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スイカザメ(ショートショート)

 友達からスイカ割りしようぜ、と誘いがかかった。
 夏休みの課題にも飽き飽きしていた僕は、その話にのった。
 友達の家。その中庭。
 蝉の声がじわじわと頭蓋骨に響いている。シャツと地肌の間を汗が伝っていく。
「なにこれ?」
 僕は目の前の光景に困惑していた。
 なぜって、そこにあったのは本来のスイカではなかったからだ。
「……なにって、スイカ?」
「「「うそつけ!」」」
 僕のほかにも集まったみんなが一斉に声を荒げる。そこから堰を切ったように、口々に言いたい放題。
 僕らの目の前にあったのは、スイカの模様をした”別の何か”だった。
「これ、スイカじゃないじゃん。なんか、魚?」
 仲間内の一人が言う。
 そう、確かにそのかたまりは、一見、魚のような形をしていた。
 けれど、ひれは無く、非常に丸っこい。よく見ると、ひれがありそうな位置に、何かを切り取った跡があるので、きっとそれら諸々はすでに除去されているのだろう。
 僕らは黙り込んで、このスイカ割りを主催している友人Aに、突き刺さらんばかりの視線を向ける。彼は観念したように話し始める。
「分かったわかった。言うよ。ちゃんと話すから」

「これ、サメなんだよ。スイカザメっていう」
 僕らはきょとんとする。そんなサメがいるなんて。
「で、昨日、突然父方の叔父さんが来て、みんなで食ってくれって」
 でもさ、と彼は前置きする。
「両親、今二人とも旅行に行ってて。ふたりともフリーランスで働いてるんだけど、今の時期しか長めの休み取れないからって、しばらく帰ってこないんだよ」
「つまり、これを捌ける人が居ない、と?」
 ひとりが、スイカザメを指さしながら言った。
「そう。いちおうヒレとかはなんとか切れたけど、そこから先が、なんというか……」
 彼の言わんとしていることは何となく分かる。
 体の形がスイカの形に、模様もそれに似ているからと言って、目の前にあるこれは、あくまでもサメの肉なのである。しかもまだ処理をしていない。
……あれ? そうなると、つまり。
「……ちょっとまって」
「それって……」
「俺たちに、サメの肉をぱかーんとさせようとしてたってことか!!」
 沈黙。しばらくして……。
「うん……」
「「「おい!!」」」
 僕らの声は恐ろしいほど揃う。何気なく、恐ろしいことをさせようとしてるな? ということである。
 すでに息絶えているとはいえ、それを、スイカ割りの棒で、思いっきりぱこーんとやる訳である。いくらなんでも僕らにしてみればバイオレンスすぎる。
「他に方法が無いと思ったんだ!」
 二時間のサスペンスドラマの犯人が自白したときみたいなテンションで打ち明けられる。僕らは全員、聞き役に徹する刑事みたいな表情になる。
「誰もこれを捌いてくれる人が居ない! そんな状態で、明日までには食べきった方がいい、なんて!」
 次の言葉を、目いっぱい溜める。
「……叔父さんは、そんなことを言うんだ」
 うなだれている。夏の暑さによるものなのか、もう言い逃れできないという諦めからなのか。
「でも、でもさ……! そんなとき」その声に、微かに覇気が戻る。一筋の希望を見出したみたいに、空を見上げる。蝉の声が気だるそうにじわじわと鳴いている。
「みんなを呼べば、何とかなると思ったんだ。これだけ人数が居れば、どうにか誤魔化して、スイカザメを処理できる……って!」
 再び声色は暗く沈む。
「でも、駄目だったみたいだな……。さすがにこんなの、ばれちまう……」
 僕らは沈黙して、ただ、彼のことを見つめる。
「いいさ! 好きにすればいい! 僕はもう、やれることはすべてやった。思い残すことはない。煮るなり焼くなり、好きにしてくれ」
 ここで、彼の独白は終わった。
 なんなんだ、この時間。そんなことを思いながら口を開く。
「べつに…「何が駄目だった、だって?」
 なんだ。なんでお前まで役に入りきってるんだ。僕は、Bの方を見ながら思う。
「まだ、分かんないだろ」
「いいや、分かるさ」
「そんなことない!」Bが叫ぶ。街の結構遠くの方まで声が響いた。さすがに恥ずかしい。帰りたくなってきた。
「お前に、何が分かるって言うんだ!」
 この場から立ち去ろうとするAの肩を掴むB。どちらかというと、立ち去りたいのは僕らの方だ。
 もしも……。
 静かに、絞り出すように言ったのはBだった。
「もしも、俺が、魚を捌けるって言ったら、どうする」
 ふと、Aの表情が変化する。動きが止まる。
「……そんな、まさか」虚空を見つめていたその瞳が、Bの方へ向けられる。
「ああ、まだ。終わってない」
 AとBが見つめ合う形になる。
 なんだこれ。いよいよ見ていられなくなってきた。
 僕は、後ろにいるCに声を掛けようとする。僕らだけでも帰ろうか、と。
 けれど、Cがいるはずのそこには、だれもいない。もしや、と思い、信じがたい現実を直視することの恐れに震えながら、ゆっくりと顔を上げる。
 Cは、Aのそばまで行き、その肩を掴みながら、よかったな、なんて言っている。
 おいおい、まじかこれは。

 僕らはいま、切り分けたスイカザメにかじりついている。
 驚くことに、スイカザメの肉は、スイカだったのだ。
 その内側にタンパク質のかたまりが詰まっていると思っていた僕は、すっかり騙された気分だ。
「いやー、良かったよかった」
「うん、一件落着だな」
「ありがとう、ありがとう……」
 なぜか自分一人、取り残されているのような、けれど、この仲間には入らない方がいいような、微妙な感情を抱えながら、もくもくとスイカザメを咀嚼していく。
「さっきは、一人だけ置いてけぼりにして、悪かったな」
 僕のそばに来たBは、そんな風に言う。
「お詫びとして、これ、やるよ。スイカザメの一番うまいとこらしい」
 差し出されたのは、三角形の切片だった。
「なにこれ?」ぼくはつぶやく。
「Aが置いておいたらしい、背びれだよ」
「せびれ……」
 本物のサメならフカヒレなんだろうけれど。受け取ったそれは、ごく一般的な、三角形にしたカットスイカにしか見えない。
「……ありがとう」
 釈然としない気持ちを抱えながらも、受け取る。
 今年の夏休みは、なんだかおかしな思い出ができてしまった、と思った。
 けれども、背びれは確かにうまかった。

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