楽しくクリエティブな学び場を。 - 教育界のトップランナー達が語る、21世紀の"ふつう"の教育論- (前編)
2019年10月14日に、立命館アジア太平洋大学東京キャンパスにて、弊社TAKTOPIAが主催したカンファレンス TAKTOPIA FESTIVALを開催致しました。21世紀の新しい教育の形を参加者全員で考えていく本カンファレンス。本記事では、日本を代表する教育業界のトップランナー2名である上田信行氏、織田澤博樹氏をお招きして、弊社代表の長井と共に、「2019"ふつうの教育"論」」と題したトークセッションの模様をお届けします。
1. 楽しく学べる環境をいかに作るのか?
長井 悠氏 (以下、長井): モデレーターを努めさせていただきます、タクトピア株式会社代表の長井です。今回は、「21世紀の新しい教育の形を参加者全員で考えていく」というテーマの元、教育業界で活躍するお二方をお招きしてパネルトークをやらせていただいています。まずはじめにそれぞれの教育的価値観を自己紹介を含めて、語っていただけますでしょうか。
上田 信行氏 (以下、上田)よろしくお願いします。私は、教育という分野について長い間、「楽しさの中に学びがあふれている」というアプローチでやってきました。
そもそもこうした考えの原点としては、当時アメリカに渡ったばかりの私が、テレビを使って教育的機会の格差を埋めようという考えと出会ったのがきっかけでした。アメリカでは、親が貧困だと子どもも貧困に苦しみ、小学2年生くらいでドロップアウトしてしまう。そして、その子どもが親になった時も貧困になってしまうという悪循環がありました。
このような状況を変えていく手段として、セサミストリートのような楽しみながら学ぶことができる教育番組の可能性について、考えていきたいという強い情熱が私の原点となりました。
上田 信行(うえだ のぶゆき)
同志社女子大学現代社会学部現代こども学科 特任教授
ネオミュージアム館長。奈良県出身。同志社大学卒業後、セントラルミシガン大学大学院にてM.A.、ハーバード大学教育大学院にてEd.M., Ed.D. (教育学博士)取得。プレイフルラーニングをキーワードに、学習環境デザインとラーニングアートの学びの場づくりを数多く実施。1996~1997 ハーバード大学教育大学院客員研究員、2010~2011 MITメディアラボ客員教授。著書に『プレイフルシンキング:仕事を楽しくする思考法』(2009, 宣伝会議)、『プレイフルラーニング:ワークショップの源流と学びの未来』(2013,共著、三省堂)、『発明絵本 インベンション!』(2017, 翻訳、アノニマ・スタジオ)など。
長井: 上田先生のお話をお聞きしていて思ったのですが、いわゆるセサミ・ストリートが醸し出す世界観やキャラクターの文脈に没入していく、そういうのがすごく楽しさというか没頭を生むのかもしれないですね。
そして、その没頭感を生むというのが、上田先生がテーマにされている「プレイフルさ」(本気で学ぶと楽しい)につながっているのかもしれませんね。
上田: 学びのスタイルの変化と言えば、教師の役割の変化というものもあります。もともと、先生の役割は「いかに生徒が、学びそのものを楽しめるように授業を設計するのか」であったと思うのですが、それは実は、教師が生徒に対して効果的に教えていくティーチング・デザインの考え方がベースになっています。
教育工学研究の中に授業デザインをシステムとして考えていくインストラクショナル・デザイン(ID)という分野があって、セサミストリートの制作もそのような教育方法がもとになって作られていました
しかし、これからはどちらかというとLearning Environment(学習環境)をどうデザインするかの方が大事になってきています。ティーチング・デザインの世界観に対して、ラーニング・デザインという視点ですね。
どういうことかというと、今までは先生は指導案を作って、教室の前に立って45分教えるということを仕事としてやっていましたが、そうではなく先生の役割は学びの場を設計すること。そういう考えが、織田澤先生やタクトピアが実現しようとしている自律した学びを作るにあたって、重要になってくると思います。
2. デジタルとアナログが混合したこれからのLearning Environment
長井: 実は、青翔開智という学校、僕が日本で一番ファンな学校ですけども、上田先生がおっしゃていたLearning Envronmentが素晴らしいと思っています。もともと、織田澤先生がキャラクターミュージアムの設計をしていたということもあるので、その辺も含めて素晴らしいLearning Envronmentの作り方についてお話ししていただけたらなと。
織田澤 博樹(おたざわ ひろき)
