【繕う日々】ドレスを縫うときにだけ発動する謎の特技
ドレスを縫うときだけ、両利きになれるという謎の特技を持っている。
わたしは右利きなのだけど、気がついたらいつの間にか左手でも縫えるようになっていた。左右どちらからでも縫えるので便利だ。
クロスドミナンスとは
目的や行動によって利き手を使い分けることをクロスドミナンスという。例えば文字を書くのは右手だけど、お箸を使うのは左手、というように。「クロスドミナンス」は、日本語では「交差利き」と呼ばれている。
わたしの子どもたちは、ふたりともこの「クロスドミナンス」だ。基本は左利きなのだけど、書くときや道具を使うときは右利きになる。
息子がどうやら左利きだとわかったとき、右利きに矯正するつもりはとくになかったけれど、書くときは右手の方が便利だろうと右手で書くことを練習させてみた。すると彼は字を書くときは右利きになった。お箸は左手のまま。
娘は気がついたらもう左手で書いていた。ただ、ハサミなどの刃物を使うときは危ないので、できるだけ右手で使うように教えてみた。彼女はハサミや包丁は右手で使う。
このようにして、「目的別クロスドミナンス兄妹」は誕生した。
わたしはいつの間に左手でも縫えるようになっていたのだろう。思い返せばなんとなく心当たりがある。
以前、「帆布」というとても分厚い生地でウェディングドレスを制作したことがある。「帆布」は「帆の布」と言うだけあって、ヨットや船の「帆」や、トートバッグなどに使われる丈夫な綿の織物だ。
その帆布をテーマにしたプロダクトコンペで賞をいただいて、実際にプロトタイプ制作をすることになったのだ。「帆布」でウェディングドレス。これがもう、重たくて重たくて。縫うのも、アイロンをかけるのも、トルソーに着付けるのもひと苦労。プロトタイプ作品が完成するころには、みごとに右手が腱鞘炎になりかけていた。
それ以来、できるだけ左手を使う訓練を始めた。ドレスの仕立て屋は「手」が命。大事な右手を温存し、いざという時のためにせっせと左手を鍛えておくのだ。繊細な作業を必要としないことはできるだけ左手で行うことにした。
それですっかり左利きになれた、というわけではない。訓練しても、いつまでたってもわたしは右利きのままだ。それなのに、いつの間にかドレスを縫うときだけは左手でも縫えるようになっていた。
わたしの「クロスドミナンス」は、ドレスを縫うときにだけ発動する。不思議だ。
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