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(9)終わりなき、バタフライ効果(2024.12改)
アフガニスタン暫定政府の勝利の報を受けて、沸き立ち、お祭り騒ぎを始めた市民の映像を首都カブールに拠点を構える各国メディアが、世界に向けて配信し始める。
市中警備にあたっている米軍兵士が握手攻めを受け、老若を問わず女性達が兵士に謝意の口づけを与える。文化的な自由をアフガニスタンに齎したのは、アメリカ合衆国であり米軍であるのは間違いない。もし、タリバンによる治世となっていたら、女性は自由を奪われ日陰者の扱いを受ける事になると、過去のタリバンによる統治時代の悲劇を市民は忘れずにいた。
アフガニスタン駐留ASEAN軍を率いるモン族のタンニ中将は、約500人の少数民族兵士たちに宿舎内での待機を命じるのと同時に、長年に渡りソ連軍と米軍の駐留兵士達が育んできたアフガニスタン人売春婦達を、相場価格を超える値段でもって兵士宿舎内に招き入れる決断をする。
内戦終結後の強姦事件や余計な殺傷を防ぐために、勝利で高揚する兵士達の性欲を満たすのが狙いだった。
結果、ASEAN軍兵士が市内のどこにも見当たらない。
カブール市民は一応勝者側である米兵達を労い、あらゆる便宜を施し始める。米軍が勝利を齎した訳でもないのに持ち上げると、浮かれて勘違いした米軍兵が、カブール市民の妻や娘を犯してしまう。
逆上した夫が米兵を射殺したり、首を刎ねたりする事件がカブール市内と近郊で数件起こったようだが、アフガン暫定政府と米軍により隠蔽されてしまう。
暫定政府が隠蔽しようが、殺傷された米兵や犯されたアフガニスタン女性を実際に目の当たりにした市民によって、噂は迅速に拡がってしまう。
米軍がだらしない組織であるのは古今東西変わりなく、駐留すればするだけ、市民の印象を悪化させてしまうのが世の常なのだ。方や、宿舎に籠ってばかりいて、事件や犯罪と無関係となるビルマの山岳民族兵に対する評価は高いまま維持される。
売春婦の宿舎受け入れを軍にアドバイスしたビルマ政府のオブザーバーである斉木も、ASEAN軍宿舎内で将校向けに充てがわれた遊女と行為に及び、発散した一人だった。遊女たちをビルマ産食料品の馳走でもてなし、”友好費”だけでなく、戦勝記念としてビルマ産のルビーやサファイアのネックレスや指輪を女性たちに提供した。
「ASEAN軍は金払いがとても良かった」と遊女たちが後に街で語れば、ケチで、常に根切り倒す米軍兵との対比となる。僅か8日間のアフガニスタン滞在となったが、最後に女性をあてがわれ、労をねぎらわれたので「海外遠征も悪くはない」と山岳民族兵士達に勘違いさせるのも軍の狙いだった。
アフガニスタン内戦終結に伴い、500名中の殆どの兵士が台湾駐留軍への異動が確定している。イスラム教の宗教的な背景もあって、希少だったアフガニスタンの遊女との逢瀬から、アジア各国から集った台湾各地の歓楽街の女性達との逢瀬を想像し始める兵士も少なからず居た。
タリバン掃討の対価を暫定政府から十二分に得たASEAN軍は、アフガニスタンからの撤退準備に取り掛かる。
ビルマ国内7つの航空会社のチャーター機が、アフガニスタン・カブールへ次々と訪れ、兵器や兵士を回収するとビルマに向けて飛び立ってゆく。
アフガニスタンで酷使されたAI兵器はビルマ国内でメンテナンスされ、AI兵器との連携を深めた兵士達は、アフガン遠征の恩賞をビルマ内の家族に渡して、つかの間の休息を取る。休暇が終われば、タリバン戦で成果を上げた部隊を指揮した幹部候補生として、台湾・台北行きのチャーター機に搭乗することになる。
