分散の幸せ 『多拠点ライフ』石山アンジュ
石山さんは『シェアライフ』という本を書かれていますが、シェアする概念を広く普及させようと活動されている方です。今ではシェアリングサービスは当たり前になってきましたが、これはわりと最近のことで、テクノロジーが追いついてきたからこそ可能になったのだと思います。しかし、もともとは地域の中では、昔からシェアリングの概念はありましたが、テクノロジーを活用することで、身近な地域だけでなく、全国、全世界とシェアできるようになった点が非常に面白いと思います。
私は現在基本的にリモートで仕事をしており、昨年はほぼ毎月どこかへ出かけていました。基本的には遊びで行くことが多かったのですが、月に1回ほどはさまざまな場所を転々としていました。私の場合、実家に拠点を置いているので、実家という1つの拠点があることで、割と旅がしやすくなります。1つの拠点を持ち、そこに物を置いたまま、複数の場所を行き来するスタイルで生活しています。
他にも拠点を持つことを考えていますが、2拠点でも構いません。拠点がない状態は多拠点生活とも言えるでしょう。実家があるので荷物はそこに置いておき、さまざまな場所で生活しながら仕事をするということも可能になってきました。もちろん、現場に赴いて業務をこなす必要がある場合や、対面での打ち合わせが必要な場合もあるので、そういった際は、北海道に戻ればよい。そうすれば、自分に合った多様な生活スタイルを楽しめるのではないかと考えています。
今回の『多拠点ライフ』は、単に多拠点生活のメリット・デメリットを説明した本かと思いましたが、著者の本書を通して伝えようとしているキーワードは「分散」なのだと感じました。住む場所だけでなく、家族の在り方そのものを分散させるという発想です。つまり、"ただいま"と言える場所を複数持つということです。血縁関係が強い日本では、"ただいま"と言えるのは実家や親戚の家くらいでしたが、核家族化が進み、そういった場所が減ってしまいました。そこで、分散の考え方を取り入れ、"ただいま"と言える場所や人々を自然と増やしていく生活スタイル、働き方が重要になってくるのではないかと。それによってリスクが分散され、自然災害など予期せぬ事態に備えられる。
分散の発想は、単に居住地だけでなく、仕事にも当てはまります。1つの会社に依存していると、倒産などで収入がゼロになってしまう危険性があります。また、ある特定の地域にしかない伝統工芸などは、その地域で災害が起これば失われてしまいかねません。そうした文化財を守るためにも、分散して別の場所でも同様の文化を育てることが重要なのかもしれません。
分散思考は高城剛氏も唱えてきた考え方で、シェアの概念と合わせると、私たちはかなり身軽になれるはずです。家や車の所有にかかるコストは大きな負担となります。必要なものをみな所有する必要はなく、シェアすれば済むというわけです。一昔前は所有することが大切だと考えられてきましたが、先行きが見えない時代にあっては、所有よりもシェアを選ぶ発想の方が合理的です。
すでに世の中には物があふれ、空き家も問題となっています。新しい不動産が次々に建設される一方で、老朽化した家は取り残されていきます。金儲けだけを考えるのであれば問題はないかもしれませんが、いずれバブルは弾ける日が来るでしょう。その際、適切な住まいが見つからず困る人もいるはずです。経済的な富をうまく分散・シェアしていけば、そうした矛盾は解消するかもしれません。
戦後は、モノを手に入れることで豊かさを得ようとしてきましたが、今後は精神的な豊かさへとシフトしていく必要があります。先進国では格差が広がり、貧困層が増えていくでしょう。日本も同様に経済的な豊かさを失っていく中で、どう精神的な豊かさを見出すかが重要な課題となるはずです。金銭的な貧しさは悪いことではありません。本来、人間は何も持たずに生まれてきたのですから、何も持たずに幸せを得られるはずです。これから資本主義が行き詰まっていく中で、分散思考やシェアの発想、多拠点生活は、非常に興味深い試みだと思います。私自身も、そうした生活を体験し、その面白さを発信していきたいと考えています。
とても素晴らしい本でしたので、興味のある方は是非お読みください。
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