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論文紹介 軍隊の報酬体系を給与から見直すことの重要性

軍人が特権的身分であった時代は過去のものになっています。現代社会において軍人は職業選択の一つであり、職務遂行の原動力となる動機づけ(motivation)において、金銭報酬が果たす役割がますます重要になってきています。

この変化はアメリカが徴兵制から志願制に移行するときにチャールズ・モスコス(1934~2008)が1977年の論文「制度から職業へ」で指摘されて以来、多くの研究者から注目されており、今でも広く。モスコスの見解によれば、軍人としての名誉、社会的な評判や承認、あるいは愛国心の満足といった非金銭的な報酬に依存した軍隊の報酬体系は、時代遅れになっています。

Moskos Jr, C. C. (1977). From institution to occupation: Trends in military organization. Armed forces & society, 4(1), 41-50. https://doi.org/10.1177/0095327X7700400103

モスコスは軍隊の組織構造を「制度(institution)」と「職業(occupation)」という二つの類型に分けました。社会の近代化に伴って軍隊は前者から後者への移行が必要となる、というのが彼の主張です。なぜなら、社会の近代化が進むにつれて、「制度」の報酬体系の有効性は低下していき、「職業」の報酬体系に切り替えなければ、軍隊の人事制度はいずれ成り立たなくなると予想されるためです。

モスコスの見解では、軍隊のモデルとしての「制度」には非金銭的報酬を基盤としているという意味がこめられています。つまり、軍人はそれぞれの自己利益を追求するのではなく、より崇高な価値、善、規範に基づいて、集団の利益を追求することが期待されています。軍隊の一員であることは、社会の中で尊敬されることであり、また自身にとっても満足感があり、軍務からさまざまな非金銭的、精神的な報酬を受け取ることが想定されています。そのため、軍務を通じて軍人が得る金銭的報酬は民間で雇用された場合に期待される水準に見合わないことが許容されます。

これに対して「職業」とは、金銭的報酬を基盤とした軍隊のモデルです。それぞれの軍人は自己利益を追求する個人と想定されています。これは個人主義が普及し、金銭的価値が重視されるようになった社会に適合したモデルであるといえます。モスコスは、軍隊が長年にわたって「職業」への転換することを人事制度の上で拒んできたことを述べています。ただ、段階的に特別手当、資格制度などを通じて「職業」に基づく報酬体系を取り入れる流れがあったことも指摘しており、1970年代にその流れが一気に加速したと指摘しました。

モスコスは、この転換が徴兵制から志願制への移行によって引き起こされたと説明しており、その影響がさまざまな領域に及んだと論じています。例えば、アメリカ軍の戦闘部隊に配属される兵卒の属性を調べると、アメリカ社会の中でも特定の人種や階層が偏在する傾向が強まりました。それまで営内で暮らしていた下士官は、営外で家族と暮らす割合が増加しており、士官の配偶者が軍隊の伝統行事に参加する割合は減少しています。モスコスは、1986年の論文で、この議論をさらに発展させていますが、基本的な論旨は変わっていません。ここでは論文情報を示すにとどめておきます。

Moskos, C. C. (1986). Institutional/occupational trends in armed forces: An update. Armed Forces & Society, 12(3), 377-382. https://doi.org/10.1177/0095327X8601200303

この論文が書かれた当時はまだはっきりとは認識されていませんでしたが、「職業」のモデルの最終的な形態として最近の研究者に注目されているのが民間警備軍事会社です。アメリカでは2000年代に急成長し、現代の軍人が高度技能を有する専門職としてキャリアを形成し、また利益を最大化するための重要な選択肢となっています。このような時代に軍隊が優秀な人材に十分な動機づけを与えられるだけの報酬体系を用意できるかどうかは、軍隊の戦闘効率を左右する重大な課題です。

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