目的ありき
何のための行動なのかという部分を考えることで、より一つ一つの行動の質を上げていけるのではないか
先日、友達のTakehiro君がnoteに書いていたものです。
このnoteを読んで、思ったことがあったので少し書いてみようと思います。
私事ですが、最近は大学のレポートと並行して英検の取得に向けて勉強をしています。「英検を取得すること」は目に見える結果であり、具体的なものなので目標に設定しやすいものですが、あくまで目標であり目的ではありません。
「英語を勉強する」の目的、目標を考えてみました。
目的…海外で活躍する人間になること、海外での生活を楽しめる人間になること
目標…英検準一級を取得すること
「英検の取得」は意識すべき目標ですが、あくまで目標です。英語の能力を向上させることができるのなら、英検の取得に固執しすぎるべきではありません。
ただ、ここで勘違いしてほしくないのは、「英検を取得できなくてもいい」と妥協してもいいということではありません。
全力で目標達成に向けて行動するから、結果的に目的を達成することができます。
話は少し変わりますが、勉強している時に「あれ、これ前に勉強したはずなのに思い出せない」と思ったことがある人は多いのではないでしょうか。自分もその一人です。高校生の頃に受検合格のためにたくさん勉強したはずなのに、今ではなかなか思い出せずにイライラしてしまうこともあります。
高校生の頃、何のために勉強していたのか(目標)を思い返してみました。
間違いなく「大学受験で合格するため」でした。
高校生の頃は受検合格という目標しか見えていませんでした。それならば、目標を達成した今、高校時代に詰め込んだ知識が残っていなくてもそれは当然の結果なのではないでしょうか。
もっと分かりやすい例を挙げると、期末テスト前日に詰め込んで勉強したけど、1週間後にはすっかり忘れていたという人は「期末テストでいい点を取ること」が目標になっていたのです。
脳が「目標は達成したからもういらない」と判断してしまったので、1週間後には忘れていたのです。
もし、高校生の頃に受検合格という目の前の目標だけではなく、もっと先を意識することができていたら、知識の定着率は違っていたかもしれません。
過ぎたことを考えても仕方がないのでもう考えるのをやめます。
目的ついて考え、このnoteを書く中で「新たな目的、目標を設定して再出発すればいい」ということに気づくことができました。
これからは学んだことを忘れてしまっていても、「当時の目標は達成できたからいいや」と前向きにとらえられると思います。
一貫性のない文章になってしまいましたが、読んでいただきありがとうございました。