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(9)罠に嵌める。 その1(2024.1改)


「また捕まっただと?10月だけで6人連続だぞ。トヤマは最早日本ではない!エース級を投入しろ!」
「後半拿捕された3人はSクラスの諜報員です。Sクラスで駄目なら我らの精鋭トップ3を充てるしかありませんが、米国、台湾の担当をしており、暫くは外せません」
事業本部長の返答で、kCIA長官も口を閉ざして舌唇を噛んだ。

日本の富山へ送り込んだ諜報員が尽く、県警もしくは公安に捕らえられている。
都内では縦横無尽に活動が出来るのに、富山入りした早々のタイミングで拿捕され、何一つとして成果を挙げていない。

「県民が少ないが故に出来るのでしょう。主要駅と空港、港 等に設置されている監視カメラが集めてくる情報をIT・・おそらくAIなのでしょうが、ビッグデータとして解析して、県民以外の人物を抽出しているのだと思います。

我々が欲しているのは富山県内の工場のそれぞれの役割の情報ですが、富山県側は知られたくないが故に、執拗なまでにガードを固めていると思われます。事実、諜報員が工場到着前に拿捕されている状況から、彼らが宿を出た時点から既にマークされていると見て良いでしょう」
会議室でキム・ヒソン諜報部副部長が発言すると、部門長達が思わず頷いてしまう。県内の100万人のみならず、他県からの来訪者も含めて全員の行動パターンを掌握しているシステム・・そんな夢のようなシステムが存在するハズがない、と誰もが思うのだが、事実即座に捕らえられてしまう。現実を見れば頷くしかない。

また、富山県警が有しているシステムならば、他県での導入も検討する筈だが警視庁にはそのような動きはない。とすると、富山県単独のシステムと判断せざるを得ない。

主要駅、空港、港、主要な商業施設の事業者に監視カメラの情報提供を求め、その見返りに犯罪者や容疑者の早期発見や事件前の容疑者拘束等の予防措置を事業者側のメリットとして提示していると考えられる。
「7月の富山県議会で、「コロナ感染者の流入を防ぐ仕組みづくり」と題うって賛成多数で成立していますが、この「仕組みづくり」とやらの中にシステム化が盛り込まれていたのでしょう」キム・ヒソン副部長はハングル訳された富山県議会議事録を回覧すると続けた。

「年内に、岡山と栃木で県知事選が行われます。社会党の知事が両県で誕生すると、両県警・公安と結託して同様の外部人材把握の為のシステムを用意するのではないかと考えています。
先日、プルシアンブルー社の流通部門の社長が栃木のアパレル製造会社と業務提携を交わしています。社会党知事となり、セキュリティ体制を強化した上で最先端の製造工場を県内に増やしてゆく・・このサイクルを日本国内で浸透させるのではないかと見ています」

「末期的と言われている日本の政府でも、その程度の情報は察知しているのではないか?
富山県警や公安内部には与党寄りの人材の一人や二人はいるだろう?何故、富山や社会党の動きを事前に阻止できないのかね?」

「恐らくですが、富山の知事や社会党は何らかの政権与党の不都合な情報を握っていると考えます。それも与党が吹っ飛ぶようなレベルの話です。そうでなければ社会党が推薦する学者を、外相、厚労大臣として受け入れないと思うのです。3人目は総務省ですから、非正規雇用の是正でも打ち出すのではないでしょうか。
社会党による政権ジャックと言っても過言ではない。選挙をせずに、社会党政権が成立したような状況です」
キム・ヒソンが言うと部門長達は静まり返った。

キム・ヒソンは海外でのモリの動きにも注目していた。たったの3ヶ月でコロナ特効薬と7ナノ半導体の開発と量産化を実現出来るテクノロジーを持って、東南アジアと北米に向かった。野ブタの討伐だ、農業振興だ、と言っているのは隠れ蓑に過ぎない。現に家電やモバイルの生産、出荷が始まり韓国企業にとってプルシアンブルー社は脅威の対象に取って代わった。ノーマークどころか創業3ヶ月のスタートアップ企業が、である。3ヶ月でできたノウハウは2ヶ月で事業を始められるかもしれない。それも先端技術を駆使して。

