見出し画像

『破墓/パミョ』公開に寄せて 前編 日韓怪談比較

植民地支配や敗戦・征服等の体験を経た国や地域では、必ずと言っていい程、過去を克服したいという欲求が沸き起こって来る。

何度か触れて来たように、韓国・北朝鮮ではもちろん、抗日運動史映画が盛んに製作される

日本人としては、抗日映画を観るのは多少居心地悪いし、『マルモイ』に関しては言いたいことがあるが、いずれの映画も映画としての面白さが勝っている。

今回紹介する『破墓(파묘)』も抗日映画だが、「居心地の悪さ」をはるかに上回る面白さに圧倒された。

同作は韓国で観客動員数1000万人を超え、ホラー・オカルトジャンル映画の歴史に名を残す金字塔となった。

韓国特有の文化的想像力をバックに、親日逆賊の悪行の因果と救国への祈りを韓国の巫覡によって描き出した抗日エンターテインメント作品である。

https://pamyo-movie.jp/index.html

チェ・ミンシク、キム・ゴウン、ユ・ヘジン、イ・ドヒョン出演で、監督は『サバハ』のチャン・ジェヒョン。

「抗日」がホラー映画の題材になる

お話については映画を観て楽しんでいただきたいが、本作は、北朝鮮の『猛獣の狩人』と同じ、日帝風水謀略説という「陰謀論」に基づいた作品である。

事実ではない思い込みをベースにした上現代に抗日精神を繋げているこの大ヒットエンターテインメント作品を日本公開時、各社がどう宣伝するのかは興味深い。登場人物の名前が歴史上の人物の名前になっていることや、日本統治時代に朝鮮の習俗、特に風水思想や幽霊=鬼神信仰に関する調査を行った村山智順の名前を変えて使っていることで抗日映画としての性格があることは、既に日本のメディアでも報じられている

一方、公式サイトではこの点に触れていないので、パンフレットで触れるものと思われる。

私は、本作は日韓の文化的な眺め合いが新しい段階に入ったことを思わせる作品と見た。故に、本作を抗日映画として切ってしまうのも、抗日の部分を無視するのも、抗日精神に憑依する(何も考えず同意する)のも勿体ないと思う。

思いのたけを前後編に分けて書いていきたい。

(閑話休題:南北で共通のテーマを使いながら、各々異なる地平に着地していく様を見ると、韓国・朝鮮ウォッチャーとしては実に嬉しい気持ちになる。しかも風水謀略説は韓国発祥とのことで、南から北へ想いが流入し映画に昇華される様は実に味わい深いものだ。南北の間に生じている差異を韓国式に乗り越える大風呂敷的な見解は、Netflixドラマ『愛の不時着』や、北朝鮮の言語への視線に現れていると思う。韓国側からの片思いなのだが)

韓国ホラー略史

2010年代以降の韓国ホラーの躍進は周知の事実として、七十年代の「別荘残酷史」の時代、そして、2000年代のポスト「囁く廊下」時代の映画を観ると、かなりパターン化された女幽霊の物語が繰り返し現れていることは前に論じてきた。

七十年代ホラーを「別荘残酷史」として評した論文を含む、韓国映像資料館の特集記事と施設紹介は以下に。

また、その中でも韓国映像資料館が公式に公開してもいる作品『너 또한 별이 되어』についてはこちらを。

2000年代のポスト『囁く廊下』(女子校の怪談)以降、韓国ホラーがどこへ向かうのかを論じた論文もある。

『囁く廊下 女校怪談』はこちら。昔ビデオで観たことがある人もいるかも知れない。

本文からはあまり明るい兆しは読めなかったが、これは2009年のこと。韓国ホラーが躍進する前に書かれているので無理もない。

ところで、韓国ホラーにおいて日本モノへの言及は既にある。日本軍の霊が出て来た作品(『漁村の幽霊/パクさん、出張す(점쟁이들)』2012年)もあるし、『謗法~運命を変える方法(방법)』(2020年)では、日本由来の「狗神」が邪悪な存在として登場している。

