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【読書感想】朝井まかて『最悪の将軍』

2020/05/03 読了。

朝井まかて『最悪の将軍』

江戸幕府5代将軍・徳川綱吉を、綱吉本人と妻の信子の視点から描いた小説。

綱吉と云えば「生類憐れみの令」だが、自分が見聞きしてきた綱吉公の印象とは真逆の小説だった。今となっては何が正しいかは分からないから、この小説も全てが真実ではないと思う。でも、疫病が流行る今この時に読むと、物の見方が変わるというか、国を司る者に対しての虚しさが感じられてよいのではないかと感じた。

文を以て、真に泰平の世を開こうとした綱吉。民は国の本とし、慈愛の精神で国を作り直そうとした。武士の世から、国民の世にするために独断専行の政策をとっていく。生類憐れみの令も、綱吉が戌年だから云々ではなくて、人間も含めた全ての生物の命を大切にして欲しいという綱吉の希望だったはずが、いつしか厳罰化した法令になっていく。

国を想う綱吉を信じながらも冷静に見つめ大奥から支え続ける御台所の信子の視点も慈愛があるので、この小説には愛がいっぱい詰まっているのに、徳川綱吉は江戸時代で最も悪政と言われてしまっている。私はその違和感の出所を探しながら読んだ。綱吉が余りに哀れで差異を埋めたかった。

為政者と国民はピッタリと合わさることがないのだと思う。もう少し細かく言えば、国のトップという立場と、その命を執行する立場もズレはある。市井の人が国を司る者の信念に深く理解して暮らしていくことはとても難しい。

テレビやネット配信で顔や声をリアルタイムで見ることができる現代でも、為政者の心は見えない。江戸時代であればなおのことである。綱吉がどんなに慈愛を以て政に励んでも、国民が苦しむことになったのは、万事が万事うまく伝わらなかったからだと思うのだ。

火を噴く富士山を仰ぎながら、綱吉は信子に語りかける。 

「不徳の君主を、天はお責めになっているのだろうか。余は、やはり最悪の将軍であるのか」と。

あまりにも報われない綱吉に涙が溢れた。

私には政治がよく分からない。でも、日本に食犬の文化がなくなったことは、少なからず綱吉の政策が影響したのだと確信している。

命の慈しみを人々の心に養うことで、秩序に満ちた世を開ける。

綱吉の言葉はあまりに美しくて真っ向から否定したくなる。無理だよ、そんなのは無理。だけど、朝井まかてさんの綱吉を信じてみたいとも思う。慈愛を享受するだけではなく、慈愛を育て社会に還す。そんな国民でありたい。 





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