(9) 暗躍する 褐色の麗人(2023.8改)
「モリ先生、お昼はどうします? 我々は店をローテーションして出前を取っていまして、因みに今日はお蕎麦屋さんです」
高校中学の学年主任と教科主任と校長、教頭の20名に満たない教員たちで、弁当持参が半分くらいだろうか。10名分の蕎麦は「伸びる可能性、大」とジャッジを下して、今日はパスしますと断った。
生徒がいないので学食も購買も閉まっているので仕方がない。学校の向かいにコンビニもあるが、徒歩10分の駅前は商店街になっている。今日はバイク通勤なので、移動時間も然程かからないので駅前で食べようと決めた。
授業コマのない4限のチャイムがなるのと同時にヘルメットを持って職員室を出る。
職員駐車場には、春秋の晴天時限定の通勤バイクが停まっている。モリが新聞配達で使っていたバイクだ。36年前製造のバイクを後生大事に使っている。バイトをしていた新聞店が配達用のバイクをスクータータイプに刷新した際、2ストのヤマハメイトと4ストのホンダカブを社長から譲り受けた。
メイトはかなり走り込んでいたので、数年で廃車にしたが、モリが配達で使っていたカブは大学生になった際に割り当てられた新車だったので、慣らし運転も自分で担当した愛機でもある。
配達する新聞を詰め込んだ前籠と、ドライバーの足を保護するカウルは経年劣化で壊れたので外してしまったが、それがいい味を出していると身勝手に解釈して使い続けている。30年以上も乗り続けているとエンジン内部や部品の構造は熟知してしまい、今となっては製造していない中古パーツを集めて、故障に対応できる体制を整えている。原チャリなので部品点数も少ないから、個人でもなんとかなっているが、後継機を考えなければならない頃でもある。未だに動く感動を、呆気なく失いたくはないのが本音ではあるのだが。
ヘルメットをかぶってキーを差し込み、スターターをバックキックすると、エンジンが可動する。ルーチンワークである本田宗一郎師匠に賛辞を述べてから、ソロリと発進する。
どの店で、何を食べるか 決めていない。
緊急事態宣言下なので営業している店舗も限られているだろう。商店街の状況を見て、判断するしかない。
郵便局の駐輪場にバイクを停め、ATMでカネを下ろしてから、久々の商店街を歩く。
テイクアウトで提供する店舗が増えている、というのがよくわかる。店内で飲食できる店舗が見当たらない。出前や、宅配サービスにシフトせざるを得ないというのもよく分かる。
駅前のパン屋さんにするか、おにぎり屋さんにするか若干悩んで、パン屋さんで購入してコンビニで飲み物を仕入れると、学校の隣の県立公園に移動する。平日の公園駐車場料金は無料なのだ。月曜日なのに駐車場待ちの車が並んでいた理由が、中に入って分かった。
公園はコロナ渦でも憩いの場として開放されていて、親御さんが自宅待機中のご家庭が、結構な数で訪れていた。家庭毎に距離を保ってシートを広げて座っている。ご家族連れが多いせいなのか、ベンチが所々空いているので座って食べ始める。
1つ目の惣菜パンを食べ終えようとした時だった、左から「モリ先生!」と声を掛けられて喉が詰まり、視線を向けながらもペットボトルを手にとって、詰まりを流し込む。不意打ちしたあなたは誰だと、やや涙目で見定めると、・・やはり顔に覚えのない少女だった。
「先生、こんにちは。C3Aであゆみちゃんのクラスメートのユウキツムギです」
娘のクラスの社会科教師は別の教師なので、わからないのも仕方がない。この生徒も娘の同級生だと冒頭に持ってきたのだから、初対面モードで良いだろうと判断する。ギョッとしたのは生徒に意識が集中し、その後方に居たご両親と姉?と思しき3人に気づかなかった。手をパッパと振ってパンくずを落として、慌てて立ち上がる。
