茨城在住の気鋭がこの地に埋もれた怪異譚を徹底取材したご当地実話怪談『茨城怪談』(影絵草子) 著者コメント+自選1話(2篇)試し読み
常総奇怪絵巻!
あらすじ・内容
心霊スポットから禁忌の風習まで
県内在住の気鋭が茨城の地に埋もれた怪異譚を徹底取材!
水戸工兵隊碑に出没する女の霊
天翔ける龍神が筑波山に出現
日立市の県道にそびえる一本杉の怪
袋田の滝へ飛び込み続ける死者
牛久沼で相次ぐ河童の目撃談
首都圏でありながら数多の土俗的怪異が今も息づく茨城県のご当地怪談集。
・診療所の玄関に佇む此の世の者とは思えぬ不気味な男「魚とおじさん」(北茨城市)
・心霊スポットの廃墟で暴れた男性に還る絶望の因果「ホワイトハウス・引いてゆく」(ひたちなか市)
・牛久大仏をはじめ全国の大仏を巡る友人に迫る怪異「後光」(牛久市)
・戦慄とともに訪れる異形の獅子舞「黒獅子」(龍ケ崎市)
・一族の災禍を背負わす…県北部の家に伝わるおぞましい風習「鳥籠のなかの女」(常陸大宮市)
――など、現代恐怖譚に加え土地や家の怪しい因習にも迫る72篇!
不可解で異質…常総の昏き深淵を覗く勇気はあるか。
著者コメント
子どもの頃に憧れた作家の夢 ~故郷、茨城の実話怪談を追いかけて
試し読み1話
弓引き、雨待つ奇祭
茨城県には「撞舞」という雨乞いの祭りの一環として行なわれる神事がある。
蛙の装束に身を包んだ舞男という軽業師の若者が高いポールのようなものをするすると上り、逆立ちなどのさまざまな曲芸をするのだが、一番の目玉はなんと言っても、てっぺんで矢を放つ弓引きだ。
東西南北の四方に向かって弓を引き、最後に天をめがけて矢を放つ。
その矢を拾えば一年を健康に過ごすことができ、また幸福が訪れるなど、災いから守ってくれるのだという。
この撞舞で起きた、いくつかの不思議な出来事をご報告したい。
【報告一 光る矢】
現在、六十代の貞村さんは毎年、撞舞の矢を拾うことがとても楽しみなのだという。
というのも、子どもの頃に舞男の引く弓が一瞬、黄金色に光って見えたのだという。
時刻は夕方、暮れかけた夏の空に、金色の矢が弧を描いて飛んでいくのが見えた。
拾ったのはひとり住まいの掛川というおばあちゃん。
夕涼みをしていたら、たまたま庭に落ちていたらしい。
しかし、不思議なことがある。
弓矢の飛距離では、掛川さんの家はあまりに離れすぎているのだ。
ちなみに、掛川さんはとくにその一年を幸せとは感じなかったそうだ。
【報告二 親切なおじさん】
私の同級生に、長谷川という男友達がいた。
彼が小学生の頃、撞舞を見に来ていたら、親とはぐれてしまった。
泣きながら歩いていると、四十代くらいのおじさんが、
「坊や、大丈夫かい?」
と言いながら心配してくれた。
事情を説明すると、母親のところに連れていってあげるという。
おじさんにそのまま手を引かれた先で、母親が自分を探していた。
泣きじゃくる自分に母親が、
「どこいってたの? 心配したよ」
と言うので、おじさんが連れてきてくれたのだと言おうとするが、そこにはもうおじさんの姿はなかった。
「どんなおじさんだったの?」と母親が問うので、こんな顔だと特徴を言うと、母親が泣きながら、
「それは亡くなったパパだよ」と小さな長谷川を涙ながらに抱きしめた。
じつは、長谷川は赤ちゃんの頃に父親が亡くなっていたのである。
だから父親の顔を知らなかったのだ。
あのときの顔も知らないはずの父の手のぬくもりは、いまでも忘れられないのだという。
―了―
◎著者紹介
影絵草子 (かげえぞうし)
埼玉県生まれ茨城県育ち。茨城県在住。
趣味は怪談収集とホラー映画鑑賞。幼少期より怪談を収集し、数にして1000以上。主に人間の狂気や悪意、情念渦巻く怪談を好む。
怪談師〈マシンガンジョー〉としても活動。怪談最恐戦をはじめとする様々な賞レースやイベントにも参加し、執筆だけでなく語りにも飽くなき魂を捧げている。
参加共著に『実話怪談 牛首村』『実録怪談 最恐事故物件』『鬼怪談 現代実話異録』『怪談最恐戦2022』など。