけるフィードバックのありかた:第二言語習得研究の成果と課題」を聞きました
大阪大学マルチリンガル教育センター様主催の令和3年度大阪大学マルチリンガル教育センター公開講座「英語教育オンラインセミナー」第1弾
「ライティングにおけるフィードバックのありかた:第二言語習得研究の成果と課題」(新谷奈津子先生)
を拝聴しました。
今まであまり勉強してこず「なんとなく」でやってきた分野だったので,基礎的なことをしっかり整理して学べた良い機会でした。
振り返りも兼ねて,書きつつ考えつつしていこうと思います。
I think Japanese student should join club activity. I have two reason.
One, we can learn many thing from club activity.
Two, we can make friend.
For this reason, I think Japanese student should join club activity.
中学3年生が英検の練習として上の英作文を書いて「先生,添削してください!」と持ってきたとしたら,皆さんならどんな風に添削しますか?
別に添削例を示したりはしないのですが,何か手元に素材があればこのあと出てくるフィードバックのタイプを具体的にイメージしながら読んでいただけるかもなぁと思ったので。
直接フィードバックと間接フィードバック
まずは一番典型的なフィードバック方法である「直接フィードバック」と「間接フィードバック」で考えてみましょう。
直接フィードバック: 誤りのある箇所を明示し,修正する
間接フィードバック: 誤りがあることだけを示し,修正はしない
ざっくり分けるとこんな感じです。
間接フィードバックは誤りのある箇所を単語レベルで指定するか「この文の中に誤りがあるよ〜」「この段落の中にあるよ〜」など色々な間接度合いの調節も可能です。
講座の中でのブレイクアウトルームでのディスカッションで出たそれぞれの長所と短所をまとめるとこんな感じです。これは全てが研究によって支持されてる的なものではないです。
直接フィードバック,間接フィードバックに関する第二言語習得研究の知見としては,以下のことが紹介されました。
・直接フィードバックの方が間接フィードバックより有効
・長期的な効果も直接フィードバックの方が高い
・メタ分析で効果量の測定をしても直接フィードバックの方が上
ディスカッションでは「直接フィードバックって頭使わないし,あんなのでは習得できない気がしますよね」みたいな話をしていたので,ちょっと意外な研究結果ではありました。
焦点型フィードバックと非焦点型フィードバック
焦点型フィードバック: 1つか2つの文法項目に絞って訂正する
非焦点型フィードバック: 気付いた誤りを全て訂正する
焦点型,非焦点型についてはざっくりまとめるとこんな感じです。
ディスカッションで出たPros & Consは以上の通りです。
SLAでのフィードバック効果を確かめる研究は訂正後のライティングの質を比較するのが定石で,そもそも訂正される基準に差がある焦点化フィードバックと非焦点化フィードバックを研究として純粋に比較するのは難しく,研究は少ないとのことです。
数少ない研究から示唆されていることは,
・どちらも同等に効果がありそう
・意味の伝達に必要な言語項目に対するフィードバックにより注意が向き,その結果,より習得に効果があるかも
という二点です。
特に後者が興味深く,前置詞と仮定法過去完了に焦点化してフィードバックしてみると,仮定法過去完了の方だけ習得が進んだ可能性が示唆されたとのことです。
自分の文章を通じて伝えたいメッセージの内容に大きく関わる部分へのフィードバックには注意を払うことができ,その結果習得に向かうのであれば,前置詞や冠詞といった機能語も,それを誤ることが大きく伝達内容を変えてしまうようなライティング課題を組むことが出来れば効果的なフィードバックを返すことができるのかもしれません。
ただ,今書いていて思いましたが,「1つか2つの文法項目」って難しい概念ですね。「名詞」(noun)も「名詞句」(noun phrase: NP)も「限定詞句」(determiner phrase: DP)も全部「1つの文法項目」なんでしょうか…?
