メモ 第一次世界大戦は経済的相互依存の効果で防げなかったのか?
第一次世界大戦(1914~1918)は国際政治学の領域で特に活発な論争が続けられてきたテーマであり、その原因に関する分析は多岐にわたっています。ここで取り上げたいのは国家間の貿易が発展し、経済的相互依存が深まることによって、指導者に平和を維持させる効果があるというリベラリズムの視点です。
リベラリズムの考え方によれば、国家の指導者は経済的な損失を回避するため、戦争の開始により慎重になると考えられています。これは戦争で国際的な貿易が途絶し、さまざまな財やサービスの供給が混乱することを考慮すれば合理的なことであると思えます。ただ、ブルース・ラセットとジョン・オニールは、経済的相互依存が平和の維持に効果を発揮するためには、政治体制が民主的でなければならないと指摘しています(Oneal Russett 2001)。つまり、第一次世界大戦が勃発する前の世界経済が表面的に一体化しており、経済的相互依存が深まっているように見えたとしても、それだけでは平和を保証するものではなかったと解釈することができます。
Oneal, J. R., and B. Russett. (2001). Triangulating Peace. New York: W.W. Norton.
これとは異なった視点で経済的相互依存と第一次世界大戦の関係を論じている研究として、パトリック・マクドナルドとケヴィン・スウィーニーの論文があります。彼らは経済的相互依存でもって第一次世界大戦の勃発を防ぐことができなかったという解釈を批判的に検討し、経済的相互依存の測定方法に問題があることを指摘し、各国の関税政策に注目する重要性を明らかにしています。調査の時期も1865年にまでさかのぼり、そこから1914年に至るまでの間に国際貿易がどのように発達してきたのか、それが平和の維持にどの程度寄与してきたのかを計量分析のアプローチで議論しました。
その結果、著者らは19世紀の後半から20世紀の初頭にかけて経済的相互依存が戦争のリスク軽減に効果があったものの、第一次世界大戦が始まる前にドイツとロシアとの間で関税をめぐる対立が生じていたことが明らかにされています。ドイツは地主階級のユンカーの農業収入を守るためにロシア産の穀物に関税を課し、ロシアの側も自国の産業を保護することを目的とした関税を課しました。
経済的相互依存が弱まったことが、第一次世界大戦を引き起こす原因になったとまではいえませんが、関税政策をめぐる経済的な対立が、政治的、軍事的な対立に波及した可能性は高く、国内政治と国際政治の繋がりを考える上でも興味深い分析ではないかと思います。以前、ポール・ケネディが英独関係を分析した研究を紹介していますが、それと併せて研究すると第一次世界大戦に対する理解が深まると思います。
McDonald, P., and K. Sweeney. (2007). The Achilles’ Heel of Liberal IR Theory? Globalization and Conflict in the Pre–World War I Era, World Politics, Vol. 59, No. 3, pp. 370–403. https://doi.org/10.1017/S0043887100020864