「モリ先生、はじめまして。それともディアハンターと申し上げた方が宜しいでしょうか。お嬢様と同じクラスのユウキと申します」と母親が言うと、旦那さんと揃って頭を下げる。見下ろす状態になってしまい心苦しく感じていた。ベンチに座ったままでは失礼だと思ったのだが、立ち上がると4人とも小柄なご家族だった。
「こんにちは、杜と申します。今日は出勤日で学校におりまして、昼食は外に出て来たのです」腕時計を見ながら言えば相手も状況を理解し、早々に開放してくれるだろうと思いながら。
「そうでしたか。そうしますと、お一人でお越しになられたのですか?」
「ええ、そうです」
「まだ暫くの間あちらにいらっしゃると奥様から伺っていたのですが、そうですか。でも、あの動画、すごい反響ですね。国内だけであっという間に700万PVを突破して、まだ伸びています」
「私は被写体の1つに過ぎません。狩猟以外は全くタッチしていないのです。動画の再生回数がどのくらいなのかも知らないんです。暫くの間は研究者たちとのメール交換に忙殺されていましたし・・おっと、いけない、申し訳ありません。授業の準備があるのでお先に失礼します・・えっと、ツムギ
さんだったよね?君は午後の授業は休講なのかな?」
生徒の顔が「しまった!」といった表情になったので、笑顔を返すだけにする。ご両親も申し訳なさそうな顔をしているので、そこは不問として、撤退準備を始める。
「体調不良で欠席」と担任にメールするだけで、休めてしまう。自宅待機期間中の出欠は担任たちも追求しきれないのだ。
「それではこうしよう。君と僕は今日は出会わなかった。ご家族とご挨拶はしたけど、君は居なかった。それでいいかな?」と小指を出す。
「はい、分かりました。指切りげんまんです!」
「針なんか飲みたくないから、そこんとこ宜しくね」
「はいっ!」といい笑顔が出たのでチャラとして、互いの指を離した。
残ったパンは後で食べようと思い、この公園に来るのはもうやめようと、決断する。
「お食事中に、お声がけして申し訳ありませんでした。奥様にも宜しくお伝え下さい」
「いえ、こちらこそ申し訳ありません。なんか慌ただしくなってしまいまして」
互いにお辞儀合戦を何度か繰り返して、駐車場に逃げるように去っていった。
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この日の授業を終えて、17時に講堂で記者会見を行う。全校生徒が着席可能なので座席数がある。1F席に左右前後と間隔を明けてメディア各社に座ってもらう。同僚の教師たちに、受付から会場誘導、質問マイクを持って記者たちの間を移動してもらうなどの役割を押し付けてしまう。迷惑を掛けて申し訳ないと思いながら、校長と教頭の後に続いて壇上に上がる。
なんでお前らが一緒なんだ?と思いながら、着席する。2人の長テーブル席の前には「校長」「教頭」とタイプされた紙が垂れ下がっている。どうしてオレの前には何もないのだろう?なぜ、校長が真ん中に座るのだろうか?お前が全ての質問に答えるつもりなんだろうか?だったら、全部任せてしまって恥でもかかせるか、と悪巧みを考え始める。
「それでは定刻になりましたので、記者会見を始めます」
生物が専門の教師が司会を務める。この会見のためだけに出勤したのかもしれない。本当に申し訳ない。明日はケーキでも買ってこよう・・
誰が用意したのだろうか、校長が紙を出して読み始めた。
「世界中で再生されている動画コンテンツを撮影、編集した3名は同校の卒業生であり、担任教師としてモリ先生のクラスに在籍した生徒たちです。卒業生と教師の交流を当校は重視しており、大学進学後、就職の進路相談の相手にもなっています」
