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モーフィアス散歩

妄想で日常を彩る日記。

先日、モーフィアスと散歩をした。

運動をしないわたしは、暇があればとにかく歩くことにしている。普通なら電車でいくところを歩いていく。片道2キロは当然のように徒歩圏内。3キロは気持ちに余裕があればいける。歩くのが面倒になったり早く帰りたいときは、帰りだけ公共交通機関を使うことが多い。今年の猛暑(酷暑?)でも全く気にせず歩いていたのだが、汗でビショビショになった時にさすがに人目が気になったため、以来自粛している。秋になったらまた再開する予定。

今回の話は暑さが増す少し前、つまり自粛前のこと。


大通りに出て西へとひたすら歩いていた。

片道4車線の車の往来が激しい横で何キロにもわたって直線が続く。歩道を歩いている人はあまりいない。オフィスが集結する地域から遠ざかる方向なので、通勤や通学時間以外でここを歩くのはほぼ地元民だけだ。特にわたしが通った時間は、主婦が買い物に行くにしても、子どもの送り迎えをするにしても中途半端だった。コンビニなどちょっとした用事で外に出た人、近所で働いている人がたまに歩くが、信号を1つか2つ渡る間に建物や横道へと消えていく。


人口密度の高い街中だったが、いまこの道を2キロも西へ歩く人間はわたしくらいだろう。

そこに彼は現れた。駅がある大きい交差点を東から西へと渡ったわたしの前に。おそらく南から上ってきたと思われる。


175~180センチほどの黒人男性で、やたらガタイが良い。足が長くて胴体が短いので余計にがっちりして見える。日本人でこのバランスはあまりいないので、少しうらやましい。履きこんだデニムに明るい色彩の半そでシャツを着ていた。



交差点で出くわした瞬間はわたしの5メートルほど前にいたのが、足が長いので少しずつではあるが差が開いていく。ほかにわたしの前を歩く人がいないので、ずっと彼の背中を追っていた。


この筋肉は鍛えたのだろうか、それとも勝手についてしまうのだろうか。万が一この人を怒らせたりして、本気で殴られたら骨が折れそうだ。

それで思い出したのだけれど、少し治安の悪い場所のコンビニ定員が、アジア系かブラジル系かよくわからないが、とにかく筋肉隆々のガッチリした体格で、背はわたしより小柄だったものの、今日の彼を思わせるガタイの良さだった。

「この人がレジにいたら、治安が悪い客が喧嘩を売ることもないだろう」と、コンビニ店長の人事に陰ながら拍手を送ったことがある。



話を戻そう。
黒人の彼は基本的に前を見ていたが、時折キョロキョロする。幅3メートルはある広い歩道で、それなりにスピードを出した自転車の往来あったから、車線変更をするのに確認したのだろうと思う。それにしては振り返るのが多いようにも思ったが、落ち着きのない人なのかもしれない。


しかし彼は何者だ?



手ぶらでラフな格好をしていて、観光客とも仕事をしているようにも見えない。この辺に住んでいるのだろうか──。など考えをめぐらしていて、ふと「あ、モーフィアスだ」と思った。初期の方ね。


モーフィアスといえばこの人


そう、似てる。いやウソ。

後ろ姿しか見ていないので、似ているとすれば、ガタイの良い黒人であることと堂々とした歩きっぷりくらい。そんなのどこにでもいるだろうに。しかしモーフィアスかもしれない、というナイスな妄想を膨らませることにした。


モーフィアスは歩きながら公衆電話を探しているのだ。


しかし、この通りに公衆電話はないはず。普段、しっかり景色を見ているわけではないので、もしあった場合でも、見通しの良い通りなのであれば遠くからでも確認できるから問題ない。

公衆電話があれば入るだろう。ないとしたら、いきなり消えるかもしれない。そうか、ここはマトリックスなのだ。だとすればわたしは何なのだ? エージェントではないことは確かだが、マトリックスの住民とすれば、”その他大勢”みたいで嫌だな。赤いドレスの女ならまだいいけど。