青翔開智中学校・高等学校 副校長
群馬県出身。日立製作所でエンジニアを経験した後、キャラクタービジネスの世界へ転身。玩具やミュージアムの企画を担当。2012年より鳥取市へ 転居し青翔開智中学校・高等学校の設立に参画する。2016年より現職。最年少民間人副校長。
織田澤 博樹氏(以下、織田澤) : Learning Envronmentですか。青翔開智中学高等学校って6年前にできたんですよ。タクトピアの創業とわりかし時期が近くて。みなさん鳥取県って知ってます?人いないですからね。55万人しかいないんですよ人口。
そんな地方都市で、うちの学校は、探究活動を主軸に置いてやっていこうって言って作ったんですね。探究活動を支えていくにはどういう校舎、学びの場が必要なのかって考えて0から作ったんですね。そのときにたどり着いた答えがアナログとデジタルを融合して、その校舎で探究をしようというのが建築コンセプトでした。
2014年に鳥取県鳥取市に開校した私立中高一貫校。デザイン思考・アート思考に基づくプロジェクト学習を中心とした探究学習を行う。2018年度、文部科学省からスーパーサイエンスハイスクールに指定。「図書館の中にある学校」という特徴的なコンセプトの校舎で、アナログとデジタルの学びを掛け合わせている。
デジタルの部分でいうと、学校の中にWi-Fiルーターが69台設置されていて、どこにいてもインターネットに接続できる。アナログでいうと、とにかく本があります。ですが、図書室はないです。どこにあるかというと、学校の校舎内のいろんなところに本棚がある。「図書館の中に学校を作る」というコンセプトで校舎作りをしたんです。
こういう環境があることで、生徒は廊下でも、教室の中でも本とインターネットにアクセスすることができ、どこでも探究することができます。そんなLearning Environmentを作りました。
上田: 空間っていうのは教育力がありますよね。今日の会場もこんな感じのレイアウトがあって、硬くない柔らかい雰囲気がある。空間が醸し出している、入ってきたときの空気感が今日の雰囲気を決めてしまうのかもしれません。
長井: 弊社でも、コンテンツに限らない、学びの総合的な環境づくりのために上田教授の4つの視点を弊社のプログラムにも取り入れています。
タクトピア のLearning Designは以下の4つの観点がもれなく含まれるように設計されていることで、空間によって学びを促していく仕組みが常にプログラムの軸として存在している。
長井: タクトピア の環境づくりみたいなところで言えば、日本の場合、Activityに重きがおかれがちなので、他の3つがすごく重要かなと思っています。
例えばToolsでは、チームビルディングの際にレゴブロックを使って、まずは非言語でのワークショップをやってみることで、英語ができるかどうか気にせず、海外の大学生と一緒に活動ができる環境づくりも意識してますね。
長井 悠(ながい ゆう)
タクトピア 株式会社 共同創業者・代表取締役
茨城県と千葉県で育つ。東京大学にて藝術学(音楽社会学)を専攻、修士課程修了。IBM社にて、戦略コンサルタントとして活動後、2010年にハバタク株式会社を創業。2015年、当社の一部門であった学校向け教育事業をタクトピア株式会社としてスピンアウトし代表に就任。
3. CreativeになるためにはCreationが必要
上田:もうひとつ 、これからの教育で大事なこととしては、いかにCreativeな人を育てるのかという話。プログラミング教育が、来年から小学校で本格的に始まるのですが、それに先立つ形で、東京の日本科学未来館でベネッセさんから依頼されて行ったプロジェクトがあります。
このプロジェクトの土台となっているのが、Tinkeringという考え方です。Tinkeringは「手と目と心を使って、何度も何度も納得のいくまで、いじくりまわすようにして試行錯誤する」ことを意味するのですが、今後日本にも徐々に浸透してくる概念だと思います。もの作りとプログラミングを一緒にやっていくというComputational Tinkeringという言葉も積極的に使っていきたいですね。
来年からプログラミングが導入されたときに、ものを作るって楽しいという体験をしてもらわないとプログラミングが嫌いな子どもたちが増えてしまうのではないでしょうか。
Tinkeringのどこがプログラミングのエッセンスかというとメタ認知、やったことを対象化して、ものごとを俯瞰すること。それは、言い換えると、どこを作り直すことが必要なのかを考え、修正(fix)することができる能力です。メタ認知を働かせると、どんどんプログラムが書けるようになる。あとは、ものごとは最初からうまくいかないという常識をどうやって教えるかが大事だと思います。
