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「デュヴェルジェの法則」の教え方に悩む政治学教員のためのヒント

大学で政治学を教えていると、学生がどこで躓きやすいのかが分かってきます。大学生が政治学で何を学ぶべきかについては諸説あるところですが、避けては通れないテーマの一つが選挙だと思います。

特に議院内閣制の国では、有権者の投票行動が政党の議席配分を規定し、それが連立内閣の閣僚構成、政策選択などに影響を及ぼすので、デュヴェルジェの法則のような基礎理論はしっかりと押さえておきたいところです。

デュヴェルジェの法則はフランスの政治学者モーリス・デュヴェルジェが提唱したことで知られている政治学の法則の一つであり、選挙制度によって政党政治のパターンが変化することを説明しています。

選挙制度が小選挙区制であれば二大政党制が形成される傾向があるのに対して、比例代表制であれば多党制が形成される傾向があることを説明する法則、と教科書では説明されることが多いと思いますが、これだけでデュヴェルジェの法則を理解できる学生は私の経験から言ってもほとんどいません。

このような状況は世界的に似たり寄ったりのようであり、どうすれば分かりやすく法則の意味を説明できるのか教員は試行錯誤してきました。以下の論文で報告されている手法も、その試みの一つです。

Audette, A. P. (2018). Teaching Party Systems: A Culinary Demonstration. Journal of Political Science Education, 1–8. doi:10.1080/15512169.2018.1463852

まず、デュヴェルジェの法則が成り立つ理由や、その前提条件に関してさまざまな研究があるのですが、初めてデュヴェルジェの法則を知った学生に理解してもらうための教授法を紹介するという目的とはあまり関係がない内容になるので割愛します。

政治学の授業でデュヴェルジェの法則を解説するときは、いくつかの簡単な数値例を使って学生に計算をさせるか、あるいはその計算の過程を見せることが主流です。例えば、有権者の40%から支持を得ている左派政党と、35%から支持を得ている右派政党A、10%から支持を得ている右派政党Cが競い合うという政治状況を想定します。

左派政党:40%
右派政党A:35%
右派政党B:10%

この想定だと、右派政党Aと右派政党Bは合流すれば、左派政党に対して優位に立てそうに思えます。なぜなら、左派政党の支持率40%に対し、右派政党ABの支持率の合計は45%と優勢になるからです。しかし、小選挙区制という選挙制度では、そうはなりません。小選挙区制では、議会の定数と同じ数の選挙区が分割された状態で存在しており、それぞれの選挙区では1名の候補だけが議員が選出されます。つまり、敗者となった候補に入った票はすべて死票として無駄になってしまいます。

小選挙区制の下で選挙区ごとに各党が別々の候補者を立て、有権者が正直な気持ちで投票するとすれば、左派政党の候補者は非常に有利な条件で戦うことができます。というのも、同じような立場をとる右派政党Aと右派政党Bを支持する有権者は、左派政党よりも票が別々の候補者に割れてしまうためです。そうすると、どの選挙区でも弱小な右派政党Bが議席を得る確率は低下します

比例代表制という選挙制度では、まったく違った事態が起こります。比例代表制では基本的に各党の得票率に比例して議席を配分するためです。この場合、理屈の上では左派政党、右派政党Aだけでなく、右派政党Bに対する10%の支持に対しても議席が公平に割り当てられることになります。弱小な政党であったとしても、わずかな議席を確保することができるということは、議会の中では多党制が作り出されやすくなることを意味します。

以上の解説がデュヴェルジェの法則の標準的な説明です。ここまで読んで頂いた皆様には申し訳ありませんが、あまり面白いものではありません。そのため、先に挙げた論文の著者は、政党とは別の意外なメタファーを使うことを提案しています。それは食べ物を使ってデュヴェルジェの法則を説明するという方法です。

食べ物の種類はなんでも構いません。重要なことは、好きな食べ物、普通の食べ物、好きではない食べ物を組み合わせることです。著者は自分が嫌いな食べ物としてビーツとハツカダイコン、普通の食べ物としてバナナとブドウ、好きな食べ物としてクッキーとホットソースを選びました。これらの好き嫌いが政治的な立場の好みと対応します。以下でその設定を使ったデモンストレーションの一例を紹介します。