と、教師の誰も聞いたことがない勝手な講釈を始めたので、目を閉じて聞いていた。「何の茶番だ、これは?」と思いながら。
「・・教師になる前、彼はアメリカ企業のニューヨーク本社に勤務していたのですが、あちらの郊外で狩猟免許を取得すると、休日に度々ハンティングに興じるようになります。かの地で狩猟ノウハウを身につけて、日本に帰国いたしました。帰国して教職の道をどうしても諦めきれなかった彼は、当校の企業経験者採用枠で教諭となると、初年度から頭角を現しました。生徒からも慕われる人望から、3年前からは英語と国語の代行教諭もお願いし、今年はコロナでペンディングとなっておりますが、去年は県内の他校の外部教師も担当いただきました。彼の授業コンテンツは他校でも使われ、生徒さんから称賛いただいております。今回のコロナで外部講師としての派遣が難しければ、外部講師を諦めて、今は私が兼務している中等部の教頭職を2学期から彼に任せる方向で検討しております」
校長が出てきた理由はコレか!と察した。話を受けるつもりはないが、目を閉じていて良かった。動揺が顔に出ていたかもしれない。
「・・富山の家を拠点にして、GWと夏休みを利用して周辺の山々で狩猟を行っていたようです。銃も富山の家で管理しており・・」
教えてもいない話であり、事実と異なる箇所を入れてしゃーしゃーと話すのでモリは驚いていた。この流れに沿って質問に応じるように、という指示であり、命令なのだろうか?と勘ぐる。そして記者の質問が始まった。冒頭の下り、必要だったのか?とまだ考えていた。
「オーストラリア、フランス、ドイツそしてアメリカ等の著名な動物学者が、あなたの仮説を称賛し、立証するための共同研究を求めていますが、お話は受けられるおつもりですか?」
回答の許可を得るように、校長と視線を交わすと校長が頷いたので、マイクを手に取った。
「コロナ渦という今の状況下で、事態がいつ収束するのか誰も先が見通せません。海外への移動もままならない中で、学者、研究者の方々へ現時点で協力が可能なのは、リモート環境でのセッションくらいでしょうか。調査への同行が伴うものは、世界が平穏な状態に戻ってから、その時点で検討を始めるようになると先方の先生がたにはお伝えしています。
勿論、私も教師としての仕事がありますので、研究者の方々の現地ガイドを請け負うにしても、私の休暇時に限定されますので先方には難しい調整をお願いするかもしれません」
記者たちが納得したようなのでまずは無難に終わったと思った所へ、強烈なアッパーカットがモリの顎を狙ってきた。
「モリ先生は北陸のベンチャー企業にも参加されていますよね?そちらは新型の農耕機と魚群探知機の開発、製造で関係者の脚光を浴びています。石川県が前向きに起業・・会社を起こす方の起業です。御社をバックアップすると言っています。今は事業立ち上げの大事な時期だと思いますが、そんな時期に狩猟や調査の時間は割けるのでしょうか?」
・・学校にも言ってない話をこの場でするな!・・と、切れそうだったが、耐えた。
「情報に誤りがあるようです。共同出資者の一人という位置づけでして、経営には全く関与しておりません。石川県のバックアップ云々についてのお話は初耳ですので、経営陣に確認したいと思います。ただ、投資した当事者の一人としては喜ばしい情報です。情報提供ありがとうございました」
2つ目の質問も事無きを得たと思っていたら、爆薬が仕掛けられていた。なぁ、誰ね、あんた?
「そのベンチャー企業ですが、富山県知事選に野党が担ぎ上げようとしているモリ先生の義理のお母様である海洋大の金森 教授が、開発中の魚群探知機の監修を請け負っていますよね?
