見出し画像

アルジェリア戦争の経験からフランスの軍人が学んだテロリズムの効果

フランス陸軍軍人のロジェ・トランキエ(Roger Trinquier)は20世紀の中頃にインドシナとアルジェリアで数多くの戦闘を経験した対反乱の専門家です。1961年に出版された彼の主著である『現代戦(La guerre moderne)』(1961)は、英語にも翻訳され、高い評価を受けました。そこでは、反乱団体を封じ込める上で現地の住民の安全を確保することが重要であると指摘しています。

トランキエは、現代戦の最も重要な要件は、地元の住民を味方にすることであり、そのことを無視すれば、いかなる任務の達成も困難であると考えました。つまり、敵のゲリラを掃討するために大規模な部隊を編成し、それを特定の地域に展開することは対反乱作戦を遂行する上で必ずしも有効な措置とはいえません。1950年代の各国は冷戦構造の下で核兵器を使用した全面戦争に備えようとする傾向があったのですが、トランキエの見解ではそのような事態に備えるだけでは、世界各地で発生する局地戦に対処することができなくなります。自らの経験を踏まえ、トランキエは次のように述べています。

「現代の軍隊は、何よりも先に自国が参加する戦いで勝てる能力を持とうとする。なぜなら、その地域において(1954年5月のディエンビエンフーの戦いで見られたように)最終的に敗れる恐れがあるためであり、そのような敗北を喫した場合は、広大な領域を敵に譲り渡さなければならなくなるためである。
 アルジェリアと同じようにインドシナでも我らが15年にわたって続けてきた戦いは、まさしく戦争であった。しかし、我らが関与していたのは現代戦であった。
 もし我らが勝利を収めたいのであれば、今後はこの視点から物事を考察しなければならない」

(Trinquier 1964: 7)

トランキエの見解では、従来の研究で欠落していたのは、反乱団体が地域住民を統制するために用いる手法への理解でした。現代戦では神出鬼没なゲリラの脅威に対処する方法に注意が払われる傾向がありましたが、トランキエはゲリラが活動するためには住民の基盤が不可欠であり、中国共産党の指導者である毛沢東が日中戦争の経験からいち早くそのことを認識していたと論じています(Ibid.,: 8)。事実、毛沢東はゲリラという魚が戦域で自由自在に動き回るためには、住民という海がなければならないと考え、住民を味方に取り込むことで有利な環境を積極的に作り出すことを重視していました。この戦略構想はアルジェリア戦争でも採用されています。

アルジェリアでは1954年にアルジェリア民族解放戦線が創設され、その軍事部門であるアルジェリア民族解放軍が同年11月に武装蜂起しました(アルジェリア戦争)。フランス政府はアルジェリアの分離独立を阻止するため、予備役を招集し、大規模な部隊を編成しました。トランキエによれば、当時30万名近くのフランス軍が、多数の重火器を装備した状態で、アルジェリアに投入されています(Ibid.: 8)。これに対してアルジェリア民族解放軍の人員は全土でおよそ3万名程度と見積られており、小火器しか保有していない状態だったことから、伝統的な戦争であれば短期間で決着がつくことが期待されました。しかし、アルジェリア民族解放軍は驚くほど長期にわたって戦い続けることができました(Ibid.)。トランキエは、このような持久戦が可能だったのは、アルジェリア民族解放戦線の政治工作によるところが大きく、その一例としてアルジェ市内における住民の組織化と統制の事例を挙げています。

ここから先は

2,564字

¥ 200

調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。