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機動戦の基本は敵に先んじて意思決定を下すことである;リンドの戦術的考察

軍事学の研究者が戦闘を分析する際に、消耗戦の特性を機動戦の特性と対比させることがあります。消耗戦は事前に立案した計画に従って整然と部隊の人員と装備を運用し、確実に戦闘力を集中し、戦果を積み上げていく戦い方ですが、機動戦は状況の変化に即応し、計画から逸脱することを許容しながら部隊を迅速かつ機敏に運用する戦い方であるといえます。

ただ、機動戦という軍事用語を構成する機動(maneuver)という言葉には、部隊の移動という意味だけでなく、敵を巧みに騙す策略という意味もあります。後者の意味を重視し、機動戦の本質は部隊の移動にあるわけではないという考え方があり、例えばウィリアム・リンド(William S. Lind)は『機動戦の手引き(Maneuver Warfare Handbook)』(1985)で機動戦を実践する鍵は主動(initiative)の地位を占めることであると主張しました。

リンドの著作で機動戦の理論を発展させる基礎に据えているのは、ジョン・ボイドという軍人が提唱したモデルです。ボイドは、戦闘間に指揮官が何らかの決定を下すたびに費やす時間を部隊行動のコストと捉える重要性を主張しました。彼のモデルでは、指揮官の意思決定が、状況の観察(Observe)から始まり、適応(Orient)、決心(Decide)、行動(Act)を経て最初の観察に回帰するものとして説明されており、OODAループと名付けられています。このサイクルを回すために長い時間が必要になればなるほど、部隊の行動は状況の変化に遅れやすくなると考えられます。

リンドは、OODAループを敵よりも速く実行することが機動戦の本質であると考察し、そのためには軍隊をより分権的な組織に切り替える必要があると主張しました。集権的な組織になればなるほど、最前線に展開する部隊は隣接する部隊の行動と連携を図り、また上級部隊の戦闘指導に従わなければならなくなるため、OODAループを遅くならざるを得なくなります。

行動を起こす前に報告、連絡を徹底することは、不確実な戦場で確実性を追求する試みとして理解できるものですが、リンドは下級部隊の指揮官が独自の判断で行動できるようにしなければ、OODAループの速さで敵に優越することはできないと指摘しています。

もちろん、リンドは単純に軍隊の分権化を推進すれば機動戦を遂行できると主張していたわけではありません。機動戦を遂行する難しさ、小隊、中隊といった小単位部隊の戦術を習得した指揮官を数多く確保することにあるためです。これは軍隊の教育訓練にとって大きな課題であり、リンドはアメリカ海兵隊の教育制度を見直す必要性があると主張しました。

彼は軍隊の教育により創造的な思考を重んじる文化を導入しなければならないと論じており、特に戦史や兵棋を積極的に取り入れ、小隊を指揮する中尉には、大隊の運用を理解させることを提案しています。戦闘で大隊がどのように動いているのかを理解しなければ、小隊を率いるときに、自分がどのように行動すべきかを理解することができないためです。

もちろん、どのような場面でも役立つ火器の使い方や地図の読み方などに関する教育訓練の内容を変える必要はありませんが、戦闘訓練のやり方についてはリンドはかなり大きな変更が必要だと論じました。

「機動戦では、突撃の方法が異なっている。現在、海兵隊では2個の部隊から構成される突撃部隊を運用している。一方の部隊が敵を制圧し、他方の部隊が敵の陣地に入り、接近戦で敵を撃破する。先に述べたように、機動戦で最も一般的な突撃の方法は、大規模な制圧部隊、小規模な浸透部隊、そして大規模な戦果拡張部隊の3個を運用する。制圧部隊は突撃地点で敵に頭を下げさせる。浸透部隊は敵の陣地に小さな突破口を形成する。戦果拡張部隊はこの突破口を通過し、敵の後方地域で扇のように展開し、敵の陣地を後方から瓦解させる。戦果拡張部隊の一部については直ちに敵の後方地域により深く入り込み、新たな抵抗線とその間隙を探すことで、突撃から直ちに前進へと移行することが可能となる」(Lind 1985: Ch.5, p. 45)

リンドが考える機動戦の原則はOODAループを敵よりも速く回すことであるため、突撃によって敵の陣地を奪取できたとしても、そこで上級部隊に報告し、次の命令を待つことは許されません。各級の指揮官はそれぞれの権限の範囲で可能な限り戦果を拡張できるように、積極性と主体性を持って行動することが求められています。

見出し画像:U.S. Department of Defense

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