冷戦時代の核戦略理論家バーナード・ブローディは何を考えていたのか
アメリカの研究者バーナード・ブローディ(1910~1978)は、核戦略の研究で重要な成果を上げた研究者であり、特に抑止の分析で高い評価を受けています。日本でも安全保障を専門領域としている研究者の間ではよく知られていますが、日本で訳書が公刊されたことがありません。
そこで、この記事ではブローディの代表的な著作である『絶対兵器』と『ミサイル時代の戦略』を取り上げ、彼がどのような戦略思想の持ち主だったのかを紹介しようと思います。
『絶対兵器』(1946)
『絶対兵器:原子力と世界秩序(The Absolute Weapon: Atomic Power and World Order)』はブローディの単著ではありませんが、彼の核戦略理論を展開した論文が2本収録されています。1945年にアメリカが日本に対して原子爆弾を使用してから、わずか数週間で書き上げられており、多くの研究者に原子爆弾の軍事的意義を考えさせたタイムリーな研究であっただけでなく、将来の世界情勢の展開を的確に予測した研究でもありました。
原子爆弾が爆撃機から都市に投下されると、その都市を防御することは技術的に不可能であり、あらゆる施設や資産が破壊され、多数の住民が殺傷されます。ブローディは、このような性能を持つ兵器が数年以内にアメリカだけでなく、世界各国に広まる可能性が高いと予見しました。そして、たとえ数発でも他国に手に渡れば、アメリカが大量の原子爆弾を保有していたとしても、もはや戦略的な優位性があるとはいえなくなるだろうと考えました。原子爆弾を敵より多く持っていても、原子爆弾から都市を守ることはできないためです。
このような認識を踏まえて、ブローディは核兵器の運用を通常兵器から切り離し、抑止(deterrence)のための兵器として位置づけ、特別な運用体制の下に置くことを提案しています。ブローディの見解では、核兵器を他の通常兵器のように部隊で使用すべきではありません。なぜなら、抑止の目標を達成するためには、敵国から核攻撃を受けた後でも確実に報復できる態勢を維持する必要があるためであり、このためには通常兵器を運用する部隊とは別系統の信頼性が高い指揮統制システムを整備しておくことや、核兵器の残存性を高めるための分散配備が欠かせないためです。
これは先見性に富んだ議論であり、この時点でブローディが核戦略が発展する方向性を正しく見極めていたことが分かります。ちなみに、世界に核兵器が拡散するという彼の予測は3年後の1949年にソ連が行った核実験RDS-1によって的中しています。
『ミサイル時代の戦略』(1959)
ブローディは『ミサイル時代の戦略(Strategy in the Missile Age)』(1959)で、核戦略の研究をさらに前進させています。この著作では、従来の戦略の研究の限界を指摘するために、イタリアの軍人ドゥーエの航空戦略を取り上げています。ドゥーエは敵国の政経中枢に対する航空攻撃を集中的に実施することによって、早期降伏へと追い込む戦略爆撃(strategic bombing)の構想を提案しており、将来の戦争では陸軍や海軍から独立した空軍によって結果が決まると予測していました。
このドゥーエの戦略構想が第二次世界大戦におけるアメリカ軍の航空作戦に及ぼした影響は大きかったものの、戦争の結果を左右する上で決定的な影響を及ぼしたとまでは評価できないとブローディは述べています。また、ドゥーエの戦略構想は核兵器が拡散した世界情勢を想定できていないという点で限界もありました。『絶対兵器』で核兵器を抑止の兵器として位置づける必要があるというブローディの主張はこちらの著作でも繰り返されており、伝統的な戦略思想の特徴であった攻勢へと向かうバイアス(bias towards the offensive)への懸念が示されています。
抑止を達成するために必要なことは、攻める能力ではなく、守る能力であり、特に反撃を実施する部隊を早期警戒態勢に置くことや、攻撃対象地域の国民に警報を発し、避難を促し、生き残れる確率を高める民間防衛(civil defense)の措置が重要だと考えられています。ブローディは、抑止が失敗する可能性は十分にあると認めています。これは核兵器を使用する場合、敵に先んじて第一撃を加える交戦国に絶大な優位性が生じるためです。
しかし、第一撃の優位性を相手に奪われないようにすると、もはや米ソ関係を安定させることは難しくなり、最悪の場合には核戦争で共倒れになってしまうことも予想されました。そのため、攻撃的な意図を示すことなく、防御と反撃の能力を向上させることによって問題の解決を図る必要があるというのがブローディの立場でした。これは現代の核戦略の基本的な考え方だといえます。
ランド研究所でPDFファイルがダウンロードできるので、そちらへのリンクも紹介しておきます。
まとめ
ブローディは、無制限に核兵器を使用する戦争に反対し、アメリカ軍の核戦略の方向性を抑止の達成のために再考することを強く促したといえます。核戦略の研究は、その後も抑止を中心に展開されることになりましたが、ブローディの学説は重要な研究成果として参照されました。
その詳細についてはBarry H. Steiner(1991)が『バーナード・ブローディとアメリカ核戦略の基礎(Bernard Brodie and the Foundations of American Nuclear Strategy)』で考察しています。この著作では、ブローディがどのような戦略思想を持っていたのかを掘り下げており、クラウゼヴィッツの軍事思想を高く評価していたことも述べられています。