メタ言語フィードバック
メタ言語フィードバックは大きく「エラーコード」と「メタ言語コメント」という手法に分けられます。
「メタ言語コメント」は例えば最初の英作文の1文目に対して,(やっと出番きた)
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その余白に「日本人の生徒っていっぱいいるから…?」とか「理由は二つあるから複数形だね」とか言語形式に意識を向けさせる(多くの場合間接的)フィードバックを書くみたいな感じだと捉えています。
それに対して「エラーコード」は,例えば「複数形にすべき」という修正をしたいときに,「P」(prural: 複数)という一文字を丸で囲ったりして書き込んでいくような手法です。
別紙でエラーコード一覧を生徒と共有しておく必要がありますが,添削者の負担軽減につながります。
SLAの研究成果としては,
・エラーコードはコードの理解や確認に認知負荷がかかり微妙
・メタ言語コメントは直接・間接FB等と同等の効果
だそうです。
確かに,卒論指導で指導教員から書かれたエラーコードが分からず混乱している学生もいました。英語教育を専攻する大学生でそれなので,英語にあまり接していない学生へのフィードバックとしてはかなり厳しいかも?と素朴に想像してしまいます。
まぁ,人間味がないっちゃないですし,「卒論を書き上げる」ぐらいの明確な目的がないとしんどいかもしれないですね。
逐次フィードバック
昨今はGoogle Documentなどを使って学習者が英作文を書くのと同時に教員が添削をすることも可能になっています。
自分も2年前に非常勤講師をしていた中学校で中3の最後に英語で手紙を書くという単元で生徒にGoogle Docsで作業してもらい,エクセル上の名簿に全員のドキュメントのリンクを貼り付けて巡回するという授業をしていました。
コロナで休校になり最後まで書き上げることができなかった甘酸っぱい思い出です。
新谷先生の研究では,一つのエッセイライティングの中で繰り返し同じ文法を使用するように課題を設定し,そこに逐次フィードバックを入れることで,ライティングが後半に進むにつれて当該の文法項目のエラーが減ったとのことです。
また,逐次フィードバックと事後フィードバックの両方を経験した学生へのインタビューから「逐次フィードバックだと同じ間違いを繰り返さないからいい」「書いているときに直されると,なぜ直されたのかが意味と対応して分かりやすくていい」といった好意的な声も聞かれたそうです。
一方で,「なるほどなぁ」と思わされたのは,
「英語で書くときは最初は内容面に注意して書いているから,文法は後で直そうと思っている。それをその場で直されるのはちょっと…」(メモが追いつかず,講座で紹介された正確な文言ではありません)
という意見。
難しいですな…。
ライティングフィードバックにおける教員負担を減らす術
ライティングのフィードバックは1クラス分だけでも集めるとかなり時間がかかりますよね。英検ライティングの添削とかは正直僕は耐えられず「僕に添削頼まないで」オーラをバンバン出しています。
そんな中で新谷先生から提案されたのは,書いた英作文を提出させるのではなく,手元に持たせた状態で特定の文法項目に関する解説をするというもの。ある種の焦点型フィードバックです。これにより一人一人が自分の英作文の誤りを自分で直すことを促します。
確かに教員の負担はかなり軽減されそうですが,果たしてちゃんと直せるだろうか?という不安から結局集めて確認してしまうという人もいそうですね。
また,フィードバックをするか,文法解説をするかで比較すると,フィードバックの方が若干習得への効果が高かったという研究も紹介されました。
それなりに習熟度の高い学習者集団に対しては,この方法を使って,更にピアフィードバック(学習者同士でのフィードバック)とかを取り入れるのもありかもしれません。
SLA研究と教室での英語授業
新谷先生が講座の途中で,
「提言なんてできる立場ではない」
「現場の先生方の実践を研究者がもっと知っていく必要がある」
「SLAの研究と教室で英語を教える・学ぶことは全く別物」
といったメッセージを繰り返し出してくださいました。
このことは英語教師側もしかと受け止めておく必要があると思います。
SLA研究の知見を参考にすること自体は何も問題ありませんが,度を超えて踊らされるようなことにはならないようにしたいです。
どうしても目の前の生徒たちの英語力を伸ばしたいと悩んでしまうと,本屋さんや広告で目にする「科学的な英語学習法」みたいな言葉に目が行ってしまいます。
「学校英語教育リテラシー」みたいなものを持った教員でいたいものです。
この記事で簡単に触れた「SLA研究の知見」なるものも,そもそもフィードバック研究には「学習者要因」「タスク要因」「コンテクスト要因」の3つの要因が大きく関わってくるもので,それは学校で英語を教えるという状況では常に流動的な諸要因ともいえます。
SLAを始めとした英語学習に関する「科学的な知見」と「教師の実践知」を幅広く理解し,自分なりの実践を生み出す基礎にしていければと思います。
夏休みが明けたら色々な形でのライティングフィードバックを試してみようかしら。
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