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春の訪れを感じさせるハガキが届いた。こちらは桜が満開です、とのこと。ハガキの半分は写真で、満開の桜の木の下に女が一人で立っていた。満面の笑みだったが、まったく知らない20歳過ぎくらいの女だった。

妻や子どもに見られては誤解を招いてしまう。僕はとっさにそのハガキをポケットにしまい込んだ。

送付先を間違ったに違いないので、隠す必要はないが、それにしてもこの女が本当に知らない女なのかはちゃんと確認した方が良い。

僕はトイレに行き、便器に座ってそのハガキの写真をまじまじと見た。やはり見覚えがない。女の住所は愛媛県松山市だった。女の名前は小泉恵。

僕は愛媛県はおろか四国にさえ行ったことがない。親戚もいないし、小泉なんて名字の人間には会ったことさえない。

職場の飲み会の二次会で行ったスナックでも、お酒を注いでくれるお姉さんに僕の個人情報を教えたことなんてないし、向こうから連絡先をもらったこともない。

しかし、確かにこちらの住所が書き込まれていて、間違いなく僕の名前が書かれてある。しかも、印刷ではなく、おそらくこの女がポールペンを使って直筆で書いている。

どれだけ想像力を働かせても、このハガキが僕の元に届いた経緯や理由がわからない。何かの新商品のキャンペーンかもしれない。それとも、新手の詐欺の一種かも。

はたまた、私を恨む誰かが、私と妻と子ども達で築いてきた幸せな家庭を壊すために仕組んだ罠かもしれない。僕が他の女性との交友関係をでっち上げ家庭を崩壊させるための罠。

でも、誰かに怨まれるようなことをした覚えはない。しかし、いずれにせよ僕がこのハガキを誰にも知られずに処分すれば、事無きを得る。やはり処分するしかない。

朝一番にタバコを吸いに玄関の外に出るついでにポストの中身を確認するという毎日の習慣のおかげで、僕は事無きを得たのだ。このハガキをどこかで処分しよう。

とはいえ、元々やましいことなんて何も無いので、事無きを得るなんて、おかしな話ではあるが。

しかし、今の画像加工の技術を使えば、例えば、自分が知らない女と一夜を共にしている写真や映像を作ることだって簡単に出来る。

もし、そうやって捏造された生々しい写真が急に送られて来たら、いったいどうやってその誤解を解けば良いのだろうか。

「お父さん、大丈夫??」

トイレのドアの向こうで3歳の娘が心配して声を掛けてくれた。まだ幼くて言葉にならないが息子の声も聞こえる。まだちゃんと喋れないが娘と同じように心配してくれているのだろう。

「大丈夫だよー!」

僕はハガキをポケットに戻し、トイレを出て手を洗い、心配してくれた娘と息子を抱きしめて居間に戻った。

「大丈夫?」と妻。「うん、大丈夫」と僕。ポケットのハガキを早々にどこかに捨てなければならない。

「ちょっとコンビニ行ってくる」僕がそう言うと「私も行く!」と娘が言ってきた。仕方なく、娘を抱っこして車に乗せ、コンビニへ向かった。

コンビニまでの道沿いに植えられた桜は満開だった。ポケットから取り出して確認することは出来ないが、あのハガキの写真に写った桜のように見事に咲いている。

コンビニでヨーグルトと子どものおやつとタバコを買った。そして、ポケットからさりげなくハガキを取り出し、コンビニに設置されたゴミ箱に捨てた。これで僕は事無きを得た。

家に戻る途中、娘が「あの公園に行きたい!」と言い出した。家の近くにある公園のことを指しているのだろう。

公園に着くと見たことがある景色が広がっていた。捨てたハガキの写真と全く同じ光景だった。満開の桜の木が写真と全く同じように立っている。

おもむろに娘が走り出し、桜の木の下に向かった。そして、あの女とまったく同じポーズをとり満面の笑みを浮かべ「お父さん、写真撮って!」と叫んだ。

突然突風が吹き、桜が舞い落ち、桜吹雪になった。

慌ててiPhoneを取り出し写真を撮った。春の訪れを感じさせる写真だった。「見せてー」と娘が駆け寄って来た。

iPhoneを手渡すと「いいじゃん!いい写真じゃん!お父さんさー、もっとさー、みんながね、信じてくれるって、信じてもいいんじゃない!」

そう大声で叫んだ後、桜吹雪の中、娘は「坊っちゃん!坊っちゃん!きゃはははは!」と叫びながら車に走って行った。

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