タンニ中将を代表と実質的な作戦参謀の日本人斉木と数名の将校以外のビルマ兵は、アフガニスタン暫定政府が計画した祝勝式典に参加することもなく、淡々と撤退に移ってゆく。駐留が伸びた分だけ支出が嵩み、利益が減少するのを幹部候補生となった500人の山岳民族兵士全員が認識しているからだ。
ビルマ兵で構成されたASEAN軍が迅速に撤退をする一方、米軍に対する印象は日に日に印象が悪化し、「ビルマを見習って、とっとと出ていけ」「残って欲しい相手が居なくなり、役に立たない連中がいつまでも居残っているのはおかしい」とカブール市民から見限られてゆく。
その頃、国連は内紛後の治安部隊派遣を協議中だった。
ビルマの国連大使がアフガニスタン大使と共に折衝していたウズベキスタン・カザフスタン・キルギスタンの中央アジアの旧ソ連圏3カ国に治安部隊の派遣を要請する。ビルマ政府は中央アジアにおける米国関与からの離脱を狙った。旧CIS3カ国は資源国で農業国でもあるイスラム教徒の多い近隣国なので、アフガニスタン経済にプラスに作用すると踏んでいた。今後、中央アジアから遠く離れたアメリカと関与を断ち、中央アジアでの協力関係を向上させる方が現実的で、最善の選択だったと言われる様になる。
約一週間という極めて短期間でアフガニスタン内戦が終焉となり、各メディアが改めて取り上げたのがASEAN軍のAI兵器の性能であり、圧倒的なまでの威力だった。相手の戦闘意欲を削ぐというよりも、戦闘に至る前段で白旗を上げて、部隊の存続を図らざるを得ないほどの効果を齎した実態を、実際にAI兵器を目の当たりにしたタリバン兵達のレポートを元にして、手も足も出なかった状況を再現映像を作成して、NATO軍や米軍を引退した軍事評論家にAI兵器について語らせるといった番組作りが主流となった。
AI兵器そのものを最も的確に伝えたのはプルシアンブルー社の報道子会社であるアジアビジョン社であり、各メディアがアジアビジョン社の映像を参考にし、ASEAN軍・ビルマ軍の唯一無二の能力を知らしめて映像は終わる。そんなアジアビジョン社も、ASEAN軍が所有するAI兵器の能力を極力隠蔽するために「攻撃中の映像」は一切使わず、兵器や車両の破壊後にまだ煙を上げて燻っている「破壊直後」の映像を主に用いて、各国の軍事関係者の「憶測」と「推測」をさせ誘導策に打って出ていた。ASEAN軍が早々にアフガニスタンから撤退した理由も、AI兵器を多様な人々の目に晒したくはないのと、AI兵器をそのまま台湾に持ち運み、対峙する中国人民解放軍に対して余計な詮索や結論の出ない分析を永遠にさせる為だった。
的確な解決策を見いだせないまま、AI兵器の対処法であったり、攻略法を考え続けていれば莫大な軍事費を費やす事になる。相手の懐事情を苦しめるのも重要な戦術と言える。
僅か8日間とはいえ、アフガニスタンでの勝利は民主国家へと転じたビルマの人々を高揚させる。戦地に赴き、勝利を収めた兵士達がビルマへ帰還すると、市民が戦勝に湧きたつ事で、自ずと国家高揚が計れると察していたモリはビルマ軍の資金利用の許可を出し、桜田歌詩と斉木の二人に凱旋パレードを実施するよう指示を出していた。
日曜日に最大都市ラングーン(旧ヤンゴン)のメイン通りを通行規制を掛けて、政府主催の凱旋パレードを行なわれる。上空ではビルマ空軍機が7色の煙を噴きながら飛翔し、色を添えた。
凱旋パレードをひと目見ようと集まったラングーン市民は、そこで悟る。500人全員が山岳民族で「ビルマ族は一人も居ない」事実に、国の多数派であるビルマ族は気が付いた。ビルマ軍と先進企業を山岳民族が牛耳ることで国内の民族問題を抑え込むのが、モリとダフィー副大統領の方針でもある。その息抜き策を台湾駐留軍を構成する末端の兵は旧ミャンマー軍のビルマ族の兵士とされ、山岳民族が経営するプルシアンブルー社系列企業でのビルマ族の従業員雇用だった。これまではビルマ族が主流だった旧ミャンマー軍とビルマの従来企業との圧倒的なレベル差が、国内では多数派であるビルマ族の誤ったプライドと自尊心を挫く。旧ミャンマー軍とビルマ族企業では他国の軍隊や企業との競争に勝てなかった事実を、突き付けられた格好となる。
