論文紹介 戦略の一つとして安心供与(assurance)を考える
安心供与(assurance)という戦略用語は、抑止(deterrence)に比べると知られていないかもしれませんが、抑止の効果を高める上でも重要な戦略です。抑止論の研究で知られるシェリングは『軍備と影響力(Arms and Influence)』(1966)で初めて安心供与を戦略として位置づけ、そのメカニズムを分析しました。
安心供与とは、自分が将来において選択する行動を約束する戦略であり、例えばA国に攻撃さえしなければ、自国は決してB国に被害をもたらすようなことはしないと伝えることが、これに該当します。抑止の基本は、相手に手を出すと危険であり、割に合わないと思わせることですが、それは相手に武力の行使に踏み切った場合の損失の大きさを認識させることに依存しています。抑止に対して安心供与の狙いは相手に協調すれば前向きな関係を構築できるという期待を持たせることであり、これが機能していれば、もし抑止を実施するとしても、相手に武力の行使をより強く思いとどまらせることが期待されます。
しかし、Knopf(2012)も指摘している通り、安心供与の戦略は十分に分析されているとはいいがたい状況です。研究者の間でも、関連の用語が混乱しています。そこでKnopfは、安心供与を「ある別の行為主体が不安を感じる原因と思われるものを緩和し、あるいは大きな安心を与えることによって、その行動に影響を及ぼそうとする戦略である」と定義し(Knopf 2012: 378)、このカテゴリーに含まれる戦略を複数の類型に整理することを提案しました。
第一の類型は、抑止の要素となる安心供与です。Knopfは、もともと安心供与という用語を最初に使い始めたシェリングの議論を踏まえて、彼の安心供与の概念がこの類型に該当するものとして整理できると論じています。あと一歩でもあなたが前に足を踏み出せば、こちらは発砲すると警告して抑止を図るだけでなく、あなたがそこで踏みとどまれば、こちらは決して発砲しないと伝えることによって抑止を成功させる公算を高めることが期待されます。ちなみに、このような安心供与は相手を思いとどまらせる抑止の要素となるだけでなく、相手に何らかの行動を無理強いする強要の要素にもなりますが、その場合は相手に対して安心供与が確実に行われると信じさせることが難しくなることも指摘されています(Ibid.: 379-380)。
第二の類型は、同盟国・友好国を保護することを約束するタイプの安心供与です。この用法が最初に使用されたのは、ジョージ・W・ブッシュ政権が2001年に策定した『四年次国防見直し(QDR)』であり、そこで同盟国の防衛にアメリカがコミットすることを保証することが掲げられていました。バラク・オバマ政権でも目標そのものは維持されましたが、用語の使い方は変化しています。Knopf(2012)は安心供与の用語を標準化するため、ブッシュ政権の初期の用法に従うことを選択しました(Ibid.: 381)。
このタイプの安心供与の特徴は、脅威を及ぼす恐れがある国家を対象とするのではなく、同盟国を対象とすることであるため、シェリングが議論した抑止の要素としての安心供与とは本質的に異なるものといえます。区別のため、同盟関連安心供与(alliance-related assurance)と呼ぶことも提案されています。また、このタイプの安心供与の効果は実証的な研究はっきりと判明していないという課題もあります。最近の研究では、アメリカの同盟国は協議の機会があるか、あるいは共同の作戦計画が準備されているかどうかを非常に重視する傾向にあり、どれほどの部隊がどこに展開しているかだけを調べるだけでは、このタイプの安心供与の戦略を分析することに限界があることが分かっています(Ibid.: 383)。
第三の類型は再保証(reassurance)であり、これはリチャード・リーボウによって提案されたものです。これは抑止の限界を補う目的で実施される戦略であり、攻撃のリスクを減らすため、敵対者に対して我が方に非攻撃的な意図しかないことを示すことによって実施されます。軍備競争を煽るのではなく、また宥和と受け止められることをも避けるため、両者の中間を追求し控えめではあるものの、一方的な協力的取り組みを提案し、それに応じるように相手に要求します。もし協力的取り組みを相手が悪用するなら報復しなければなりませんが、その後も協力的取り組みを再開するように粘り強く呼びかけます。この戦略がユニークなのは、抑止の要素として安心供与を行うのではなく、抑止とは別の戦略として設計できることです。軍事行動だけで再保証を実施することは必ずしも必要ありません。
第四の類型は、不拡散体制関連の安全の保証(non-proliferation-related security assurances)であり、これは1968年の核兵器不拡散条約を基礎とした戦略として実務家によく議論されているタイプです。核兵器不拡散条約は、国際社会に核保有国と非核保有国という地位を設定し、アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランスだけが核保有国と認められました。他のすべての締約国は条約に従って核兵器を取得することができませんが、そのことが自国の安全を脅かさないという意味での安心供与を必要としています。これには(1)消極的な安全の保証として、非核保有国に核保有国が核兵器の使用または威嚇を行わないこと、(2)積極的な安全の保証として、非核保有国が他の核保有国あるいは、条約に加わっていない核保有国から攻撃や威嚇を受けたときに、援助を受け取れることが含まれます(Ibid.: 388)。
安心供与は、安全保障上の目的を達成する上で非常に重要な戦略です。国際政治の難問の一つは、他国との信頼関係を構築することが困難であることです。いったん信頼関係が失われると、いかなる外交的努力をもってしても、国家間で重要な合意を形成し、長期的に履行する見通しが立たなくなります。そのため、費用がかかる軍事的手段への依存が高まってしまいます。軍事力は国防の基礎として重要ですが、それだけに頼ることがないようにしなければなりません。安心供与を戦略的に実施できれば、軍事負担を減らし、かつ安全を確保しやすくすることが可能となります。
参考文献
Knopf, J. W. (2012). Varieties of assurance. Journal of Strategic Studies, 35(3), 375-399. https://doi.org/10.1080/01402390.2011.643567