今の教育って怪我をさせない教育じゃないですか。だけど、倒れても立ち上がるレジリエンスのような、そういう力の方がこれからは大事ですよね。リスクをとるというのは失敗するということ。
ただ、失敗しても安全な組織、学級や学校、があるからこそ思いっきり冒険ができる。コードを書くだけが、プログミングではなくて、そういう思いっきり失敗をやって立ち直っていくことを学ぶ機会としてのプログラミング教育を実現していきたいですよね。
レジリエンスとは、心理学では「逆境やストレスが高い状況に直面した時に、それに対してうまく適応する能力」のことを指す。日本語で、回復力や復元力とも訳される。不確実性が高い21世紀において、やり抜く力(Grit)と同じくらい注目される非認知能力である。
上田:クリエイティブは抽象的な言葉ですが、はっきりしていることはクリエイションしないとクリエイティブではないということです。実は、これは成長するための考え方であるGrowth Mindsetという考え方にもつながってきます。Growth Mindsetを持っている人は、何か難しいことにぶつかったとしても「無理ではなく、まだできないだけ」と考えます。
成長に関する考え方(マインドセット)は大きく分けて2つある。1つは、「努力しても自分は変われない。」と考える、Fixed Mindset (固定的マインドセット)。このような人は、looking smart (できるだけよく見せたい)という気持ちが先行し、変化を恐れ、新しいことへのチャレンジにブレーキをかけてしまう。一方、Growth Mindset(成長的マインドセット)の人は、becoming smarter (もっと成長したい)というのをモチベーションにして、変化を楽しみ前に進もうとする人で、「努力すれば、自分はどんどん変わっていける。」と考える。そのため、Growth Mindsetの人は「まだまだやればできる(The Sprit of Yet)」の精神を持っていると上田氏は指摘する。
長井: 今、上田先生がお話ししてくれたことを、青翔開智の中でもいろいろ実践されていると思うのですが、いくつか実例をお話していただいてもいいですか?
織田澤: 学校の教育方針としては、最終的に社会実装するところまで持っていくことをゴールとしている部分はあります。
その1つが、中学1年生が行った鳥取市にカフェを出そうというプロジェクト。4人10チーム、銀行にきてもらって収支計画をみてもらったりして。1位のチームのアイデアをクラスで実際に作り上げてお店を1日、出店する。
実際のカフェの中の様子。物怖じせず、果敢にお客さんを呼び込む生徒さんの姿が印象的だった(長井)
織田澤: お客さんがくる、それが評価なんですよね。社会に向けて自分たちのアウトプット出すわけなので失敗するわけですよ。注文して30分たっても料理が出てこないとかってなると、一般のお客さんが中学1年生に本気で怒ったり(笑)。それで社会ってそんな感じなんだってわかる。
結果的に、お借りしたチャレンジショップで中学1年生が過去最高の売り上げを叩き出し、もし本当に働いていたら、お給料をたくさんもらえる状況になったんです。けど、ほとんど休憩時間もなく、朝から晩までやっての結果だったんです。だから、終わった後に、その子たちに「そういう働き方でいいですか?」と聞いてみると、「これでよかったのかどうかわからない」って言うんですよ。やる前はお金たくさん儲けたいっていうんですけどね。
そういう社会のなかで失敗をしていく経験をしていくと今まで自分が正しいと思っていたことがめちゃくちゃ揺るがされるんですよ。お金たくさん儲けて、好きなことをして、欲しい物を買いたいと、はじめはみんなが思っている。
だけど経験してみると、わかんなくなる。社会に出てみると、思っていたことがうまくいかないという経験を中学生でしておくことは、そういうことを大人になってから初めて体験するのとは違う。
「2019"ふつうの教育“論」は、学びの環境をデザインしていくLearning Environmentの話から、青翔開智中学・高等学校の学びを促す学校の校舎作り、成長をしていく人のマインドセットの話などなど、議題は多岐に渡りました。
後半の記事では、上田先生がご提唱されている遊ぶ感覚を持ちながら学んでいくPlayful Learningやその理論をどうやって教育現場に応用していくかについて議論を展開していきます。お楽しみに。
記事構成・編集:二ノ宮将吾・柴田祐希
グラフィックレコーディング:タオルマン(肥後祐亮)、山野元樹・柏弘樹
写真 :菅原幹人
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