冷戦期の米軍の変化を社会学的に捉えたThe Professional Soldiers(1960)の紹介
モーリス・ジャノヴィッツは軍事社会学の分野で業績を残している研究者であり、その主著として『職業軍人(The professional soldier)』(1960:新版1971)があります。この著作は、第二次世界大戦の終結から冷戦の初期にかけて軍隊の組織を取り巻く環境だけでなく、その内部の規範や制度にも変化が生じていることを実証的に明らかにしたものであり、19世紀から20世紀の前半に見られた軍隊のあり方が不変のものではないと主張しています。
その見解によれば、軍隊は階層化された権威主義的な組織であることは、戦争を遂行する上で必須のことだと考えられてきましたが、軍隊の指揮統率は規律を厳格に保つことよりも、部下の士気を強化し、自発的に任務を遂行するような行動を促すことがますます重視されるようになっています。
Janowitz, M. (1971). The professional soldier: A social and political portrait. Glencoe: Free Press.
著者はアメリカ軍の事例を中心に詳細な分析を加えており、伝統的な職業軍人から構成された軍隊のイメージから現代の軍隊が離れていることを示しています。その背景要因として、アメリカ軍が規模を短期間で急速に拡大させてきたことが挙げられています。1900年から1910年までのアメリカ軍には7,000名の士官がいましたが、その数は第一次世界大戦で増加し、1920年から1940年までには25,000名になり、1948年から1950年には188,000名に増加しました(Janowitz 1971: 54)。
組織を拡大する過程でアメリカ軍は多くの非正規の士官を追加しています。1950年に朝鮮戦争が勃発する直前に確認できる陸軍士官の数は163,000名ですが、著者はその3分の2は非正規の士官であったこと、彼らの中には志願した者もいれば、徴収された者もいたこと、彼らの大部分は正規の士官より低い階級であり、技術的に専門性が高い業務に従事していたことを指摘しています(Ibid.: 55)。
技術的職務を遂行する士官の需要はアメリカ軍全体で増加しており、特にアメリカ海軍では1957年に士官として任官した約13,000名のうちの2,698名(20.9%)に相当する人員が下士官でした(Ibid.: 56)また、1957年の時点でアメリカ軍では約4,6000名が士官に任官していますが、そのうちの22,000名、つまり48.6%が一般の大学に設置された予備役士官訓練課程(Reserve Officers' Training Corps, ROTC)の出身者でした(Ibid.: 60)。
士官の中には、もちろん戦闘で部隊を指揮する者もいますが、アメリカ軍では管理に関連する業務が増加しており、その方面に回される士官も増加していきました。1953年のアメリカ陸軍にはおよそ500名の将官がいましたが、彼らの中で戦闘部隊の指揮官を務めていたのは3分の1でしかなく、アメリカ海軍は将官の4分の3が、アメリカ空軍は将官の5分の3が管理の職務に従事していました(Ibid.: 70)。軍隊で士官に期待される役割として指揮官は依然として重要ですが、管理者が占める割合は増加しています。
また、著者はテクノロジーの発達によって、軍人の戦争観にも抜本的な変化が生じたことを指摘しています。伝統的な戦争観によれば、国際関係の基本的な特徴が国家は常に戦争の危険に晒されており、戦争が起きれば軍事的な勝利を完全なものにできるほど、政治的目的を達成できる可能性も高まるとされていました。しかし、新たに台頭してきたプラグマティックな見方によれば、戦争は国際関係において経済的、イデオロギー的な手段と並ぶ一手段でしかなく、軍事的手段は政治的目的に応じて適切に調整されるべきだと考えられています(Ibid.: 264)。
アメリカ軍の士官を対象にした調査では、大規模な核戦争は起こらないか、その可能性は極めて低いと見ている者が65%で、その理由として核兵器の抑止効果を挙げていました(Ibid.: 267)。核戦争を現実の可能性として考えていたのは25%だけであり、残りの10%は予測は不可能と回答していました(Ibid.: 267)。また、核戦争の可能性についても、意図しない偶発的な状況を想定した回答者が多かったことも指摘されています。彼らにとって軍事的な勝利は決して無条件に望ましいものではありません。
著者は、このような軍人の態度の変化を文民と軍人のギャップの縮小として解釈しています。軍隊は依然として専門的な領域を持っていますが、それは以前ほど文民の領域と隔絶されておらず、仕事の進め方や問題の捉え方において多くの共通項を見出すことができるようになっています。「軍事当局の特性の変化から社会構成の拡大に至るまで、軍事専門職の変化を観察していると、それは文民と軍人の間の違いが狭まっていることが示される」と著者は書いています(Ibid.: 275)。ただし、「専門職としての軍隊は、その運用上の責任のために、独特な戦闘志向を維持するので、その違いは消失されることはない」とも指摘しています(Ibid.: 275)。
著者は、こうした傾向は軍種によって微妙な違いがあることも示唆しています。例えば、アメリカ空軍は、アメリカ軍の中でも特に核兵器の運用において重要な役割を担っていることから、核戦争を遂行する主体としての自覚が強く、決定的な勝利を追求する考え方に傾きやすいとされる一方で、アメリカ陸軍は政治的目的に応じて戦闘行動を調整する考え方を受け入れるようになっており、アメリカ海軍は両者の立場を混合していると述べられています(Ibid.: 277)。これは少し単純化された議論ではありますが、軍隊がどのような戦力で構成されているか、どのような任務を与えられているかによって、その構成員が身に着ける態度に違いが生じるのかもしれません。
この研究は、多くの後続の研究者に刺激を与えましたが、それは軍隊が想像以上にダイナミックに変化する組織であることが示されたためです。政治学者のサミュエル・ハンチントンは『軍人と国家』で軍人のプロフェッショナリズムを暴力の管理という一つの機能を発揮するために最適化された行動規範として固定的に捉えていました。ジャノヴィッツの研究はそのような捉え方を批判するものであり、組織内外の状況に応じて、組織のあり方や、その構成員の態度が変化する可能性を示しています。
軍隊を管理する方法を考える上で、これは示唆に富む議論です。伝統的に軍事的なものだと考えられている組織のあり方や規範は、必ずしも絶対的なものではないことが示唆されています。軍隊と社会の関係を考える上で最も重要な著作の一つだと思います。