どうせなら赤いドレスの女


西へ西へと歩くにつれ、駅前のにぎやかな雰囲気から住宅や事務所、マンションなど殺風景な景色へと移り変わる。それと同じく、人通りも減ってゆく。モーフィアスはひたすらわたしの前を歩き続け、角を曲がる様子はない。

わたしとモーフィアスが出会った場所から約2キロ先、この道の終点はT字路だ。わたしはそこまで歩くつもりだったが、まさかモーフィアスはここまで来ないだろう。
”彼はモーフィアスである”という空想を楽しむ一方、この辺りの家か事務所に用事があるのだろう、ということも頭のどこかで思っていたから。

モーフィアスは歩幅が大きいので、離されることはあっても、追いつくことはない。と安心しきっていたところで赤信号。10メートルは離されていたはずなのに追いついてしまった。

距離の短い信号であり、まっすぐ南北を突っ切る小道からは車が来る気配がないので、わたしは早々に信号を無視して突っ切った。そしてわたしが前に出た。赤信号はけっこう長かったらしく、いつまで経っても彼はわたしを追い越してこない。モーフィアスは車が来ない信号でも守る真面目なヤツらしい。

もうどこかの角を曲がったのかな、と少し気になるところではあったが、わたしは振り返らなかった。いないならいないで良いし、いたら目が合ったら気まずい。相手はモーフィアスだ。

もしまだ後ろにいるなら、そろそろ追いついても良いだろうという頃合いでまた赤信号に引っかかった。するとモーフィアスがわたしに追いついた。おお、まだいたのか。


まだ西に行くつもりなのか、と少し驚いたが、それをいうなら向こうも同じだろう。ただでさえ人通りの少ない歩道なのに、ふたりで追いつき追い越されをしている。相手もわたしのことを怪しんでいるかもしれない。


この交差点は車の往来も多かったため、おとなしく青になるまで待つことにした。しかしスタートダッシュはどうすべきか。モーフィアスの前に立つべきか、少し遅らせるべきか……よし、ここは後ろにつけよう。


青になるとモーフィアスがすぐに前に出たので安心した。



また少しずつ距離が離れていく。そうする間に、T字路の終点近くまできた。とうとうここまで来てしまった。

T字路を右に曲がると商店街で、わたしの家はそこを抜けた先にある。しかし、この日は左に曲がってすぐのカフェにいくつもりだった。まさかモーフィアスがその店に来るとは思えないが、もし先に入られることがあったら、さすがに1、2キロを一緒に歩いて同じ店に入るなんて、偶然ではありえない。どうしても行かなきゃいけない訳ではないので、モーフィアスが入ったらわたしはやめておこうと思った。モーフィアスに不審者と思われたくなかったので……その辺は現実的だった。



T字路の手前の信号でモーフィアスは右側の道へと渡った。目的地が違っていたことに、とりあえずはホっとした。しかし彼が向かった先はわたしの家の方角だ。どこに行くんだろう。


そこで思い出した。わたしの家の手前に大きな神社があり、そこには確実に公衆電話がある。これだ。


行こうとしていた店を諦めて、モーフィアスを追いかけるべきか少し迷ったが止めた。


万が一、予想通りモーフィアスが神社前の公衆電話で消えるのを目撃したら、わたしの映画マトリックスが始まるかもしれない。ネオやトリニティが現れても怖い。
でもね、万が一錠剤を差し出されたら、あたしは青を選ぶわ。神社前の公衆電話っていかにもな感じがするし。

……んな訳あるか。


ってそんなことは分かってますよ。でもモーフィアスがモーフィアスではなく、ただの一般人だったとしたら、つまんないじゃん。そんなものを見届ける必要もない。


モーフィアスがモーフィアスのままでいてもらうために、わたしは追跡を止めた。


99.999999999%ただの一般人だろうが、わたしが確信しない限りは可能性が残っている。シュレーディンガーの猫しかり、モーフィアスと一般人はわたしが確認するまで両方が重なった状態なのだ。可能性を残した方が楽しいでしょ?


カフェに入るといつも通りコーヒーを頼み、いつも通り読書をしていつも通り平和に家路についた。


また会おう、モーフィアス。



青一択



こんな日記を最後まで読んでくれた人がいたら、ありがとうございました。



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