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麻婆豆腐カレーは、誰かと一緒に
日曜の昼下がり、僕は北浜の小さなカレー店の扉を押した。柔らかなカラン、と鈴の音が店内に響く。客は他に誰もいなかった。まるで時間が僕だけを待っていたかのような静けさだ。カウンター越しには、店主の彼女が座っていた。年の頃は30そこそこ、小柄でキュートな女性だ。彼女は目の前に置かれた大きめの器を片手に、お客さんもいないので、一人賄いカレーを楽しんでいる最中だった。
「こんにちは、今日は暇なんですね」と僕が声をかけると、彼女は少し口元を拭いて笑った。
「こんにちは。そうなんですよ、今日はお客さんが少なくて。まあ、こんな日もいいですけどね」
その飾らない笑顔に、なんとなくこちらも安心する。僕はカウンターの端に腰を下ろした。
「いつものマーボ豆腐カレーでお願いします」と注文を済ませると、彼女は手際よくキッチンへと消えていった。彼女の背中を見送りながら、僕はふと、この店が持つ不思議な魅力について考えた。派手さはないが、どこか居心地がいい。古びた木製のカウンター、壁にかけられた小さな絵、そしてカレーのスパイスの香り。まるでこの店が、北浜の空気そのものを内包しているかのようだ。
しばらくして、彼女が湯気を立てたカレー皿を運んできた。僕の前に置かれたそれは、見慣れた光景のはずなのに、毎回新鮮に思える。赤みがかったカレーの表面に浮かぶ豆腐の白、ぱらりと散らされたネギ。香りだけで、これがどれほどの絶品か分かる。
彼女は再びカウンターの隣に座り、まだ途中だった自分の賄いカレーに戻る。「一緒に食べましょう」と軽く笑いかける彼女の顔が、どこか幼馴染のような親しみを帯びて見える。
「いただきます」と僕はスプーンを持った。口に運ぶと、いつもながらの絶妙な辛さが舌を刺激する。その刺激が徐々に旨味へと変わり、気がつけば次の一口を求めている。この瞬間、僕は思う。カレーという料理は、人と食べると格別に美味しいものだ。特に、隣にこうして笑顔の女性がいるときは。
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「やっぱり、ここが一番ですね」と僕が言うと、彼女は嬉しそうに目を細めた。「そう言ってもらえると、頑張った甲斐があります」
たわいもない会話を交わしながら食べ終わると、僕は心地よい満足感に包まれて店を出た。外の風は冷たいが、心には何か温かなものが残っていた。
店を出た僕は、大川のほとりを歩きながら、視線を高速道路の向こうの福原ビルへと向けた。クラシックなその建物が、澄んだ冬の空に映えている。目の前に広がる12月の午後は、どこか映画のワンシーンのようだ。歩くたびに、微かなスパイスの余韻が僕の中に残り続けている。
この瞬間が、何気ない日常の中のささやかな宝物であることを、僕はよく知っている。
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