アフガニスタン暫定政府から多額の費用を手にした軍部は、国の経済成長を活性化させるだけの投資を既に始めていた。第2次大戦前の戦勝国が多額の賠償金を得て、経済を活性化させた手法と同じだ。さらに、ビルマ側の損失は皆無なので、戦後史上最高の利益を還元出来たと言える。ビルマ版国家総動員法「ALL for One」はビルマ経済を急成長させる効果的な起爆剤となり、台湾駐留軍向けの弾丸弾薬の増産から始まり、燃料輸送、物資輸送のエネルギーと兵器製造産業と、輸送産業を活性化させている。また、国内向け生産のみだった農政も、駐留軍向け食糧と援助物資の供給から、本格的な食糧輸出を睨んだ拡大生産に転じている。農産物の輸出価格の”高さ”を知ってしまった農民達は、国内消費分の作物生産を見限るようになる。ビルマの農水省はその国内向け需要を勘案して、プルシアンブルー社のAI農機で土地を新たに開拓し、国営農場とプルシアンブルー社の農場として増やし、従来通りの安価なコメや野菜の維持に務める方針を打ち出していた。農作物栽培に適した国土を持つビルマにとって、新農場の開拓は困難では無かった。荒れ地を開墾して整地し、田畑にして栽培を始めるまでをプルシアンブルー製のAI農機が行うので、何ら負担にはならなかった。
また、ビルマ内の少数民族優遇策が将来的に実を結ぶために、少数民族の子供達への村での教育が強化されている。ラングーンなどの大都市の学校よりもIT教育が進み、ラングーンの大学ではなく、欧米そして日本への大学への留学へ導く教育が施される。少数民族の生徒数は限られているので投資額が安価で済むのも利点だ。ビルマ族で構成される与党NLDは、ビルマ族の地位向上を図るために、ミャンマー時代に停滞した学校教育に集中投資するようになる。クーデター鎮圧後に国政が大きく変容した事で、高い識字率の維持から、国際舞台で活躍出来る人材育成にポイントが置かれるようになり、既存の学校の教育内容が欧米化するように変容してゆく。
凱旋パレードの最終地点、ラングーン郊外にあるビルマ陸軍駐屯地「FORESTAR BEING」の官営施設前の広場で、ミラワン大統領とスージー代表顧問が居並ぶ帰国兵を前にして演説する。
各国のメディアのカメラが居並ぶ前で、スージー女史の演説が各国で報じられる。
「ビルマが他国との戦いで勝利を収めました。16世紀に隣国タイのアユタヤ王朝に勝利して以来の慶事です。第2次大戦で連合国側の英国軍に組みして日本軍を撃退し、後に英国軍を撃退した父アウンサン以来の業績だと褒め称える人々もおりますが、あれは国内での政変劇に過ぎません。
あなたがたがアフガニスタンの内紛を収束してみせた業績は、ビルマが初めて国際社会に貢献した偉業であり金字塔で、過去の如何なる成果や業績を遥かに上回るものです。あなた方が成し遂げた成果は、国内全体に巨額の富を齎しています。2021年の経済成長率は10%を楽に超えるのは確実視されています。失業率は急速に改善し、国民の離職率の低さはシンガポール、ブルネイに次いで東南アジアで3位に浮上しました。僅か2か月前にクーデターが勃発しそうだった国が、物凄い勢いで生まれ変わろうとしています。アフガニスタンに続き、あなた方は部隊の将校や、部隊を指揮する隊長として台湾に異動していただきます。アフガニスタンの人々に自由を与えたあなた方は、次は台湾の方々と協力協調して国土防衛の任に当たっていただきます。我が陸軍は今後もゲリラ戦術に長けた有能な人材を採用し、あなた方の様な有能な人材を育てて参ります。そして、ASEAN軍であり新生ビルマ軍として、今後力を注がなければならないのは海軍です。搭乗数の少ない戦艦や潜水艦を我が軍は所有し、陸空軍同様に早急に世界レベルに到達してみせます。
