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議院内閣制では閣僚が政策を左右する『イデオローグ、派閥政治家、支持者』の書評

議院内閣制とは議会の信任を受けた内閣が行政権力を行使するタイプの政治制度です。歴史的にはイギリスで最初に導入されたものですが、日本を含め数多くの国がこの制度を採用しています。

長い歴史がある制度ではありますが、議院内閣制にはまだ明らかにされていない問題がいくつもあります。その一つは内閣を構成する閣僚が政策決定に与える影響です。内閣は総理大臣とその他の国務大臣で構成された合議体であり、例えば法案や予算案を議会に提出するといった意思決定には閣議決定という手続きが必要になります。

つまり、内閣に加わっている閣僚がどのような政治家なのかによって、内閣が選択する政策に影響が出てくるはずです。イギリスの政治学者Despina Alexiadouの著作『イデオローグ、派閥政治家、支持者(Ideologues, Partisans and Loyalists)』(2016)は、この点に注目し、議院内閣制において閣僚が政策にどのような影響を及ぼすのかを実証的に分析した最新の研究成果として位置づけることができます。

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まず、議院内閣制における閣僚の政治行動を説明するためには、その閣僚がどのような指針で行動する政治家なのかを区分することが必要であると著者は考えました。そのため、この著作では閣僚を(1)イデオロギー志向が強いイデオローグのタイプ、(2)派閥の利害に基づいて動く派閥政治家のタイプ、そして(3)忠誠心を強く持って行動する支持者のタイプに分類し、それぞれの閣僚が政策を決める過程でまったく異なる影響を及ぼすと主張しています(第2章)。

この議論を裏付けるために示されたのがヨーロッパ諸国を中心とする18カ国の民主主義国家のデータです(第3章)。このデータには各国で閣僚として任命された政治家のデータが含まれているのですが、それらを詳しく分析することによって、興味深い考察が得られます。

例えば、イデオローグや派閥政治家が閣内に存在することは、直観的には政策の形成や実施を阻害する危険があると考えられます。しかし、著者の分析によれば、彼らを巧みに配置し、運用できるならば、大規模な改革を推進させる可能性があります。これは異なる政党から集められたはずの閣僚が、閣内において所属政党の方針に沿って行動するとは言い切れないことを意味しています(第4章)。

このことを裏付けるために、著者は社会福祉の分析(第5章)、雇用政策に関する分析(第6章)を展開しています。さらに、アイルランド、オランダ、ギリシャの事例分析を通じてのケーススタディについて主な分析を行っています(第7章~第9章)。これらの中でも著者が特に力を入れて分析している雇用の問題に関しては担当大臣に関するデータを公開しています(Replication data for Ideologues, Partisans and Loyalists: cabinet ministers and social welfare reform in parliamentary democracies)。

興味深いことに、忠実な支持者タイプの閣僚は、政策決定に独立的な影響力を行使することがないと述べられています。イデオローグと派閥政治家の閣僚はしばしば影響力を行使することがありますが、詳しく見てみると、イデオローグの閣僚は政策選択が財政状況によって制約されると、その影響力が制限されやすくなりますが、それに対して派閥政治家は一定の影響力を維持することができると述べられています。

また、この著作で最も注意を払うべき議論は閣僚の個人的なタイプが所属する政党の方針よりも政策決定をより強く規定しているという部分です。もしこの研究成果が正しいのであるならば、議院内閣制の研究で、それぞれの閣僚を政党の代理人として見なすことには慎重になるべきかもしれません。少なくとも政治家がどのようなタイプの閣僚として振舞うかを見なければ、彼らが政策決定に及ぼす影響を正しく判断することはできないと考えられるためです。

著者は政治学で長らく軽視されてきた政治家の個人としての性格、能力、資質の重要性を再認識させるという意味において、重要な貢献を果たしたと思います。政治家のタイプが政策決定に影響を及ぼすとすれば、総理大臣が同一人物であっても、また閣僚の所属政党が同じであっても、内閣として選択する政策に違いが出てくることが予見できます。

最近の政治学の研究では、政治家の個性が改めて注目を集めつつあるのですが、この著作もそうした関心の高まりに応えるものになっています。個人的な希望としては、外交政策や防衛政策への影響についても分析されていればよかったのですが、それは今後の課題として残されています。

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