アメリカ・カナダは有利な条件を提示して誘致に乗り出すに違いない。実際、カナダのドルトー首相はモリ会いに行っている。猟にまで同行して一国の首相が一人の地方議員の為に2日間を費やした。過剰とも言える首相の応対に、メディアも裏の目的を探り続けた。
早速、前田外相が次週カナダ入りするのが決まった。首相とモリの密談を受けて、外相レベルで何やら協議がされるのだろう。

カナダのメディアは「Wildpig Hunter 」とモリを形容し、報じている。
獲った獲物で料理を振る舞い、地域住民は大喜びという一面を強調し、宛らワイドショーのような取り上げ方をしている。
「来春、再度日本政府に支援の要請を出す」と首相も発言し、住民と一緒になって肉を喰らい、酒を飲んでいる。モリが持ち込んだコロナ感染製薬の効果も良好だとする話題と長期政権だからこそなせる技なのだろうと、キムは羨ましいと受け止めていた。

今の自国の政権や大統領には、とても出来ない芸当だろう。対日批判に舵を切った今の大統領では、財閥にハッパを掛けるのが関の山だ。無理難題を大統領から言われながらも、財閥にとっては既に死活問題なので、大規模な投資を行なっている。投資内容や課題について説明し、場合によっては国へ追加支援の要請を行うかもしれない。

無駄な投資で終わる可能性が高いと殆どの専門家が指摘しているようにプルシアンブルーの足元にも及ばぬようなら、韓国IT産業は急転直下となる。

キム・ヒソン諜報部副部長の技術部門のスタッフは「不可能」と判断していた。プルシアンブルー製のモバイルの販売価格は最安の汎用機の価格帯となっている。製造を真似る事さえ出来ない部品を全て内製化しており、やはり内製の自社OSも、米国の既存のOSよりも複雑な構造をしていながら速い。韓国製モバイルはCPU、GPU、OSといった速度と操作性を司るパーツとプログラムを全て米国製に依存している以上、手立てがないのが実情だ。

方やプルシアンブルー製は液晶画面とカメラとセンサーを除けば、内政比率10割だ。部品の微細化技術により基盤に余裕があり、GPUとメモリストレージの搭載数と容量を増やし、CPUを改良し、OSのエンハンスを重ねてカーナビ用のAIを載せると見ていた。ナビで実現しているのだから、決して難しくはない筈だ。それなのにモバイルとPCに何故かAIを搭載していない。
・・・何らかの思惑があるのだろう。

せめて野党には対日方針の変更を直訴し、プルシアンブルー社の韓国法人設立と工場誘致、もしくは韓国企業の買収や業務提携を求めるべきだと伝えるべきだ、と考えていた。今までの時間軸と手順を打破し、全て刷新しかねない企業が現れたのだ。今はプルシアンブルー社に迎合しなければ、韓国という国自体が無に帰す、とも分析していた。

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「プルシアンブルー社台湾法人は、台湾EMSメーカー3位のウィズドロン社に続いて、2位のベガトロン社と提携し、IT製品の製造委託契約を交わした」

台湾を始め、東南アジアでは報じられても、日本では報じられなかった。プルシアンブルー社や社会党絡みの情報に抑止の力が作用していた部分もあっただろう。
プルシアンブルー社がネットテレビ、ネットラジオの事業を始めて注目され、既存メディアの視聴率が下がる傾向が顕在化したからと見られる。日本のテレビとラジオ局は新聞社が関与しているので、何らかの口裏合わせが働いているのではないか?と誰もが察していた。アメリカで野豚を討伐中の自衛隊を表敬訪問する米国農務大臣や議員団のニュースは取り上げても、狩猟中のモリ一行をカナダの首相が視察するなど2日間に渡って時間を共有していたカナダ内のニュースは日本では殆ど報じられなかった。
アメリカ共和党政権がホワイトハウスにモリを呼ぶ方向でカナダ政府と検討中、という話題もまるで封殺されたような扱いだった。それでも「Asia Vison」内の英国BBcCのニュース等では世界では「カナダとアメリカの首脳が、日本の地方議員との会談を強く求めている」と伝え、ネットニュースで拡散していたので、「作為的に情報操作が行われている」と日本の人々も察知していた。