学生に、この世にはビーツ党(支持率40%)、バナナ党(支持率35%)、クッキー党(支持率10%)の3党が存在しており、それぞれの党が全国民に自党が推奨する食べ物をたくさん食べさせようと、選挙で議会の議席を競い合っている状況であることを伝えます。そして、教員の個人的な食の好みとしては、ビーツが食卓に並ぶ食生活は最悪の事態であり、バナナはまあまあ我慢できるものの、可能ならクッキーを毎日たくさん食べたいと思っていることを説明します。

ここで、もし小選挙区制でどれか一つの政党を選ばなければならない場合、教員はどのような投票行動を選択すべきかを学生に質問します。教員は明らかにクッキーを食べたいので、クッキー党に投票すべきだと思われます。しかし、クッキー党の支持率は10%にすぎないことに注意を向けさせます。クッキーを食べたい人は、バナナを食べたい人よりもはるかに少ないので、勝ち目があまりないことが分かるはずです。

むしろ、ビーツ党の支持率が40%と優勢であり、そちらの動きを阻止する方が、クッキー党に投票するよりも合理的ではないかと思われます。それゆえ、妥当な選択肢として浮上するのはバナナ党への投票であり、これはデュヴェルジェの法則で弱小政党が一掃されるはずだと予測する理由となります。

次のステップはホットソース党を登場させることです。これはまったく方向性が異なる第三極の小政党が出現する事態を表しています。すでに述べたように、ホットソースは教員が個人的に好きな食べ物であり、クッキー党とホットソース党がともに議会で議席を獲得することができれば、それは教員の食生活を大きく改善すると期待されます。しかし、ホットソースは普通の人々の好みであるとは考えにくい食べ物です。したがって、政党としての支持はほとんど集められないと想定します。

このような場合、小選挙区制で選挙を行うと、どのようなことが起こるのかを学生に答えさせます。ここでの正解は、デュヴェルジェの法則を踏まえるならば、有権者はますますバナナ党へ投票する傾向を強めるはず、というものです。つまり、以前はクッキー党に投票していた有権者でさえ、ますますバナナ党に投票するようになると予測できるのです。なぜなら、ただでさえ非主流派の立場にある有権者の票をクッキー党とホットソース党が奪い合う構図になるため、その低い勝率がさらに低下するためです。このように、小選挙区制では特定の大政党に票が集まりやすくなり、結果として二つの二大政党だけが議席を獲得する状況になると説明できます。

小選挙区制の場合を考えると、異なった展開が予測できます。ある時、政党支持率はビート党(15%)、バナナ党(30%)、クッキー党(40%)、ホットソース党(15%)だったと想定します。

ビート党(15%)
バナナ党(30%)
クッキー党(40%)
ホットソース党(15%)

もし比例代表制の下で選挙が行われれば、この政党別支持率が議会における政党別の議席保有率と一致するように議席が配分されます。つまり、ビート党やホットソース党のような小さな政党であったとしても、議席を確保することが可能になるため、多党制の議会が形成されます。ここで、それが意味するところを学生に考えさせてみます。

議会が多党制になる場合、どの政党も単独で議会の過半数を制することができない可能性があります。先ほどの政党支持率の想定は、まさにそのような状況であり、比例代表制が政治情勢に不安定性をもたらすことが理解できます。この議会の構成では、国民がどのような食生活を強いられるのかを予測することが難しくなります。論理的に最も可能性が大きいのは、クッキー党を中心とする連立政権ですが、どの党と手を組むかについては、さまざまな可能性が残ります。これはクッキー党が過半数の議席を支配するために必要な追加の議席数をどの政党も持っているためです。

連立交渉の複雑さについてはデュヴェルジェの法則の説明とは直接的な関係はないのですが、比例代表制がもたらす政党政治のパターンが小選挙区制の政党政治のパターンと大きく異なることを学生に印象付けることができれば教育上の目的は達せられます。

教員の調査では、このデモンストレーションを見た学生はデュヴェルジェの法則によって議会の政党数が変化することに対して強い印象を受けるようです。アンケート調査に答えた44名の学生のうち、38名が政党政治の理解に役立ったと回答しており、その教育効果に否定的な反応を示した学生は3名だけでした。「より理解が深まった」、「クラスを巻き込む良い方法」、「より明確な説明を必要とする学生には特に有用だった」などのコメントが寄せられており、また視覚的に分かる例を使うことの重要性を指摘するコメントもあったようです。

所要時間は20分程度であり、学生の参加も一定の方向に制限されているため、アクティブ・ラーニングの手法として教員にかかる負担があまり大きくないこともよいと思います。今後、このような教育の手法を取り入れることを考えている教員におすすめします。

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武内和人
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