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メモ 経済制裁でEU市場を失ったロシアが中国依存を深める

2022年2月にウクライナに侵攻したロシアは、北部での戦闘に敗退した後も、東部や南部に戦力を集中していますが、決定的な戦果を上げるには至っていません。この間にも、ロシア経済を支えていたエネルギー輸出は、一部の例外を除いて欧州連合(EU)加盟国の市場から着実に締め出されつつあります。

イギリスの国際戦略研究所(IISS)に所属するMaria Shagina氏は、ヨーロッパのエネルギー市場を失ったロシアが、アジア諸国の市場に活路を見出す必要に迫られていますが、これを実現するためには多大な設備投資が必要であり、経済制裁の効果を直ちに相殺することはできないと分析しています。結果として、ロシアのエネルギー大国としての地位は低下し、経済的、技術的に中国に依存せざるを得なくなるものと予測されています。

Maria Shagina (2022) Russia’s Demise as an Energy Superpower, Survival, 64:4, 105-110, DOI: 10.1080/00396338.2022.2103261

ウクライナにロシアが侵攻したことを受け、複数のEU加盟国がロシア産エネルギーへの依存から段階的に脱却する動きを見せており、西アフリカ諸国とのエネルギー貿易を拡大しようとしています。バルト諸国は4月からロシアからのガスの輸入を停止しており、ポーランド、ブルガリア、オランダはロシアとの契約の延長を見送りました。ドイツはカタールから液化天然ガスを調達する長期契約を締結したことも報じられています。しかも、ロシアは経済制裁でヨーロッパのエネルギー市場から締め出さた上に、これまで欧米の企業に依存していた技術、部品、製品を調達できなくなり、供給に混乱が生じています。

著者はこのような経済的な影響に対応するために、ロシアがアジアで新しい市場を求めていること、パイプライン、港湾、鉄道の開発努力の重点を西から東へ移したことを紹介していますが、「西側のエネルギー市場での損失を完全に補うことは不可能であろう。石油やガスの流れをアジアに振り替えるには、新しい施設の建設に多大な投資と時間が必要である。国際エネルギー機関(IEA)の報告によれば、ロシアがアジアでガス供給を2021年のEU向け輸出量(1550億立方メートル)近くの水準に引き上げるには、最も短期の場合でも10年かかるとされている」とも述べています。

中国はエネルギー貿易で単一の供給国に依存する程度を15%までとするという非公式の基準を設けていますが、すでに中国に輸入される石油の割合でロシアが供給しているものの割合は18.4%を超えているため、追加で大幅な輸入の増加が見込めません。中国は長期目標として温室効果ガスの排出量をゼロに引き下げていくことを宣言しているため、中国がロシアからエネルギーを輸入し続けるかどうかは不透明です。しかも、ロシアは経済制裁で調達が難しい部品や製品の供給を今後は中国に頼らざるを得なくなるため、ロシアのエネルギー交渉における立場は弱く、中国の要求を拒むことは難しくなるでしょう。

著者はロシアがこれから中国への依存を深めるという予想を次のように述べています。

「中国政府は、2014年のクリミアの不法な併合によって制裁を受けた後と同じように、ロシア政府の孤立を利用し、エネルギー取引の条件を決定し、制裁を受けることを避けつつ、最大限の利益を引き出す可能性が高い。ロシア側としては、日本や韓国などのアジア諸国のように、侵攻後の制裁同盟の広がりを考慮すれば、妥協する余地はほとんど存在しない。ロシアがエネルギー大国だった時代は終わりを迎えたように思われる」

中国がロシアに対する影響力を増大させれば、ユーラシア大陸を横断する広域経済圏、一帯一路構想を推進する上でも有利になるはずです。中央アジアや東ヨーロッパへの中国の勢力がさらに拡大することも想定しておく必要があるでしょう。

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