その際、海戦における戦術参謀などの人材を陸軍と空軍に求める事になります。あなた方に置かれましては、台湾の地で切磋琢磨いただき、台湾という島国の防衛策を台湾兵と共に考察することに自ずとなるでしょう。
また、モリ顧問の祖国日本も台湾と同様に島国ですから、新たな戦艦や潜水艦の開発は陸空のAI兵器と同じレベルに匹敵することになるでしょう。我が軍の海軍力が向上する事で、国の防衛力は万全となります。あなた方には海軍参謀や将校となりうる人材だと私達は期待しております。軍での更なる成功のために、更に昇格してご自身の所得向上を目指すため、台湾の地で切磋琢磨していただきたいと考えております。
我が軍はまだまだ人材不足です。アラカン州内に帰還するロヒンギャ族の元漁民の方々を海軍兵として採用しようと考えています。ロヒンギャ族難民200万人の国内雇用を創出する上で、海軍やレッドスター社での採用が大半を占める事になるでしょう。そんな新たな人材を育てる役割をあなた方先達に委ねたいと考えています。また・・」
部分的にスージー女史の演説が放映されたのと合わせて、「タリバンを打ち破ったASEAN軍に大きく関与する日本人」として、モリとプルシアンブルー社のサミア社長を特集してアジアビジョン社が報じると、世界中で視聴され話題となる。
同社のインタビューに応じたモリとサミアが語ったのは「アジア市場でのポジション確立」の姿勢だった。アフガニスタン内戦の終結で高騰したプルシアンブルー社は莫大な資金を手にし、米国の大企業を時価総額で超えるまでに成長を遂げたのだが、欧米市場への進出を想定も計画もしていないし、世界市場で覇権を争うつもりも野心も持ち合わせていないと、サミア社長が断言した。世界で最も巨大化すると言われているアジア市場を睨んで、研究と商品開発を進めてゆくとサミアが語れば、日本の国会議員選出が確定的なモリも、「アジア圏の各国との関係構築を進め、アジア内の和平を推進し、多様な諸問題を一つづつ解決してゆきたい」と述べた。
ビルマの民主化率役者とプルシアンブルー社幹部の発言から、台湾の防衛力強化とアジア圏での覇権の意志を顕にしたと判断した中国政府は、台湾との交戦を想定した人民解放軍の演習を行うと発表するのと同時に、外相と産業相の2大臣がイランへ向かった。
イランとの関係を取り持ったモリに対するメッセージに他ならず「国内世論を宥めるための演習」であることを暗に知らしめる為だった。
2大臣のイラン訪問があまり報じられず、「次なる紛争地帯は台湾か?」と懸念する様な報道が増えてゆく。アジアビジョン社が台湾有事に全く触れない点も各メディアの台湾関連の報道を煽る事になる。「アジアビジョン社が台湾に触れずにいるのは、中国を刺激しないためだ」と各メディア会社が勝手に邪推していた。
実際、台湾周辺海域で軍事演習を行うと国防大臣が宣言しただけで、アフガニスタンでのタリバン支援の失策について中国政府は何ら触れずにいた。中国国内世論はアフガニスタンでの自国政府の関与を知る機会もなく、人民解放軍の戦闘能力が全否定された事実を知ることは無かった。逆に台湾での軍事演習実施の報を受けて、人民解放軍の優位性を中国国民は再認識するのだった。全ては国内世論を騙すための軍事演習であるのを世界中が察していた。
ASEAN軍であるビルマ軍とプルシアンブルー社の評価だけが異常なまでに高騰したのも、事実上の敗者となった中国政府の態度が”全て”と見做されたからだ。
ーーー
