見出し画像

私の脱ツイ廃日記(仮) 0日目:脱Twitter依存を目指したいから日記をつける

Twitter依存が止まらない。

朝起きたらTwitter、仕事の休み時間にTwitter、そして帰宅したら酒飲みながらTwitter。

休日はずーっとTwitter。

寝ても覚めても、Twitter。

青い鳥が私の時間を奪っていく。なんて罪な鳥なのかしら。

Twitterのある生活。Twitterのあり過ぎる生活。一体、私はどれだけTwitterをいじっているのか。気になって先週のTwitter時間を確認してみた。

見てくれこの惨状を…


23時間26分。

なんと、丸1日分を潰すほどの時間を費やしていたことが発覚。

ドン引きである。さっそくTwitterを開いて報告。

Twitterしかやることがない?

そんなことは、ない。

買ったっきり一度も開いていない本が大量にある。

受験レベルの算数と理科を勉強しなくてはいけない。

Netflixは契約してるけどほとんど利用してないから、映画やアニメを観て心を満たしたい。

つまり、Twitterなどやっている場合ではないのだ。

だがTwitterをしていて得られたことはないのか。Twitterのおかげで学んだこととかは?

そんなものは、ない。

流れてくるのは、みんなの日常の呟きや、おもしろネタツイートなど。

そして私が発信するのは、それらのツイートを見て考えたことや、日常の一つ一つの写真をあげることや、突発的な自分語りなどである。

読んだ内容は数時間後には忘れているし、翌日には自分が何をツイートしたのかさえ忘れる。有益なことは無に等しい。

ここ最近は、仕事から帰ってきて、酒飲みながらTwitterやって、気がついたら寝落ちしている。最悪な時間の使い方である。これぞ時間の浪費。

寝落ちから覚めたら、どうするか。

普通の感覚の人なら、慌てて風呂に入って寝支度して再び眠る…と思うかもしれない。

普通の感覚でない私は何をするのか。聡明な読者諸君ならお分かり頂けるだろう。そう、Twitterを開くのだ。

信じられるかい?

これがツイ廃なんだぜ?

今日からGW。9日間の休み。

ここでツイ廃が大爆裂してしまうことだけは避けたい。

「TwitterやってたらGWが終わってしまっていた!」

それはそれは、もう切腹ものである。生きることを諦めねばならぬくらいの大罪。

そもそも私はなぜツイ廃になってしまうのか?

  1. サクッと面白い話を読むことができるから?

  2. 手軽に自分のことを発信できるから?

  3. 誰かとの繋がりに飢えているから?

たぶん、2と3が強そう。「私を見て!」でツイートして、そこにいいね!をもらう。すると自分を承認してもらえたとか、誰かと繋がれたという安心感を得られる。「僕はここにいてもいいんだ」とか碇シンジくんみたいなことを感じる。僕は独りじゃないんだ。

いや、これはキモいね。本当にキモいね。キモいofキモい。キモいが服着て歩いてる。そんなキモい自分、生きてて恥ずかしくならないの?

だからいつまでも幸せになれず、自分を高める為の行動から目を背け、おざなりの承認に気持ちよくなっているのだ。

その場しのぎの快楽。これは麻薬だ。Twitterはアヘンである。

STOP! ツイ廃。

Twitter中毒になっている場合ではない。活字中毒と勉強中毒にならないといけないのだ。

ここにツイ廃を脱した記録を残そう。『私の脱ツイ廃日記』をつけることにしよう。

この日記はGW中、毎日更新しよう。

いいかい、更新するんだよ。しなかったら、殺す💢

いいなと思ったら応援しよう!