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「その情報操作とやらに、我々は一切関与していないのだがね」
メディアの情報を整理していた内閣補佐官の新井は、呟いて笑うしかなかった。

韓国kCIAがプルシアンブルー社の事業立上げ期間の異常なまでの速さに気がついた以上に、被害を受けている当事者である経済産業省・経団連・経済同友会そして日本政府は翻弄され続けていた。矢継ぎ早に繰り出される一手一手に全て関連性があるのも厄介なのだが、事業開始までのスピードの速さに対処する間もなくゲーム終了を告げられる。そんな、何も対処できないまま市場と経済環境が大きく変化してしまう状況が続いている。

全てはコロナ特効薬から始まった。富山での製薬開発を誰も知らぬまま、気がついた時には治験検証の段階に進んでいた。日本のみならず、東南アジアと北米にも手を打ち、今は世界中が米国CDCの見解を待っている状況だ。CDC代表のファールチ氏が「楽観視している」と笑顔でコメントしたのは昨日の事だ。
米加2カ国、東南アジア6カ国、日本と台湾の感染重症者が危機を脱したというニュースと合わせて、世界中が期待していると言ってもいいだろう。

製薬製造に大きく貢献したAIの能力、AIを支えるシステム環境、それを支える富山県内製薬業とプルシアンブルー社エンジニアによる大金星との公算が、高くなっている。大金星を射止める前に、同社は家電とIT製品販売事業に取り掛かっている。同社の製品を販売している国の消費者は目敏く反応し、プルシアンブルー社の在庫は無くなってしまった。
生産体制を強化するために、新たな台湾のEMS会社に製造委託を行ったようだ。最大手のホンバイ社を使わない理由が現時点では分かっていないが、ホンバイ社の重要顧客であるApp/e社やSammsunng社との棲み分けだろうと新井補佐官は想定している。

特効薬の承認が出れば、プルシアンブルー社の名声は確固たるものとなる。
暫くの間は、ご祝儀の様に製造品が売れまくるだろう。モリがホワイトハウスに呼ばれるのは共和党政権の利になるであろうし、日本のメディア各社がプルシアンブルー社の情報を隠蔽したくとも、早々に限界を向かえるだろう。

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ホワイトハウスには翔子と志乃が同行する事になった。大統領と面会するのは日本から来る外相とモリの2人となり、翔子と志乃は外務省の外交官と共に、駐日大使を始めとする大統領側近たちと別室で待機するので、表には出ない。

「能力」の覚醒した翔子は、ハンターとしてのモリと志乃との相性が抜群で、母の由紀子を軽々と上回ってしまった。「さすが郡司の子だ」と由紀子も娘を誇らしく思っていた。
翔子だけでなく、由真も日を追う毎に捕捉対象となる動物を把握する迄の時間が早まっており、若さには叶わないと、まだ伸びしろのある娘と姪っ子を由紀子は羨んでいた。

自分も含めた一族がモリに出会えていなければ、ハンター2人との相乗効果は得られなかっただろう。穀倉地帯に生息する野豚の頭数が多いので一概には言えないが、他の8つの地域で掃討に当たっているチームと比べて、倍近い頭数を射止めている実績に、大きく貢献しているのは間違いなさそうだと受け止めていた。

狩猟の弟子としての志乃の可愛がりようは特別なものだが、「能力」の扱いを覚えたモリは今まで以上に優遇してくれる様になったと翔子も由真も喜んでいる。翔子に至っては由紀子と同じで、結合時の相手の欲求を汲み取っていると思われる。志乃と由真との時間よりも、翔子との逢瀬を持つようになっている。
客観的に女性陣を見ながらも、由紀子自身もモリの要求に積極的に応え、我を忘れて逢瀬を愉しんでいる。