4月15日、投票率61.8%で50万票の投票で圧勝した杜 蛍は、20時の開票と同時に万歳三唱を上げ、記者たちと居並んだカメラの群れの目前で夫にお姫様抱っこされ頬擦りされながら、泣きじゃくっていた。
涙腺が収まってから抱き抱えられていた夫から降ろされてマイクに向き合う。
「主人と夫婦になって20年が経ちました。20年前は今のこの状況を全く想像もしていませんでした。いいえ、コロナ前まで母と夫が政治家となり、私が市長になるなんて考えもしなかったんです」と正直な胸の内を吐露する。涙を堪えてからひと呼吸おいてから、蛍はマイクに向き合う。
「それでも富山市は富山県の他市町村のみならず、他県の県庁所在地や政令指定都市にも負けない日本一の市政を実現し、あるべき市町村の姿を体現してみせます。住宅取得率や貯金額、学力日本一という県民と市民のお国柄を、市政に全く反映できなかった前任者達とは異なる市政を推進して参ります。先ずは市民税の軽減です。新たに富山市に進出してきた企業からの事業税が急増し、市の財政は潤うようになりました。今後も市内へ進出を計画している企業も少なくありません。その分、市民税を下げて富山市民の税負担を軽減いたします。・・サミア会長が富山の地でプルシアンブルー社を立ち上げた、それがプラスに作用しているのは言うまでもありませんが、プルシアンブルー社が富山を知らしめてくれたからこそ、多くの企業が富山を目指すようになったのです。事業税という財源を得た富山市は、富山県と強調し、新たなエネルギー開発へ投資し、富山県民、市民の光熱費を更に下げる計画を推進するとお約束いたします・・・」
蛍が話している間中、夫はバンドのスポンサー企業のアコースティックギターを弾いてBGMの様に流していた。後に、その楽曲が「Shirasagi」というテーマソングになるのを人々は知る事になる。当選会見場でのモリ夫妻のオシドリっぷりを人々は羨むのだが、愛人達も本妻への嫉妬を感じていた。公衆の面前でお姫様抱っこをして、頬擦りまでした上に、ギターを奏でて妻の当選スピーチをフォローしてみせる。そんな会見は日本初、いや世界初だろう。この映像が世界中で拡散するのをモリが狙っているとしか思えなかった。 また、投票日前に夫から授かったプルシアンブルー社の株式を全て売却し、2000万ドルの売却益をビルマに本拠地がある金森財団に「寄付という名の貯蓄」をしている。新市長となった杜 蛍の資産が公開される際、数百万円の貯蓄額しか記載されない格好となる。
日本社会党も所有していたプルシアンブルー社の株式を全て売却し、その売却益でプルシアンブルー社からの一兆円近い昨年の政党支援金を返済した。昨年、コロナ中に低迷していた地価を受けて、巨額の支援金で日本各地の不動産を購入していた。結果、社会党は不動産という金融資産を持つ政党へと転じた。負債額がゼロとなった事で超優良企業と匹敵する存在となった。巨額の資産を持つ社会党が、与党を始めとする既存政党に対して政治資金の在り方や企業との関わりを追及して来るだろうと警戒していた。来週日曜の選挙で勝利した社会党と共栄党が国政に首を突っ込んでくるのは避けられないからだ。
翌月曜日、第一秘書の屋崎由真と第三秘書兼護衛役の源サラは、モリの選挙区沖縄第4区、本島の豊見城市へ移動する。モリと第二秘書の安東咲子と護衛役の源セーラは、夕夏 衆院議員候補の静岡第3選挙区へ向かった。バンドメンバーの夕夏の応援の為だった。電車を乗り継いで磐田駅に到着したモリ一行を夕夏が出迎える。由布子の東京4区と紗希の神奈川2区には共栄党党首の杜 亮磨が駆けつけており、静岡と東京・神奈川の衆院補欠選挙の映像がこの日のニュースを席巻することになる。
