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定番を 外すことなき カツカレー
東京からの帰り道、僕は新幹線の座席でウトウトしながら、カレーのことを考えていた。いや、正確には「カレーを誰と食べるか」だ。ふと、浮かんだのは直美の顔。彼女は、辛辣だけど正直な物言いが心地よい、そんな昔からの友達だ。恋愛感情があるかと言われれば微妙だけど、何かがあると言われても否定できない。適度な距離感が、ちょうどいい。彼女を誘うのは悪くないアイデアだと思った。
「ランチでもどう?」とLINEを送ると、ほぼ瞬時に「いいよ、どこ?」と返ってきた。この即答の軽さが直美らしい。
僕らは駅近くの小さなカレー店に行くことにした。ここは隠れた名店で、看板メニューのカツカレーが評判だ。年季の入った木製の看板と、スパイスの香りが立ち込める店内は、どこか懐かしい昭和の空気を感じさせる。
注文して席に着くと、直美は僕をジロリと見て言った。
「最近、顔色悪くない? ちゃんと寝てる?」
「まあ、そんな感じだね。仕事と睡眠不足が積み重なってるんだと思う。」
「それ、言い訳にしてない?」と、直美はにやりと笑う。「カレーで元気出るといいけどさ。」
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程なくして運ばれてきたカツカレーの湯気と、キラキラ輝くカツの衣に、僕らは無言になった。一口食べてみると、スパイスの調和が完璧だ。カツのサクサク感とルーの濃厚さが織り成すハーモニー。これだ、これが求めていた味だ。
「結局、迷ったときは基本に戻るのが一番だな。」僕は言った。
「確かにね。」直美は頷きながら、次の一口を運ぶ。「時々、こういう定番の良さを忘れちゃうけどさ、やっぱり定番には理由があるよね。」
「建築だって同じさ。基本がしっかりしていないと、どんなデザインもダメになる。」
「じゃあ、人間関係も?」と彼女が目を細めた。
「うん、たぶんね。」僕はわざと曖昧に答えた。
僕たちの関係も、言ってみれば定番のようなものだ。何の変哲もない、ただの友達。それが居心地いいし、特別な工夫もいらない。だけど、この先どうなるかなんて、誰にも分からないのだ。
直美がカレーを最後まできれいに平らげたあと、僕らは少し長めにコーヒーを楽しんだ。彼女の辛口ジョークを聞きながら、僕はふと思った。この穏やかな時間が、僕にとっての定番の幸せなのかもしれない、と。