金森教授の研究対象の一つがホタルイカで、主な水揚げ漁港がある滑川市の市議会が、滑川漁協での試験導入を市の特別補助金で補填すると決めたと地元の新聞社が報じています。
私にはお母様の立候補前のモリ先生の側面支援のように見えます。富山県内の漁協は挙って導入に踏み切ると聞いております。県内の漁業関係者は一斉に金森氏の支持に傾くとも言われていますが、モリ先生はお母様の選挙の支援もなされるとみて良いのでしょうか?」
「え?」とマイクを持たずに大声を出して、呆然としてしまう。何故かサミアの笑い顔が浮かんでいた。
「そうなのかね?」校長が囁くように尋ねるので「何も聞いてません、初耳です」と回答してから、校長がマイクを顎で指すので、慌てて取る。
「まず、お詫びから申し上げます。その滑川市の報道を全く知りませんでした。私は初耳でして正直動揺しています。そもそも販売価格がまだ決まっていない検討中の製品との認識でした。また母の・・義理の母の立候補ですが、南砺市という岐阜との県境の小さな市がありまして、その南砺市の市長選だと認識していたのですが、記者の方は富山県知事選とおっしゃいましたよね?」
「はい。県知事選への立候補です。南砺市は確かに金森氏のお生まれになった市ですが、海に面しておりませんので、漁業関係者の支援は得られないと思います!」
・・サミアの仕業か・・そう思ってから、何故か確信した。鮎と蛍にはこんな展開は描けない。
「参りましたね・・。私は仲間から事実を隠され、騙されていたのかもしれません。引くに引けない状況に私を追い込もうと考えたのか、もしくは単に煩いヤツを排除しようと考えたのか、理由は確認しなければなりませんが、首謀者たちの顔は何人か思い浮かびます。
お願いなのですがこの状況を確認する時間を、暫しの間いただけないでしょうか。
母と出資している企業の関係者に問いただしたいのです。もし出馬がデマだったとすれば、それこそ滑川市をはじめとする富山県の漁業関係者に多大なるご迷惑をお掛けしてしまいますので。
以降の質問ですが、ベンチャー企業と選挙以外に絞ってお受けしたいと思いますので、ご質問のある方は挙手願います。宜しくお願いいたします・・」
とモリは言って、シカによる一次産業への被害対策や、狩猟者の高齢化問題といった質疑応答が続いた。
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富山県内、石川県内で取り上げられたニュースは、「金森氏の選挙体制が固まっていない?」「そもそも出馬の意向を表明していない」といったものだった。「一部のメディアの誤認で勝手に盛り上がっていただけではありませんか?」と現職の知事もコメントしていた。
それ以外は小さな三文記事の扱いで、モリの顔写真と、校長と教頭の3人で並んでいる写真が世界中に拡散した。「Deer Hunterの正体は、6.2フィートの高校教諭!」というタイトルと共に。 会見では年齢を問われなかった。実際は50代前半なのに、「若き凄腕狩猟者は2026年のパリオリンピックへ、ライフル競技へ出場か?」と欧米で観測記事のようなものが報じられた。全ては童顔と義母が来年で60歳というデータの影響と推察される。「誤認」と「思い込み」を記者たちはしでかしていた。
しかし、日付が変わるとモリの話はすっかり消え、富山で事態が動いてゆく。
ブルーインパクト社の「フェニックスプラン」が始まろうとしていた。
ーーー
金森鮎は朝ーで野党に立候補しない旨、連絡をした。そして、富山の隣りの奥飛騨の温泉街へ旅立っていった。県内から離れて一人になりたかったのだろう。
鮎は義理の息子の了解がどうしても貰えなかったと野党の代表に詫びた。この日が同党への最終回答日だった。
野党が金森擁立を諦めると、第2第3としていた候補にアプローチを取り始める。すると、野党の富山事務所を張っていた、富山新報の野党担当の記者がブルーインパクト社のCIOに連絡すると、「無所属での立候補プランに変更。どの党からの支援も受けずに立つ」と方針が勝手に決まった。
この時点で、本人は何も知らない。
すると、一部のこれまでの報道を補足するかのように富山県の漁協連の会長が「金森支援」を打ち出すと、漁港を抱える滑川市、氷見市、新湊市などの与党所属の市会議長が金森候補の無所属での立候補を歓迎し、選挙支援表明を打ち出した。
石川県かほく市のブルーインパクト社を同日視察していた富山県農協連の会長と各農協の幹部たちは「リモコン操作による農耕機」ではなく、「自動運転、AIによる複合農耕機」のデモンストレーションを目の当たりにする。幹部たちは、部下から報告を受けていた以上の能力を見せた無人で農作業を行なうAI搭載機を絶賛する。