夕夏の選挙事務所のワンボックスカー乗り込んだ一行は、基礎工事が終わって建設が始まった、磐田市北部豊田のレッドスター社工場の建設現場を訪れた。先行して磐田入りしていた。シャン族のクン・アリア社長と社長秘書のリタが一行を出迎えて、工場の説明を始める。立案したモリは内容を知っているのだが、アリアの説明に頷きながら聞いているフリをしていた。磐田北部は山並みの迫る扇状地で、田畑等の栽培には向かず所々には茶畑や果樹が植えられている。この地に工場を建設したのは第二東名高速が傍を通っているので、輸送に向いているのと丘陵地で海から離れているので、ビルマの山岳民族に向いた立地であるのと同時に、東海地震や南海トラフ地震の被害を小規模に留めるのが狙いだった。また、浜松市と静岡市に自動車・オートバイの部品製造産業が存在しているからでもある。
取材に訪れていた記者は磐田に建設中の建屋は家電製品の製造工場だと聞かされていたのだが、レッドスター社が小型バイクと小型自動車の製造に参画すると聞いて驚く。
来年2022年の後半にはプルシアンブルー社からエンジン供給を受けて軽自動車とスクーターの生産を開始するとアリア社長が明かした。プルシアンブルー社製の小型車とバイクは日本国内販売の予定はしていないが、レッドスター社はアジア圏全域での販売を計画しているとアリアが捲し立てると、「ついに黒船上陸」「家電製品に次は自動車・バイク製造に本腰」との記事がネットに溢れた。
プルシアンブルー社が同社に供給するエンジンは軽自動車用の660CCと小型車用の880CCのディーゼルハイブリッドエンジンとバイク用の125CC4ストロークエンジンの3種となるという。バイクはともかく、国内メーカーも製造していないディーゼルハイブリッドエンジン車が国内で販売されるインパクトが、この日生じた。
合わせて、レッドスター社がスウェーデンSAABb社が生産製造を中止した自動車事業を買収したとホームページで明らかにする。SAABb社の航空機製造部門をプルシアンブルー社が買収したのと同じで、SAABb社が撤退した事業を破格の値段で手にする手法を踏襲した格好だ。つまり、レッドスター社はSAABbブランドで車を販売する事になる。生産製造を中止した自動車メーカーは世界に幾つもあるが、他の数社のブランドを入手する計画をモリは立てていた。
建設現場を移動中、モリの第二秘書の安東咲子が執拗なまでにモリにボディタッチするので。夕夏は呆れる。ヘリポートへ移動する際、護衛役のはずのセーラをおんぶして燥いでいるモリを見て「この娘も手篭めにしたな・・」と微笑ましい光景だと思いながらも、夕夏は察していた。
亮磨を出産後、モリとの関係が再燃したのはバンド活動を再開した昨年からとなったが、モリを取り巻く女性関係は一層複雑なものとなっていた。夕夏が当選後に公設秘書となる夕夏の従姉妹の2人も、モリを見て溜息を付いてばかり居る。
夕夏から離れてモリの後を追い、時折話しては頬を赤らめている。高校の頃からよく見てきた光景とはいえ、いつまで此のジゴロ状態が続くのだろうと思いながら夕夏はモリの尻を指で抓り、そして思い切り叩いた。
抓られ叩かれたモリが「何事?」と振り返った際、「なんでもないよ!」と夕夏は舌を出して顔をしかめてみせた。案の定、当惑した表情を見せたモリに、夕夏は飲みかけのペットボトルを押し付ける。
「炭酸嫌いのクセにサイダーなんか選ぶからだ・・」モリが呟きながらキャップを取って飲み始める。
「やーいイッセイ、間接キスだぁ〜」と高校時の様に茶化すとサイダーを吹き出した。
その模様を日本のテレビ局が撮っており、バンドメンバー同士の仲の良さが図らずも露呈する。この映像のせいで神奈川と東京の選挙区にも急遽駆けつけて応援する事になる。映像を見た由布子と紗希が、嫉妬したからだ。
(つづく)
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