おれの歌を止めるな ジャニーズ問題とエンターテインメントの未来
BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」が公開されて、世間がにわかにこの問題に関して騒ぎ始めた際、いち早く前向きな「提言」を発言して下さった「芸能人」松尾潔さんの著書です。
前置き
ここ1年程、幾度かツィッターで言及している通り、私個人はジャニー喜多川による性加害行為に関しては、1999年の週刊文春の特集からの裁判結果(年号まで覚えてるほどのはっきりした把握ではなかったですが)を何かで見て以来認識はしていて、ジャニーズのタレントがテレビに映るたびに「あーこの人たちもあの爺さんに(表現を一応控えておきます)だろうなあ」と思いながら眺めていました。
テレビに出てくるたびにそういう気分になるので、ぶっちゃけ所謂「ジャニタレ」は昔から気持ち悪くて避けてた口です。まあ、いくつかの例外はありましたが。
家族が見る気でない番組は、早々にチャンネル変えたりはしていました。
とはいえ、私の中でこの問題が「マスメディア腐敗」と「我々一般人の沈黙による加害」と結びつき始めたのは、政治や人権への問題意識からここ数年社会問題や政治への関心を持ち始め、自分なりにアンテナを張ったり勉強したりし始めてから大分立った頃。
ぼんやり「思ってたより深刻な話なんじゃないかなあ」と、おぼろげに思い始めた頃に、BBCのスクープ(発覚から30年近くたってからでもそういうのであれば、ですが)
そんな時に著者の松尾さんの発言がバズリ、と言うより炎上して私のツィッターに流れてきまして、大変共感する内容・且つ・前向きで簡潔なセンテンスだったのが印象に残り、言動に注目させていただいていました。その流れで著書を出されたというので読んでみた次第です。
感想
前置きが長くなりましたが、ここからいつもの感想です。
内容としては、松尾さんが最初に発言されたラジオ番組での提言、およびそこからの一連の発言の場となった連載コラムやラジオ番組の書き起こしのまとめです。
書き下ろしとしては、多分第一章のみとなります。
ほぼ既出のまとめの書籍という事もあり、内容はジャニーズ問題に限らず、ここ2,3年のポップミュージック界、芸能界のよもやま話という内容。
音楽と言えばアニソンかゲームミュージック、映画音楽あたりしか聞かないので、この辺りの話題は新鮮で自分としては面白かったです。
一方で、この辺りの記述は、ジャニーズ事務所問題の背景として重要な要素であり、まとめてある意味は大きいと思います。
全体として、ちょうど「今」のポップミュージックシーンの、当事者による貴重な記録と言える書籍ではないかと思いました。
松尾さんに関しては、先述の通り活躍されてる業界に疎かったので、失礼ながら本件まで存じ上げなかったのですが、一連の言動を見させていただいて「ああ、この人は正直にものを言っているな」という印象を受けておりまして、本書を読んで、改めてその印象を確かなものにした感じです。
なんとなくデジャヴなんですが、松尾さんの言動への第一印象は、現在も続いているコロナ禍の序盤で、「8割おじさん」こと西浦先生に感じたのと同じ印象だったんだなあ、と、読みながらあらためて気づいたり。
読んでみて驚くのは、その博識さ、柔軟な感受性、想像力の豊かさ、でしょうか。
クリエイターとしてお仕事されているので当然なのかもしれませんが、自分みたいな頭の固い人間からすると、ちょっと真似できないレベル。
多くの対談経験や、音楽を中心とした創造物とのふれあい、その他お仕事や日常の様々な事柄から、常に何かを受け取り、ご自分をアップデートされているというか、実に柔軟に受け入れ、ご自分を変化させておられるという点。実にしなやかで、かっこいいです。
ジャニーズ問題に関しては、書下ろし部分と、纏めの部分でいくつか触れている、と言う感じです。
分量としては全体から見るとそれほどでもないのですが、その強く、前向きなメッセージというか、提言は強力で、納得感のあるものでした。
一貫したテーマ「おれの歌を止めるな」要するに黙るな、黙らせようとするな、という姿勢は、マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の下記の名言と通じる精神と言えるでしょう。
国連の「ビジネスと人権作業部会」が調査してくださったことからもわかるように、ジャニー喜多川による性加害の問題は、単なる芸能スキャンダルではなく、「著しい人権侵害」という、人の尊厳や命の問題です。
そして「ビジネスと人権作業部会」の調査結果資料(「資料」の項にレポートのリンクを載せておきます。現在のものはプレ・レポートで、本報告は2024年6月ごろ報告予定とのこと)を読めばわかるように、この問題はジャニー喜多川・ジャニーズ事務所の問題という範囲で語るべきものではなく、日本社会全体における、「日本は世界で最低レベルに近い人権後進国である」と言う問題の一部でしかありません。実際、ジャニーズ問題は、国連が調査したうちの、ほんの1項目でしかないんです。
これを変えていくには、沈黙せず、声を上げていくこと。
黙らないこと。考える事。疑問を持つことです。
本著は、一貫してこのテーマを叫んでおられました。
大変エキサイティングな読書でした。良い本だと思います。
資料
BBCドキュメンタリー「J-POPの捕食者:秘められたスキャンダル」【日本語字幕つき】
日本はビジネスと人権で前進を遂げるも、システミックな課題に対処する必要あり、と国連専門家
https://www.ohchr.org/sites/default/files/2023-08/230804-WGBHR-JAPAN-EOM-PR-Japanese.pdf
国連ビジネスと人権の作業部会 訪日調査、2023年7月24日~8月4日 ミッション終了ステートメント 東京、2023年8月4日https://www.ohchr.org/sites/default/files/documents/issues/development/wg/statement/20230804-eom-japan-wg-development-japanese.pdf
ところで、どーでもいいですが、ここ最近読んだ本が見事にオレンジ色ばかりでちょっと笑った笑