ぼくの短歌ノート⑥『声、あるいは音のような』vol.1 by岸原さや
引き続き、短歌を紹介します。
今回は、歌人・岸原さやさんの第一歌集『声、あるいは音のような』からの引用です。
なんでもない日常を美しく、繊細に切り取った歌がたくさんちりばめられています。
全12首です。
それではどうぞ!
①かなしみがかなしくなくてくるしみもくるしくなくて熱だけのある
何か衝撃的な事件があったとき、心はまだその事実を受け入れられず、かなしみやくるしみの実感が湧かないときがある。でも、体はその異変に気付き、何かしらの不調を訴えるのだ。
心は体よりもずっとずっと素直。そして、感情よりも先に、体が異変を示すことがある。
②炎天のまひる汐留しんとして水底あゆむわたくしがいる
土曜日あるいは日曜日の夏の汐留の風景が思い浮かんだ。普段はビジネスマンでごった返すこの街も、休日となれば異様に静けさを保っている。水底とは、炎天の街の蜃気楼なのか。熱によってゆらゆらと舞い上がる蜃気楼の底をゆったりと歩いているのか。あるいは、そのまま東京湾なのか。
③横むきに坂をころがる枯草の匂いたしかな夢の手ざわり
川沿いの草が一面に広がる土手。晩秋の頃だろうか。座り込み、きょろきょろと辺りを見渡し、大人げなく転がってみる。すると、しばらく忘れていた枯草の匂いが感じられる。
みんなで土手に座り込んで、将来の話をした頃のことをふと思い出す。
④早朝の<なぎさ遊歩道>すずしくて行く人もなく来る人もなく
なぎさ遊歩道。恥ずかしながら初見だったもので少し調べてみた。どうやら鹿児島県は桜島の観光名所のようだ。海にほど近く、水平線と桜島を拝められることから、日中は多くの人が行き交う場所であると想像できる。人が多いと何かと暑苦しさを感じるものだが、早朝ともなれば、人は少なく、しんとした静けさが広がるのだろう。朝の肌寒さを感じながら、ゆっくりと散策。軽やかでさわやかな光景が広がる。
⑤砂防林ぬけてひろがるさがみの海しずかにゆれて泣きそうになる
強風により舞い上がる砂から民家や居住地を守る砂防林。海風の強い地域では、よく見られる。砂防林があると、なかなか海が見えない。砂防林を抜けると、眼前にはまっさらの砂浜と海原だけが映る。しかし、砂防林越しに海を眺めるのに慣れていたら、その景色に何だか物足りなさ…寂しさを感じる。風もそんなに強くないのであろう。波だけがゆれている。その静けさがよけいに、哀愁を募らせる。
⑥悲の器 愛の器 無の器 うつわでしかなかったわたくし
人は感情豊かな、喜怒哀楽に満ち満ちた生き物である、が、感情とは果たして、人体のどこの部位に存在するのであろう。科学の世界では、それは脳や心と答えるのが正解なのだろうが、仮にそうだとしたら、指先とは、なんなのだろう。臓器とはなんなのだろう。体には感情を宿さないのであろうか。どれだけ怒りを感じても、悲しみを抱いても、指先や臓器はただ、目的と生命維持のために動き続けている。
⑦知らぬまち路地にまぎれて陽だまりを行けば異国の陽炎となる
Instagramで「路地」とハッシュタグ検索をかけると、ノスタルジックな写真がたくさん見つけられる。こんな異国情緒あふれるところが、本当に日本なの?とびっくりすることもしばしば。路地愛好家たちは、そのエモーションなるなシーンに心惹かれ、シャッターを切るのだろう。
そんな路地が絶頂に達するのは南中高度が最も高くなるときだろう。蜃気楼が立ち昇り、ゆらゆらとゆらめくその様子はまさに、異国の陽炎を見ているかのようだ。
⑧ほほえんで自転車をひく修道女のまなざしふかく世界をゆるす
おだやかな微笑みをたたえる修道女にとっても、我々にとっても目の前に広がる世界は同じはず。残酷な事件や、理不尽な毎日が過ぎていく。しかし、修道女の目に映る世界は、そうではないようだ。修道女は特別な力を備えているわけでもなければ、ずば抜けてポジティブなわけでもない。むしろ、世界の歪みに人一倍敏感なはずだ。だけど彼女はやさしく、日常を送りながら、世界をゆるす。
⑨ざりがにの眠りを見たの横むきに浮いて眠るの深夜の水槽
ざりがには眠るときも絶対横向きにならない。ざりがにが横向きになるとしたら、そのときはきっと、死んでいるはずだ。だが、夢の中では、現実では起こりえないことが平気で起こる。夢の中なんだから、空を飛ぶとか、大金持ちであるとか、もっと突拍子もないことでもいいはずなのに、「ざりがにの眠り」だ。しかし、そんな日常の些細なことだからこそ、神秘性を加速させ、不思議な世界観をまとう一首に仕上がっているとも思う。
⑩浅瀬から浅瀬へ渡る風の船、うつむいて水、あおむいて空
笹船のことだろう。「風の船」とは情緒的な比喩だ。笹船は軽く、ちょっとした風でひっくり返ったり、また元に戻ったりする。
ひっくり返れば、うつむき、水と接し、元に戻れば、あおむき、青空を眺める。さわやかな景色が広がる一首。
⑪しずかだね時の濁りが澄んでゆく栞は本にはさんだままで
本を読んでいたら、うとうとと眠気がやってくる。眠るとき、世界は一瞬静かになる。まどろみの時間を超えると、透明な眠りの世界が訪れる。栞をはさみ、本を置き、そっとその世界へ入り込んでいく。
⑫あたたかなスープを口にはこぶとき森の深みに苔はしずまる
口をすぼめ、無意識的にその味に集中する。冷たいものはごくごくと飲めるが、あたたかいものはそうはいかない。やけどするかもしれないから、少しずつしか口に含めない。しかしだからこそ、ゆっくりと味わうことができる。「森」とは口の中いっぱいに広がる旨味や風味のことだろうか。そして「苔」とは研ぎ澄まされた味覚以外の、自身の身体的感覚のことだろうか。
以上になります!
自分の解説というか見方が正しいのか分かりませんが…少しでも参考になったらうれしいです。
改めて、こういう感想なり解説を書くのはなかなかタフですし、歌そのものに自分自身をじっと見つけられている感覚があります。
本当にお前は分かっているのかと。
それでも、やっぱり良い歌を紹介していきたいし、良い歌を見つけられる「眼」を養っていきたいので、続けていきたいです。
次回も岸原さんの歌を紹介していきたいと思います!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?