春の順番
都会の春はいきなりやって来る。例えば朝、住宅街の曲がり角を曲がったとき突然に。
ちいさな公園のすみの白木蓮が唐突に満開だった。乳白色の大ぶりの花たちが、いっぺんに青空を見上げてわさわさしている。まるで白い小鳥たちが春だよ春だよって歌いあっているみたいだ。
白木蓮
そうかこれ白木蓮の木だったか。いつもは通らない道だから「地図」から抜け落ちていた。木蓮は裸の木にいきなり大ぶりな花をつけるタイプなので、花が咲いていないときには何の木だかわかりにくい。でもちゃんとこの木が木蓮だとわかっていれば、蕾がふくらみはじめる前からワクワクできたはずだ。次からは抜かりなく心の樹木地図にしるしておかなくては。
頭のなかの「じぶん樹木マップ」
わたしの頭の中には「じぶん樹木地図」があり、自宅から駅までの街路樹やよその庭の木の花が、季節ごとにどんな順番に咲くかをだいたい把握している。
春、駅前のある家の庭の黄色い蝋梅がまず咲き、その芳香で脳内樹木マップが起動する。次に梅、そして沈丁花の香りがただよい、桃、ミモザ、そしてやはりメジャーなところでは小学校脇の桜並木だろう。それから小学校をすぎたところ、高所作業車が止まっている営業所前にピンクの花水木、信号を渡った先の植え込みのドウダンツツジと続く。その年によって多少のズレはあるけれど、木に咲く花は順番がはっきりしているのがいい。
雪国生まれのわたしにとって、春の順番はものすごく重要なことがらだった。雪に閉ざされた氷の世界から、雪解けとともにまず土の匂いがしてくる。この匂いを合図にわたしのなかに冬眠していた「いきもの」が目を覚まし、どうしようもなくワクワクしてくる。
まだ灰色の山に、マンサク、レンギョウ、コブシの順番できちんと春がやってくる。その次が山桜、山躑躅、藤の花。そこまで咲いてからやっと山は緑を取り戻すのだ。最初は淡くぼんやりとした萌黄色、そして葉の色はどんどん濃くなり、5月の末ごろにはまるで発光するように鮮やかな若草色になる。その順番は決まっていて、いちどたりとも間違えられたことがない。
春の順番の正確さは、いつもわたしを安心させてくれた。
どんなに厳しい冬であっても、春は順番通りに必ずやってくるのだ。
木々たちは知っている
春はかならず、そして順番どおりにやってくる。木々たちは、ちゃんとそれを知っている。
からだいっぱいで。
○「みんなでつくる春アルバム」として、「みんなのフォトギャラリー」にこの白木蓮の画像を追加しています。もし気に入っていただけましたら、みんなのフォトギャラリーからどうぞご自由に使ってくださいませ。すべてスマートフォンでわたしが撮影したものです。