休み明け スープカレーに 顔がある
正月休みが明けて、冷たい朝の空気がまだ頬に残る中、建築設計士の僕は事務所のあるビルへ向かった。いつも通りの朝、いつも通りのビル。だけど、なんとなく足取りは軽かった。新しい年の始まりには、何か特別な期待がある。たとえそれが曖昧で形を持たないものだとしても。
昼休み、僕は仕事仲間として結構長い、インテリアコーディネーターの沙織とランチに出かけた。沙織とは久しぶりの二人きりだった。オフィスのあるビルの地下にあるチェーン店のカレー屋、特別感のない場所だが、今日はそれでいい気がした。正月休みに溜め込んだ小さな怠け心が、スパイスカレー屋を探す気力を奪っていた。
沙織は黒縁の眼鏡をかけていて、どこか控えめな雰囲気をまとっている。でも、その沈黙にはセンスがあった。言葉数が多くないのに、話す内容が妙に心に残るタイプだ。僕は彼女のそんなところが好きだった。いや、正確に言えば、沙織のことを少し特別に思っているのかもしれない。けれど、それを口にする勇気はまだ持てなかった。
「正月はどう過ごしたんですか?」沙織がメニューをめくりながら尋ねた。
「寝正月ってやつだよ。でも、一泊二日で海を見に行く一人旅もしてきた。」
「いいですね。私は実家で母の手伝いをしてました。料理とか掃除とか。久しぶりに家族とゆっくり過ごしました。」
沙織の声には、微かな郷愁が混じっていた。チェーン店特有の人工的な明かりの中でも、沙織の顔は柔らかい光を帯びているように見えた。
二人ともローストチキンスープカレーを注文し、テーブル越しに向かい合った。チェーン店だけど、この店の季節限定ローストチキンスープカレーは絶品なのだ。カレーが届くまでの間、仕事のこと、正月のテレビ番組のこと、そしてお互いの小さな失敗談などを軽く話した。久しぶりに沙織と話すと、まるで旧いラジオを修理して再び電波を拾ったような感覚があった。その微妙な距離感が、なんとも心地よくももどかしい。僕らの間には、何かが確かにあるけれど、それが何かを確かめる言葉は、お互いにまだ持っていない。
ローストチキンスープカレーが運ばれてきて、僕らは一瞬言葉を切った。湯気が顔に触れるたび、スパイスの香りが鼻をくすぐる。僕はスプーンを手に取り、一口食べる。その瞬間、言葉にならない安堵が体を満たした。
「最近、味のあるいい顔になってきましたね。」沙織の声には、少しだけ躊躇いが混じっていた。その言葉が意味するものを、僕がどう受け取るのかを気にしているようだった。
突然、沙織がそう言った。
「味のある顔?」僕は思わず笑った。「それって、褒め言葉?」
「もちろん。イケメンとかより、ずっと素敵だと思います。」
僕は少しだけ恥ずかしくなり、視線をカレー皿に落とした。そこに広がるカレーの模様が、まるで抽象画のように見えた。なんだかカレーにも顔がある気がしてきた。
「このカレーも、味のある顔してるな。」
僕がそう言うと、沙織はクスクスと笑った。その笑い声が、周りの雑多な音を押しのけて心地よく響いた。僕もつられて笑った。
2025年の仕事始めは、そんなふうに静かで、軽やかで、ほんのり温かいものだった。