狩猟実績の裏に何があるのか、モリの狩猟チームの内幕が公表される事はないだろう。メンバーが他界するか、もしくはモリが銃を置いた時に、全ては闇に葬られるのかもしれない・・


隣室から理子の喘ぎ声が止んで暫く経つ。そのまま眠ってしまったのだろうか?と思っていると廊下に彼の気配を感じる。還暦過ぎのお婆ちゃんが何をときめいてるのよ?と、自虐しながら洗面台の鏡で化粧をチェックする。薄手のナチュラルな感じの化粧は孫娘から教わった。元より化粧のキツい顔を彼は嫌うのだという。
鏡の中の女は頬が高揚して赤みを帯びている。すっかりメスになっている自分を笑うのも、毎度の儀式のようになっている。2人きりになれば娘、孫や姪を一切忘れて、タガの外れた愚かな女に成り下がる。ドアをノックする音がして、由紀子は思考を止めて立ち上がると、男を招き入れる。

既に準備が整っているのを見透かしているのだろう、口惜しいながらも事実なので、大した前戯も無く体を合わせる。受け入れて体を打ち震えながら、2つの命が宿っていると告げるの忘れていたのを思い出す。相手の思考を汲み取ると伝えるのをどうしても躊躇ってしまう。
由紀子は異性として求められている事が殊の外、嬉しかった。秘めた力を発揮する事で、彼の欲求に応え、自らの対応に満足して貰う。引き続き女として扱って貰えるように懸命に尽くす。
本人の性格的なものだろうが、行為中は指示を口にしたり、相手に要求しない人だ。逆にそれが源家の女達にはプラスに作用する。本人が口にするのを憚っている要求に応えて、腰を動かし、タイミングを合わせて強く締め付ける。そんな由紀子の仕草や反応に呼応するかのように動きが一層激しさを増してゆく。由紀子はハンドタオルを咥えながら歓喜の歌を押し殺しながらも、全身で喜びを表現し続ける。日中、アラスカ杉の林の中で獣のように声を上げていた以上の快楽の波が、次から次へと押し寄せてくる・・

深夜遅くまで、互いを求め続けてた。

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投票日前日、10月24日に岡山入りした金森富山県知事を党の職員がピックアップすると、岡山市と倉敷市内の商業地区を連れ回し、買い物客とグータッチし続ける。

前回岡山入りした時以上に、人々はマスクをしていない。兵庫県の感染者数が増えているのに、岡山は減少を続けて山陰側の県並みの1桁台の感染者数に留まっている。理由は岡山県議会が導入した、県外からの来訪者全員を把握するシステムを整えたからだ。
中国自動車道や国道から岡山入りした全車両の追跡、新幹線などの周辺県と繋がっているJR各線の各駅の乗降者の手荷物の大きさで県外からの来訪者と思われる人物の移動を追い続ける。水島港、岡山新港に到着した船に乗船している船員たちも同様にマーク対象となる。AIが駅や港、街中の監視カメラの情報を絶えず集めて記録しておく、マーク中の人物が感染者と判定されると、訪問滞在先をローラーしながらクラスタ感染とならぬように接触者全員をPCR検査を行なう。県外からの来訪者と思しき人々を昼夜監視しているのが、AIだった。富山で導入しているシステムと同じで、コロナが終われば産業スパイ監視ツールに様変わりする。

昼食を後回しにして、岡山駅前ロータリーに演説のために移動する。既に党首の演説が始まっていた。そろそろ出番だと告げられ、駐車している選挙用マイクロバスの壇上に上がると候補者からマイクを渡され、一歩前へ出た。集まった大勢の聴衆に怯んでしまうのと同時に、流れる涙を堪えられなかった。複数のテレビ局のマイクを握りしめたまま頭を下げて涙を堪えてから、頭を上げる。

・・7月知事となり、短いようで濃密な3ヶ月を経て、遂にここまで来た・・

感慨深い思念に捕われていたら、失敗に気付いた。溢れる涙を堪えられなくなっていた。

(つづく)


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