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論文紹介 テロとの戦いを通じて米軍はどのような作戦ドクトリンを発展させたか
2001年から2006年までアメリカの国防長官を務めたドナルド・ラムズフェルドは、テロとの戦いを遂行する上でアメリカ軍のドクトリン開発の重点を国家間の正規戦から非国家主体が関与する非正規戦(irregular warfare)へ移したことで知られています。非正規戦の意義を強調したこと自体は、当時のアメリカがアフガニスタンやイラクに軍隊を展開し、非国家主体の脅威と交戦していたことを考えれば自然なことでした。
ただ、この時期のラムズフェルドの改革は必ずしもアフガニスタンやイラクのことだけを考えていたわけではありませんでした。次の研究はラムズフェルドの戦略構想について論じたものであり、この時期にアメリカ軍で特殊作戦部隊の能力開発がより重視されるようになったことに注目しています。
Ryan, M. (2014). ‘Full spectrum dominance’: Donald Rumsfeld, the Department of Defense, and US irregular warfare strategy, 2001–2008. Small Wars & Insurgencies, 25(1), 41–68. https://doi.org/10.1080/09592318.2014.893600
以前からラムズフェルドはアメリカの安全保障にとって重要なのは、非国家主体が関与する非正規戦に対応する能力を持つことだと主張していましたが、その見解は2001年9月11日に起きたアメリカの同時多発テロ事件を受けてさらに確固としたものになりました。この事件の後でラムズフェルドは2001年のアフガニスタン侵攻を指揮し、タリバン政権を打倒しましたが、戦後の治安維持、民政支援で問題が続出し、またタリバンの残党が隣国に逃れてるなど、完全な撃滅には至ってはいませんでした。
こうした問題を解決するためにラムズフェルドが強調したのは、非正規戦の能力を引き上げることであり、最初の一歩として戦略ドクトリンの修正を行いました。事件直後に発表された2001年の『四年ごとの国防計画見直し(Quadrennial Defense Review: QDR)』では非正規戦の意義を強調し、アメリカ軍の既存の能力は正規戦に偏重していることを課題として置づけました。2002年にアメリカで最も上位の戦略文書である『国家安全保障戦略』を改定し、宗教的過激派に対抗する思想戦を重視する構想が打ち出しましたが、これもラムズフェルドが考える非正規戦の重要な要素であり、宗教的過激派に対抗する積極的な宣伝広報を展開するべきだと考えていました。
2005年には対テロ作戦を含めた安定化作戦(stability operation)を作戦枠組みの一部に組み入れ、戦略ドクトリンの開発から作戦ドクトリンの開発へと重点を移していきました。2006年の『四年ごとの国防計画見直し』改定の際にはテロとの戦いの本質が長期的な非正規戦になると規定され、それまで正規戦を想定した「軍事における革命(Revolution in Military Affairs: RMA)」という構想を縮小し、特殊作戦軍(Special Operations Command: SOCOM)の増強に取り組むようになります。特殊作戦軍はアメリカ軍で編成されている機能別統合軍の一つであり、フロリダ州タンパマクディール空軍基地に司令部が置かれている部隊です。特殊作戦軍の司令官は全世界に展開するアメリカ陸軍、海軍、空軍、海兵隊の特殊作戦部隊を一元的に指揮して作戦を遂行します。
この時期のラムズフェルドの改革で特殊作戦軍はテロとの戦いの中心的な部隊に位置づけられ、権限や予算が大幅に拡充されました。2004年には特殊作戦軍の司令官にはテロリスト・ネットワークに対する世界規模の作戦を計画、調整、指揮する権限が付与されており、他の統合軍の司令官は特殊作戦軍の司令官に協力することが規則として定められています。特殊作戦軍の具体的な機能は外国領域防衛、特殊偵察、民事、心理戦など多岐に及んでいましたが、特に外国軍と連携して外国領域の防衛活動を遂行する外国領域防衛の能力は非正規戦の結果を左右する重要な能力と見なされていました。
アルカイダのような越境型の国際テロリスト集団に対する非正規戦を遂行する特殊作戦軍の司令官は、その作戦地域でアメリカ軍の特殊作戦部隊の行動を支援する外国軍、集団、個人に対して個別に援助を与える権限と予算が与えられていましたが、これも外国領域防衛の能力を向上させる一環として実施されていました。例えばアフリカ大陸ではアルカイダの勢力の拡大に対抗するため、2003年からチャド、マリ、ニジェール、モーリタニアに対する外国領域防衛プログラムが始まっており、現地の軍事組織、治安機関の能力を向上させ、テロ活動を抑制する上で成果を出しています。この成果について当時の欧州軍司令官はアフリカ諸国における訓練と装備の支援を通じた作戦はわずかな投資で大きな利益を生んだと評価しました。そのため、2007年には対象の範囲を拡大し、トランス・サハラにおける不朽の自由作戦(Operation Enduring Freedom – Trans Sahara: OEF-TS)という作戦へ移行しています。国防総省の援助を国務省が監督する省庁間のメカニズムが設置されており、これは現在でも形を変えて続いています。
2000年代のアメリカの軍事ドクトリンに関する議論では、イラクとアフガニスタンにおける対反乱作戦に関心が集まる傾向があるので、特殊作戦軍の運用ではなく、陸軍や海兵隊の運用が注目されてきました。そのため、著者はラムズフェルドが特殊作戦軍を主体とする安定化作戦のモデルを確立したことの意義は十分に認識されておらず、そのことが誤解の原因となることもあったと指摘しています。例えばラムズフェルドは2003年のイラク戦争において陸軍の対反乱作戦の遂行に反対したことがあるのですが、著者はその理由についてラムズフェルドが陸軍の大規模部隊を投入する対反乱作戦ではなく、小規模な特殊作戦部隊を投入した外国領域防衛のモデルを支持していたためであると説明しています。
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