【歴史本の山を崩せ#047】『岡田啓介回顧録』
≪教科書では語り尽くせぬ、海軍の大狸の足跡≫
大日本帝国の海軍大将で総理大臣も務めた岡田啓介の回顧録です。
戦後、83歳になった岡田に対して新聞記者たちが聞き取り、編集した新聞連載をベースとしています。
軍人の回顧には戦場で華々しい活躍を果たした武勇伝がしばしば語られますが、大将にまで上り詰めた岡田にはそういった類のエピソードを誇らしく語ることはありません。
これは戦場の軍人として無能であったからではなく、それ以上に岡田の本領はロンドン海軍軍縮問題のときに発揮された抜群の軍政能力とバランス感覚にあったこともあるでしょう。
付録(といってもボリュームは回顧録本体と同じくらいあります)として付されている『ロンドン軍縮問題日記』は、戦災を逃れて焼け残った岡田の唯一のドキュメントであり、貴重な史料。
この回顧録でも同史料の記録から当時の様子が非常に詳しく書かれております。
学校の歴史の授業で岡田の業績は総理大臣時代のことにしか触れられないでしょう。
天皇機関説事件から国体明徴宣言、そして二・二六事件…
二・二六事件という日本近代史上もっとも凄惨なテロによって表向きの政治生命を失った岡田のその後は教科書で語られることはありません。
しかし、岡田は重臣(総理大臣経験者)として、また海軍の長老として要所要所で総理大臣となって権力を集約する東条英機に対抗。
東条倒閣の要となります。
鈴木貫太郎内閣の成立とその終戦工作を影からサポート。
戦後は東京裁判の首席検察官ジョセフ・キーナンをして日本を代表する平和主義者とまで言わしめるほどでした。
この回顧録は学校の歴史の授業では時間などの関係で扱われることのない、総理大臣ではない岡田啓介の実態を読むことができます。
終戦工作などをめぐり共闘関係にもあった吉田茂は岡田を「国を思う大狸」と評しています。
飾らぬ語り口で紡がれる「大狸」の回顧録は、史料としてはもちろん、読物としても十分に面白いです。
『岡田啓介回顧録』
著者:岡田啓介
出版:中央公論新社(中公文庫)
初版:2015年2月
本体:1,200円+税
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