兵とは国の大事なり 戦略思想から敗因と近未来を読み解く
年末に
と宣言しました。
そこで有言実行、この年末年始に読んだ本を紹介します。
1 『「失敗の本質」と戦略思想』を読む
これらは古代中国の諸子百家のうちの兵家の兵書、『孫子』に出てくる言葉ですが、いずれも現代にも通ずるものです。
この年末年始に、読んだのは、こちらになります。
この新書は、『孫子』やクラウゼヴィッツの『戦争論』から、かの『失敗の本質』でも取り上げられた日本軍の失敗を読み解くというコンセプトでまとめられたものです。『失敗の本質』はこちらです。
昨今、『孫子』をベースに経営者やビジネスパーソンの心構えを書くなど、『孫子』を題材としたビジネス書が多数存在します。
しかしながら、『孫子』を純粋に本来の兵法書として捉え、その思想を吟味し、或いはその思想を歴史的な事象に当てはめ分析するという知的な営みをなぞることが、迂遠かもしれませんが、経営や日頃の仕事のヒントにつながるのではないか、また、これを機に名前は知っているものの今まで仔細を知ることのなかったクラウゼヴィッツの思想について知りたいとも思い、年末年始に一気に読むこととしました。
2 この本を読む前に一読しておくべき本
実際にこの本を読むのであれば、先に、共著者の一人である西田陽一氏が書いた『戦略思想史入門 孫子からリデルハートまで』を一読することをお勧めします。
こちらは、最近(2021年11月)同じちくま新書から出たもので、孫子やクラウゼヴィッツなど各戦略思想家の考え方の要点を押さえることができます。この本で要点を押さえた上で読み進めた方が、『「失敗の本質」と戦略思想』の内容を理解しやすいでしょう。
さらに、この本を先に読むことで、『「失敗の本質」と戦略思想』を、ときにマキャベリなど他の思想家であればどう考えただろうかと想像しながら読み進めることもできます。
3 孫子から見た日本軍の失敗の本質は?
そして、孫子の考える戦争の原則は、
だとしています。日本軍には、こうした要素が悉く欠けていたことが、『「失敗の本質」と戦略思想』にて、事細かに解説がなされています。
『孫子』もクラウゼヴィッツも政治が軍事に対して優位にあるべきとしますが、本書では、
と書かれた大日本帝国憲法(明治憲法)11条が
と指摘しています。
外交についても、軍事を常に主、外交を従として捉える傾向があったので、武力戦と非武力戦(情報・外交戦)を一体化させた大戦略の確立は困難です。
『孫子』もクラウゼヴィッツも、政治目的をある程度達成したら戦争を終わらせるべきとの考え方を持っていたようですが、日本軍が戦争の目的をどのように考えていたかは不明です。
クラウゼヴィッツは、戦争を敵を政治的・全面的に抹殺することを志向する第一種の戦争と、限られた国土領土の取り合いである第二種の戦争に分けていますが、日本軍が米国との戦争をどちらで捉えていたのかは定かではありません。
実際、よく考えていなかったのではないでしょうか。そして、よく考えていなかったが故に、end state、戦争の終わらせ方についても考えが及ばなかったのではないでしょうか。
遍く知られた『孫子』の言葉に
というものがあります。
日本と米国の経済力の差、人的物的資源の量の差、資源の安定供給のための方策等、彼も己も知らず危うい状態であったといえます。
『「失敗の本質」と戦略思想』は、ノモンハン、ミッドウェー、ガダルカナル、インパール、マリアナ沖海戦、レイテ海戦、沖縄戦、本土決戦構想それぞれについて、孫子とクラウゼヴィッツから、読み解くものです。
冒頭に紹介した通り、『孫子』には
との言葉もありますが、国の大事にも関わらず、多くの犠牲と破壊をもたらし、存亡の危機に至ったのはなぜなのか、この本を読み進めることで、その答えが次々と見えてきますが、同時にぞっとしてしまいます。
4 台湾海峡有事に敷衍して近未来を読み解く
さて、『孫子』は、敵国に長駆侵攻する攻勢と自国内などで敵軍を迎え撃つ守勢のいずれにも価値を認めている、とします。
守勢と攻勢とがガチンコにぶつかり得るのは台湾海峡有事でしょう。年末年始に2冊を読み進めてすぐに思い浮かべたのが台湾海峡をめぐる問題でした。
武力による統一という構想は次のいずれかに基づくものだ見ています。
一つは、武力による統一は、あくまで本当にするものではなく、強大な軍事力で心理的に圧迫し、戦わずして勝つために志向されたものだとする見方。
これは、『孫子』の
に通ずるものです。
ところが、香港情勢もあり、相手は、動じないどころか結束を深めつつあり、さらには、関係国・周辺国は中国に対する警戒を高めています。
もう一つは、自国経済に大して影響を及ばさない、さらに米国・日本は動かない、その他様々な希望的観測に基づいて本気で構想したものだとする見方。
米国・日本が動かないという点については、ウクライナ情勢を台湾有事にも当てはめようとする見方とも言えるでしょうが、台湾海峡有事は、単なる国土領土の取り合いではなく、台湾に現存する政治体制を政治的・全面的に殲滅することを志向するものであり、クラウゼヴィッツのいう第一種の戦争となります。
戦争の性質、政治的な意味合いはウクライナのそれと大きく異なるものです。
周到な準備をして民族的対立に乗じて併合を進めるものでもありません。関係国の利害得失への影響の大きさも異なります。戦闘が短期で終結するとも思えません。
自国経済や貿易体制を度外視して武力統一を行うというのは、彼も己も知らず危うい状態です。
そうすると、台湾有事があるとすれば、それは、中国が『孫子』の考える戦争の原則とは大きく逸脱した振る舞いをするものであり、かつての日本軍のような道を辿るのではないでしょうか。
台湾有事といえば、昨年末に放送されたNHKスペシャル「台湾海峡で何が 〜米中“新冷戦”と日本〜」が印象に残りました。
たくさん素材は盛り込んだものの、個々の論点の掘り下げがやや物足りず、そして、全体として何が言いたいのかわからないという、NHKスペシャルにありがちな中途半端な構成・編集になってはいましたが、後半、台湾海峡有事への備え、とりわけ、「事態」認定や国民保護のあり方といった法運用の面でどのような課題があるのかを浮き彫りにした点は評価に値するでしょう。特に後半は一見する価値があります。
放送内容がテキスト化されたものがこちらになります。