1ヶ月ごとに別のダイエット法を試したランダム化比較試験マンガ「やせましょう」(小林銅蟲)は行動経済学としても面白い
昨日、パナジー&デュフロ「貧乏人の経済学」の感想文を書いていて、このマンガを思い出した。「貧乏人の経済学」は、貧困が解消しない、援助がぜんぜん効果が出ない場所に行って、効果を出すためのフィールドワークとして、いくつかの施策を村をランダムにピックアップして試行し、結果を比べることで政策を前進させる、メチャメチャ面白い本だ。
自分たちが「人はこう動くだろう」ということがぜんぜん当たっていなくて、やってみたら問題が別の所に隠れていたこと、僕たちは僕たち自身のこともちゃんとわかってないことを、最近ブームの行動経済学は教えてくれる。
このダイエットマンガ「やせましょう」も共通する面白さがある。
1ヶ月ごとに毎月違うダイエットを1種類ずつ試す
著者は、痩せたいとは想っている。同時に僕を含む多くのデブと同じく、食べることが好きで運動習慣が少ない。その著者が、マンガのために1ヶ月ごとに様々なダイエット法を試す。断食、糖質制限、サプリ、さらにはライザップ。
それぞれ、1ヶ月と期間を区切ってやるなかで、「頭が回らないからネームが書けない」「このダイエットが嫌いすぎて、やる気がなくなって馬鹿食いした」「高いブロッコリーはうまい」など、モチベーションについても表現しながら様々なダイエットを試し、実際に15kgの減量に成功する。
想いが体重を減らすのではない、現象が減らすのだ
「ダイエットの本質は人体の破壊にすごく近いところにあるのかもしれない」
「欧米の医者インスリンが嫌いすぎ」
「うさんくさい博士があやしい理論でふんぞり返ってるのに乗るのは俺には無理」
などなどのパワーワードの多さは「めしにしましょう」と同じく小林銅蟲節なのだが、今回はそれぞれ1ヶ月ずつ体感しながら書いてるぶんより力があるように思う。「めしにしましょう」もむちゃくちゃな料理(カキを米よりたくさん入れたリゾットとか)を実際に作ってうまさの限界を突破するところが面白いマンガだった。
この「めしにしましょう」の連載3年間で激烈に太ったことが、「やせましょう」の伏線になっている。
毎月別々のダイエットをやるランダム化比較実験
脂質を取りまくる、サプリメント、間欠的な断食、食欲をなくす注射(糖尿病治療として保険がきく)など、著者は1ヶ月ごとに様々なダイエットを行う。同じ人間でぜんぜん別の手法を試しているわけだから、一種のランダム化比較実験と言える。実際は、痩せるごとに体重落とすのつらくなるだろうし、飽きもくるだろうけど、別人で別のダイエット法を試すのも治験としては微妙(だからサンプルを増やす)なので、一人でやる分にはこれもいい実験だと思う。さらに、漫画家がマンガを書きながらやることで、その過程で感じたことが大いに語られているのはすばらしい。
「人間にとってダイエットとは何なのか それを身をもって知りたいし 俺が描くことできっとなにかが起こる」という一コマはすばらしい。
行動はそれぞれ違う思い込みで決まる。万人にあてはまるものはない。
人間は合理性だけでは動かない。「人間は損得だけで動かず、好き嫌いや思い込みを反映して行動する。だから、純粋な損得だけでなくて行動を加味して考えるべきだ」という行動経済学は、この15年で3人ものノーベル賞受賞者を出し、すでにブームになっている。このダイエットもそうだ。
痩せたいのはデブ共通の気持ちで、痩せたほうが得なことはわかっているし、多少の苦労もする気でいる。
でも、すぐ結果が出ない行動をずっと続けるのはつらい。太る人は、生活がすべて太るほうにチューニングされてるから太るわけだ。
「読者の期待を裏切りたい。リバウンドしてたまるか」「(低糖質ダイエットで)アタマがモワンモワンで何も思いつかねえ。漫画家生活で初めてのネーム全ボツを経験」など、様々な方向へのモチベーションの中、試行錯誤してダイエットを進捗させ、「万人に向いたダイエットなんてものはない」という一つの解にたどり着くのはムチャクチャ面白い。
2ヶ月前に読んでから僕はぜんぜん痩せてないのだが、とはいえオススメ。