政治学者が提案した「価値の権威的配分」としての政治を学ぶミニゲーム

アメリカの政治学者デイヴィッド・イーストン(1919~2014)は政治を定義して、「社会に対する価値の権威的配分」と述べたことで知られています。これは政治学者にとって重要な定義ですが、あまりにも抽象的なので、大学の教員は学生を前にして説明に苦労します。

この問題を解決する方法の一つとして、資源配分ゲームを学生にプレイさせる方法が提案されています。ノーステキサス大学の政治学者サレイヒャン(Idean Salehyan)准教授は学生に政治を理解させるため、独自にミニゲームのルールを作成しています。

サレイヒャン自身がこのゲームのルールを解説した英語記事へのリンクはこちらです。「独裁制のルール」と「民主制のルール」があるのですが、ここでは「独裁制のルール」を適用した場合を説明します。

ゲームの準備

事前に用意すべき道具は一組のトランプ・カードと、参加者に利得として配分する資源となるトークン100個です。別に飴玉100個でも構いません。それに価値があることが理解できるようなものにしてください。

またゲームのルールとして、参加者の全員にトランプを配分する必要があります。したがって、想定されるプレイヤーの人数の上限は52人です。配布するトランプを調整すれば、これよりも少ない人数で実施することも可能です。ただし、このゲームは後で述べるようにかなりの人数を要するため、少人数ではルールが機能しない場合があります。元の記事では予定時間を40分程度と見積もっています。

ゲームの準備

まず、トランプのカードをプレイヤーに無作為に配ります。スペードのキング、クイーン、ジャックを引いた3人のプレイヤーが「指導部」のグループを形成します。さらに、クローバー、ハート、ダイヤのシンボルが付いたキング、クイーン、ジャックを引いた9名は「幹部層」のグループを形成します。残りのカードを引いたプレイヤーは「市民層」のグループを形成します。グループを分けて、彼らが自由に相談できる状態にすれば、ゲームの準備は完了です。その上で、以下のルールを周知します。

ルール1 指導部はトークンの配分方法を提案し、幹部層の承認を求める

指導部には最初にトークン100個を与えられることを全体に知らせます。さらに、これらトークンを指導部、幹部層、市民層の3つのグループに分配する方法も指導部が提案できます。この提案が実行に移されるためには、幹部層の過半数が同意する必要があり、その条件が満たされなければクーデターが起こった状況だと見なし、指導部の全員がゲームから脱落することになるとことも理解させます。

ルール2 幹部層と市民層はクーデターで配分を受け取ることが可能

もし指導部がクーデターで排除された場合は、指導部の提案に反対したプレイヤーが、市民層の全員に対してトークンを平等に分配します。ただし、クーデターが発生した時点で、トークンの25/100が失われるため、残りの75/100のみが配分されることになることを伝えておきます。これはクーデターのコストであり、政治情勢が不安定になったことによる社会経済の損失を表しています。

ルール3 市民層は反乱を起こして幹部層を駆逐することが可能

幹部層がトークンの配分方法について承認した時点で、市民層はそれを認めるのか、あるいは反乱を起こすのかを選択することができます。反乱を起こすためには、市民層の3/4以上のプレイヤーが賛成しなければなりません。幹部層とは異なり市民層が反乱を起こすために同意しなければならないプレイヤーの数が過半数ではないという点には十分に注意してください。

もし反乱を起したならば、幹部層の全員をゲームから脱落させることが可能です。しかし、この反乱が発生した時点で無作為に市民層のプレイヤーから脱落者が発生することを覚悟しなければなりません。また生き残ったプレイヤーもトークンを1つずつしか受け取ることができなくなります。

以上がプレイヤーに把握させておくべきルールです。ここからは著者の経験を踏まえてどのように状況が推移するのかを紹介してみます。

予想されるゲームの展開

このゲームで重要なのは、指導部、幹部層、市民層がそれぞれのグループの内部で価値の権威的配分を議論するプロセスです。最初は全員が、どうすればよいのか戸惑うことが多いのですが、まず一定の時間を設けて、グループの中でどのような状況が起これば、どのような対応をとるのか、よく議論するように促しておきます。

指導部は最初に行動を選択しなければならないため、大きなプレッシャーがかかります。また、このような教育法になれていない学生が多い場合、プレイヤーとしてルールを把握できていない場合もあります。指導部が幹部層にとって絶対に受け入れられない提案をする可能性があるため、少し時間をとって相談に乗る必要がある場合が多いでしょう。

指導部はトークンを最も多く確保できる可能性があるプレイヤーですが、その勝ち筋はあまり多くありません。幹部層を満遍なく味方に取り入れるようなトークン配分では、一人当たりの配分が最小限になってしまい、その忠誠をつなぎとめることができません。誰を味方に引き入れ、誰を敵に回すのかを選択しなければならないことを理解させるように努めます。

指導部、幹部層、市民層のグループ内の議論がまとまってきた頃合いを見て、交渉の時間を設けます。指導部と幹部層、幹部層と市民層はそれぞれ交渉を持つことができます。もし指導部の考え方が幹部層に伝わり、これを支持する勢力と、支持しない勢力とに分かれてくれば、ゲームとして非常によい兆候です。もしクーデターで指導部を一掃したなら、幹部層がトークンの配分方法を改めて決定しなければなりません。

市民層はプレイヤーの数が最も多いため、まとまった意思決定が難しい集団です。このグループが利益を受け取るためには、団結して幹部層に圧力をかけることができなければなりません。最終的に受け取ることができるトークンがわずかであるため、独裁的な政治体制において市民が望むだけの利益を受け取ることが難しいことを理解することになります。もともと失うものが少ないために、反乱に打って出てゲームから脱落したとしても、そこには一定の合理性があることに気が付くプレイヤーも出てくるはずです。

幹部層は市民層を制御できると確信してクーデターを起こし、トークンの配分を確保しても、市民層が予想以上の分け前を要求してきたために、反乱で一掃される可能性があります。そうなれば、最初100個あったトークンが最後にはほんの少ししか残らないことになります。それぞれのプレイヤーが自分の利益を追求した結果、その国の全体が受け取ることができる利益が大幅に減少することを理解させることも、このゲームの効果の一つです。

むすびにかえて

このゲームはイーストンが定義した「社会に対する価値の権威的配分」を巧みに表現しています。あくまでも教育的な目的を達成するために実施するゲームであるため、指導部、幹部層、市民層のプレイヤー間で生じる立場の優劣は問題にはなりません。もちろん、必要に応じてこのルールをさらに拡張してもよいでしょう。例えば、指導部は市民層から幹部層へプレイヤーの身分を上げ、あるいは幹部層から市民層へ身分を下げる落とすことができるようになると、採用できる戦略の幅が大きく広がります。

その他のゲームについて

政治学の教育を目的にしたゲームはこれ以外にも数多く考案されています。その紹介記事を示しておきます。

ここで紹介したゲームにやや近しいルールであり、権威主義の政治を教育するために開発されたルールです。

市販のボードゲームを政治学の教育に応用することはかなり前から議論されていましたが、そのルールをより教育的な目的に適した方向へ修正する必要性も認識されてきました。上記の記事はその修正方法について政治学者が提案したものです。

これはウォーゲームのゲームメカニクスを応用していますが、革命状態に陥った国内政治を題材にした教育ゲームになっています。

国際政治経済学という分野の教育に市販のモノポリーを使うという変わった取り組みです。モノポリーが政治学の教育に使えるという議論は以前からありましたが、世界経済と国際政治の関係を教育する試みは新しいと思います。


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