ただし、『破墓』のように真正面から、日本のオカルト的な謀略を現代の韓国の小市民が暴くという抗日ホラーは無いと思う。

さて、次は韓国の怪談が特に日本との比較において、どんな傾向を持っているかを確認してみたい。

韓国のホラーは概ね女幽霊の復讐譚を扱ってきた。これ自体は東南アジアからインド、それどころか英米のホラーにも共通しており、特段珍しいものではない。

日韓の怪談・ホラー比較

過去5年間程、韓国の怪談YouTuber、Koviet TVさんを寝しなに視聴して来た。多分百本以上は聴いている。

韓国の怪談を日本のホラーや怪談と比較してみると、韓国における怪談にはおおよそこんな特徴がある。
①女性の幽霊(女の鬼神=여자귀신)が圧倒的に多い。
②動物霊や、祟り神、妖怪の話は殆ど無く、バリエーションが少ない。
③霊障を特定・解決するのはムーダン(巫覡)の役割。
④幽霊が物理的な攻撃を仕掛けてくる。
⑤事故物件の概念がある。

⑥陰の気が凝っている家(凶家)や場所(水場など)に幽霊が集まり、そこが肝試しの場所として使われる。

日本の怪談と共通している語りはなじみ深い。例えば、引っ越した先や、新しく店をオープンしたら、毎晩毎晩金縛りにあう、悪夢を見る、家族が病に倒れる、家庭内が不和になる、商売に失敗する…など不幸が続くのが、どうやらこの家に憑いている鬼神のせいであるとわかる。同時に怪異体験も伴っていることが多い。

子供たちが凶家に入り込んで呪われてしまう話もある。モノを持ち帰ってしまったケースで大事になるようで、そこも日本でも同じように思われる。

一方、怪異のバリエーションの少なさは日本から見ると驚きだ。韓国では、妖怪の類は九尾の狐くらいしか知られていない。日本のように、次々と新しい妖怪が「報告」されるようなことはない。

祟り神の話も殆ど出てこない。海で怪しい人(男)に騙されて溺れかけたり、山の上から何者かが降りてくるのを見て逃げたりする話はあるものの、「そこへ行ってはいけない」とまでは報告していない。しかも、人の形をしているような、はっきりとした描写がない。見た目が恐ろしいわけでもなさそうだ。

また、狐狸の類に化かされた、と日本では考えられていたような話が、人間の霊に化かされた話とされる上、ごく最近の話として語られているのが興味深い。山で道に迷った人が一軒の家で一晩ご厄介になるが、翌朝起きたら廃屋や森の中にいた、というもの。日本なら、まんが日本昔ばなし行きだ。動物霊は本当に少ない。『謗法』にあるように、日本から狗神を連れてくるほど需要のある動物霊なのだが。

面白かったのは、飲み会の帰り、田舎道で若い女二人を車に乗せたら、二人が運転していた人を羽交い締めにして自動車事故を引き起こしたという話。飲酒運転への戒めとも言えるがそれを超える、二人の女幽霊の力強さに笑ってしまった。しかしこれは、日本では何となく祟り神として認識されそうな気がする。

コンセプトとしてはさほど違いはないが、日本は、そこに登場する悪鬼・怪異・祟り神・妖怪の種類が非常に豊富だ。何となればいくらでも数が増える。ポケモンからご当地キャラ、お土産まで、無限増殖は日本の強みだ。

ネット怪談として有名な「コトリバコ」や「かんかんだら」「八尺様」「くねくね」など、私が子供の頃には聞いたことも無い妖怪~神が次々に発見されて来た。朱雀門出の著書『今昔奇怪録』はそれを象徴しているのだろう。

ところで、Koviet TVは以前、「日本のホラーは出だしはいいが展開が弱いので映画としてはいまいちだ」というようなことを語っていた。逆に言えば、「出だし」=ネタはいいのだ。韓国ホラーは展開が上手いのである。今年日本公開の一風変わったホラー『サユリ』(未見)の評価が高いのに鑑み、このポイントがどうなって行くか、楽しみではある。

さて、後編では、日本人研究者の村山智順の本から、韓国・朝鮮における幽霊のイメージや、本作にもかっこよく登場する巫覡の在り様を把握し、韓国ホラーの理解を深めたい。また、今や「抗日」だけでは説明できない韓国側の想いがどのように『破墓』に表出しているか、少しだけ覗き込んでみたい。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集