「同社の製品と人件費を下回るレンタル価格は、我が県における農業就業者の高齢化問題を、一気に解消するでしょう。同社の顧問でいらっしゃる金森先生の県知事選を、富山県農協は全面的に支援いたします」と会長が表明する。
ブルーインパクト社CIOで筆頭エンジニアの、サミア・サムスナーが描いた、鮎を無所属で立候補させるためのプランだった。
富山の県政も市政も与党が牛耳っている。サミアはモリから先日聞いていた「野党の推薦なんか受けて当選したって何もできない。それでも立候補したいのなら無所属しかない。与党にも利益を与えながらの議会運営になるから、めちゃくちゃしんどいけど」と金沢で飲んだ席でも、本人たちに聞かれないような早口の英語だった。
確かに少数で多数を制するのは大変だ。
個々の力を見せつけたり、奇策で押し勝つのも時としては必要になる。日本ではノブナガがイマガワを奇襲して制した合戦があった筈だ。
サミアは考えていた。ITの世界では実はそれほど難しい話ではない、と。サミアは富山農協を攻略する方法を見出した。内容的には少々セコい話なのだが。
農耕機は「ラジコン操縦」とこれまで見せかけて来たが、実はラジコンでは可動しておらず、エンジニアの「エアプレイ」で操作しているように見せていた だけだった。
実際の農耕機はAIで動かしており、ヒトが介在しない製品として開発を進めていた。魚群探知機がAIで勝手に動くのに、田んぼを這うバギーがラジコン操作であるはずがなかった。
ダミーのリモコンを使っただけで、モリまで難なく騙せた。「敵を欺くなら、まずは味方から」という日本語があった筈だ。
サミアは農協のお客様方が帰られると、出かける準備を始めた。
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五箇山の家の電話が午後から鳴り続ける。電話に出た蛍が記者たちから齎される情報の数々に涙を堪えられなくなり、受話器を持ったまま、ひたすら頭をペコペコと下げ続けていた。
「ブルーインパクト社のサミア副社長が、金森氏の選挙参謀に立候補されました。
コロナ渦の県知事選をITを駆使して戦うとプランを表明しました。同社の農業用、漁業用の製品提案は第一弾でしかなく、富山県内の全産業をITで成長させるとおっしゃっていますが、お母様はその旨、ご存知だったのでしょうか? だから無所属での立候補となったのですよね?」といった内容の報道各社からの問い合わせの電話だった。
電話中に1通のメールが先日会食したサミアから届いていた。蛍はひと目メールを見て泣き崩れ、ママ友とその娘たちによって介護される。
「Hotaru-san、電話でお伝えするほうがいいのでしょうが、日本語があまりうまくないのでメールでごめんなさい。Ayu-sanにも宜しくお伝え下さい。
私がAyu-sanを、お母様を必ず当選させてみせます。当然ボスにも手伝ってもらいますが、彼には教員という立場がありますのでフルタイム参戦は難しいでしょう。
私は先程 /BMに辞表を出したので、Ayu-sanに私のすべての時間を捧げます。貴方がた親子の夢の実現のお手伝いを私にご下命下さい。宜しくお願いいたします。
サミア・サムスナー」
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会社を急成長させようとサミアは考えていた。
モリから市長選挙だと聞いていたのに、実は県知事選に意欲を持っている金森教授の存在は、サミアには渡りに船となった。富山県庁のITシステムすべてを、新知事と共にブルーインパクト社が刷新する。北陸最強、否、47都道府県最強のITを構築し、富山の周辺県のシステムを次第に攻略、統合してゆく。そのためのアイディアを練り、攻略のツールとなるシステム開発に新たに着手、Goサインを出したばかりだった。
コロナで休業中の海鮮市場を残念に思いながら、今日の主目的の港に停泊している海王丸の白い船体に一歩一歩近づいてゆく。
横浜の帆船、日本丸と同じだと思いながら、目を閉じ、念じ始める。
「今こそ戦いの狼煙を上げる。私の揺るぎない決意を、ここ富山湾に誓う」とヒンディー語で囁くように念じていた。
最後にカッと大きな目を見開いて、叫んだ。
「तुम मुझसे हमेशा के लिए बच नहीं सकते
tum mujhase hamesha ke lie bach nahin sakate!
(ボス、あなたは未来永劫、私から逃がれられない!)」
褐色の肌の女性が、彼女の戦闘服であるサリーを纏っている。潮風が一枚布でしかないサリーを押し付けて、体の見事なラインを顕にしていたが、周囲には誰もいないのでサミアは位にも介さない。呪い・・のような最後の文言も、耳にしたものは誰もいなかった。
(つづく)