読書感想文「坊っちゃん」─坊っちゃんの実直さと思いやりに触れて
冒頭の「親譲りの無鉄砲で小供のときから損ばかりしている」というセリフが、僕にはいまいち飲み込めなかった。
なぜなら、坊っちゃんは、実直で思いやりに溢れた好青年だからだ。
だから、僕には「損」の意味がわからなかったし、何なら自分は坊っちゃんのような在り方でいたいと感じるほどである。
坊っちゃんは、本人も認めるとおり「無鉄砲」な人間だ。
だから、いたずらはたくさんするし、喧嘩もしょっちゅうする。
そんな坊っちゃんだから、両親はよく思っていなかったらしい。
だけど、「下女」として家の雑務をしていた「清(きよ)」という名のおばあちゃんだけは、彼をとても可愛がった。
清が坊っちゃんを可愛がったのは、彼の「ピュアな心」を見抜いていたからにほかならない。
両親が死んで物理学校(現東京理科大)を卒業したあと、坊っちゃんは「その場のノリ」で、愛媛県にある中学校で数学教師になった。
教師になった坊っちゃんは、赴任早々、生徒たちから度重なる「いたずら」を受けることになる。
このとき、坊っちゃんは、生徒たちがいたずらをしたことはもちろんだが、それ以前に「いたずらを誤魔化そうとする態度」に憤慨する。
坊っちゃんも、生徒たちと同じ年頃のとき、たくさんいたずらをした。
だけど、今まで一回も嘘をついたり誤魔化したりすることはなかった。
「それは自分がやりました。」と素直に認め、抵抗することなく罰を受けてきたのだ。
さらに、坊っちゃんは、自分に否があると認めたら素直に謝る人間でもある。
ある日、学校の宿直当番になったとき、暇を持て余していた彼は、学校を抜け出して温泉へ出かけてしまう。
しかし、そのことが他の先生に見つかってしまい、のちに開かれた会議で問い詰められたのだが、坊っちゃんは一切言い訳をせず「謝罪します」と素直に謝った。
裏表のない、実にまっすぐな性格である。
しかし、坊っちゃんの働く学校の先生たちには、卑怯な人間もいた。
彼らは表面では優しい言葉やご立派な言葉を並べ立てているが、裏では上司に取り入ったり、邪魔者を排除しようと画策したりした。
学校内で唯一の理解者と言ってもいい「堀田先生(通称:山嵐)」がクビになったとき、坊っちゃんは「自分も同罪だから辞表を出す」と申し出たけれど、校長は「君の職歴に傷がつくから」とか理由をつけて、受け入れてくれない。
それでも坊っちゃんは、自分の職歴より、堀田先生への義理や道義を優先した。
坊っちゃんは、「男はつらいよ」の虎さんを彷彿とさせる、義理人情に厚い根っからの江戸っ子なのだ。
もしかすると、彼は「無鉄砲」ではなく、「不器用」なだけの人間なのかもしれない。
癇癪持ちで喧嘩っ早い坊っちゃんだが、他人に対して非常に強い思いやりを持つ一面があった。
特に坊っちゃんが優しく接したのが、清である。
坊っちゃんは、愛媛に着任してからも、東京にいる清とたまに手紙のやり取りをした。
清の手紙は平仮名ばかりで、他の人の手紙なら「5円もらっても絶対に読まない」という酷いものだったが、坊っちゃんは「大事な手紙だから」と、清の手紙だけは真剣に読み通した。
また、手紙が大の苦手だったにもかかわらず、「清が心配するから」と一生懸命に手紙を書く坊っちゃんの姿を想像すると、「なんて心の優しい青年なんだろう」と思わずにいられない。
そんな清も、坊っちゃんが東京に戻ったあと、肺炎を患ってこの世を去ってしまった。
清は生前から「坊っちゃんの家で一緒に住みたい」「死んだら坊っちゃんの寺で眠らせてほしい」と願っており、清の死後、坊っちゃんはその願いを叶えてあげた。
彼の菩提寺である「養源寺」に清のお墓を立て、そこに祀ってあげたのだ。
先祖代々のお墓が立つ場所だから、赤の他人である清のお墓を立てることは、常識なら考えられない。
だけど、坊っちゃんにとって、清はそれだけ特別で大切な人だったのだろう。
僕は坊っちゃんの実直さや義理人情の厚さ、心の奥底に眠った優しさが好きだ。
喧嘩っ早くて怒りっぽいけど、真っ直ぐな生き方をしようとする姿勢が、何より大好きだ。
不器用かもしれないけれど、要領よく立ち居振る舞う「ずるい大人」にならないで、本当によかったと思う。
そして何より、彼にとって一番大切な清と生きているうちに再会できたのは、何よりうれしかった。