Books, Life, Diversity #36
『クリティカル・ワード メディア論 理論と歴史から〈いま〉が学べる』門林岳史、増田展大編、フィルムアート社、2021年
キーワード集や用語集はけっこう好きで、特に自分の研究分野にかかわるものであればなるべく入手するようにしています。本書もその一冊ですが、内容が充実しているだけではなく読み物としても非常に面白いです。メディア論を学んでいるひとだけではなく(私自身メディア論を研究していますが、恥ずかしながら知らないことやなるほどと思う視点がたくさんありました)、メディアに関心があるひと全般にお勧めできます。
本書は、様ざまなキーワードからメディアを読み解いている「理論編」、メディア論のアカデミックな史的展開を追う「系譜編」、個別の技術的形式に従ってメディアの歴史を描く「歴史編」の三部から構成されています。編者の門林氏が「はじめに」でお書きのように、興味のあるところから読み始めても十分面白いですし、部としてまとめて読めばメディア史の全体像がいっそう見えてくるとも思います。
扱われているすべての項目が面白いので、特にこれというのを上げにくいのですが、フィルムアート社の紹介ページに本書の目次がありますのでご覧ください。興味のあるタームが幾つかあれば、買って損はありません。
あと本書は、これも門林氏の「はじめに」にあるように執筆陣がとても良いです。この節読んでいて楽しいなあと思って執筆者を見てみると、ああ、あの本の著者(訳者)か、ということが多々ありました。私の手元にあるだけでも、本書の共著者たちによる単著や共著、訳書だけで8冊も見つかりましたが、どれも優れた研究書です。このように第一線で活躍している人たちによるものですから、本書の充実度にも納得です。
左から順に。
1.清水知子、水島一憲、毛利嘉考他『コミュニケーション資本主義と〈コモン〉の探究』伊藤守編、東京大学出版会、2019年
2.大久保遼『映像のアルケオロジー 視覚理論・光学メディア・映像文化』青弓社、2015年
3.レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語 デジタル時代のアート、デザイン、映画』掘潤之訳、みすず書房、2013年
4.馬定延『日本メディアアート史』アルテスパブリッシング、2014年
5.増田展大他『インスタグラムと現代視覚文化論 レフ・マノヴィッチのカルチュラル・アナリティクスをめぐって』久保田晃弘、きりとりめでる共訳、編著、BNN、2018年
6.橋本一径『指紋論 心霊主義から生体認証まで』青土社、2010年
7.浜野志保『写真のボーダーランド X線・心霊写真・念写』青弓社、2015年
8.ジュディス・バトラー『アセンブリ 行為遂行性・複数性・政治』佐藤嘉幸、清水知子訳、青土社、2018年
個人的には橋本氏による最後の節「司法メディア」が、本書の最後を締めるにふさわしい内容だと感じました。現代社会において、「できそこないのシャーロック・ホームズたち」(p.281)によるプロファイリングで犯罪者というものが過度に類型化されていく。それは橋本氏が指摘しているようにBLMの直接的な背景としてある問題だし、同時にAIによる犯罪予測などというものが真面目に語られる社会において、誰もが逃れ難く狩られる存在になり得る怖さを示してもいます。他方で指紋などの「検索的範例」(p.282)は平等をもたらすかもしれないけれども、それは家畜としての平等でしかない。
今日の私たちは、プロファイラーによって獲物にされることに抗議しつつ、生体認証により家畜として管理される未来にも抗うという、難しい戦いを強いられている。(p.282)
冒頭で編者の門林氏が、メディア論をやっているというと(マスコミや広告業界などと)誤解をされることがあるため「メディアの哲学」と答えるようにしている、と書いていますが、この気持ちは良く分かりますし、実際的にも本書で扱われているテーマ群は哲学と呼ぶべきものです。そういった意味でも、橋本氏の結びの文は、メディア論が私たちの生きる現実の社会を描き出し、分析するための強力な道具であることを見事に示しています。
そんなこんなで、メディア論に興味がある方にはとてもお勧めです。
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