(8) 中国外交部と人民解放軍の幹部クラスと、会話してみる (2024.4改)
日本からやってきた一行は、U23ニュージーランド代表の練習施設を訪問していた。それぞれ幾つかのチームに分かれる。
越山史子 前厚労大臣とサミア社長は調理と栄養学に関心がある安東実花と安東紗季の姉妹を伴って、チームの医療スタッフと調理師達と話をしていた。 越山はヒアリングした内容を関心ながら、メモを取っていた。
選手に振る舞われる食事は、栄養士が監修して栄養バランスをしっかりと見て献立を決めているし、練習中・試合後の栄養・ビタミン補給も有機栽培果物・野菜をベースにしている。
通常の練習メニューも、試合後のクールダウンメニューも、選手一人一人のポジションと特徴によって異なる。数滴の採血によって、血糖値や尿酸値、酸素量などをデータとして管理している。
心拍数と呼吸数の計測を定期的に行ない、通常値との比較分析をしながら個人個人の練習メニューが用意され、それぞれの選手をトレーナー陣がケアしながら対応する・・。
サミアはエンジニアとして、現在の選手向けのヘルスケアAIを見せて、ニュージーランドのスポーツ医学やラガーマン向けの栄養読本との比較をして、AIに取り込めないか考えていた。ラグビー代表オールブラッ〇スに採用されたら、「タダでもいい」と思っていた。
安東姉妹は食が細くなりがちなモリの食の改善に、ニュージーランドのラガーマン向けの栄養学を取り入れて見ようと考えていた。
加齢から来ているもので、単なる呑兵衛だからという事実には背を向けているので、姉妹のアプローチは無駄になるかもしれない。
金森知事は長男と次男と初孫の側に居たいだけだった。試合翌日に選手がこなしているクールダウンメニューを見学していた。
試合中、コーチのウェアを纏ってピッチサイドにいた圭吾は、この日は試合に出なかった選手と共に通常メニューの練習に参加していた。異母兄の亮磨も参加していたのだがレベルの違いに音を上げて、ピッチの外で転がっていた。代表に選ばれる選手との「壁」を実感する良い機会となった。
ゴードン会長はあゆみと高校生の諏訪結菜、池内知代と共にニュージーランドのチームのDX化したシステムを見て、チームのIT担当達と協議していた。コーチ達とチームのIT担当者は火垂達が作り、ゴードンが改良したAIの採用を願っており、既存IT環境との整合性を話し合っていた。高校生2人はエンジニア志望で、情報処理技術者試験を受けて2級に合格している。結菜と知代をITの師匠として敬愛しているあゆみは、この場ではオマケに過ぎなかった。
数名を例外として、各人が有意義な時間を使っていた。
富山市長選に立候補して、日曜に富山駅前で演説していた杜 蛍の元へも、記者たちが集まってくる。テレビでは「ニュージーランド代表三銃士の母」とテロップが画面に出ていたらしい。
「三銃士以外に思い浮かばないのか?キングギドラとか、ジ〇ン三連星のジェットストリームアタック」とか・・三銃士とやらの母親扱いされた蛍に、異父弟と長男の幼少時代のエピソードや、好きな食べ物や芸能人、趣味などを訪ねられる。「そんなの本人に聞いてよ!」と思いながらも、嬉しそうに昔話を始めて、取材に応じてしまう蛍だった。「選挙対策の一貫だから!」と開き直っていたらしい。
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アリアがニコニコしながら桜田の手を握っている。仲間が増えたと思っているのかもしれない。頬が上記したままの桜田が、やや項垂れ気味の前傾姿勢でいる。
「誤認行為」という失態をこの歳になって初めて起こしてしまったモリは、起床と同時に桜田に詫び続けていた。
朝もアリアだと思って強引に背後から挿入してしまい、喘ぎ声が違うと思ってひっくり返してみたら桜田だったので「ええっ?」と驚いてしまった。髪型も背丈も似かよっているし、シャン族は肌の白い人が多いから、と言う言い訳は通用しない・・
ご機嫌顔のアリアに手を握られ、悪い気はしない桜田だったが、今年で28になるのに、初めてだったとアリアにバレた今、コレカラを考えると憂鬱だった。本宅に戻れば、アリアが全部話してしまうのではないかと憂いていた。揃いも揃って、高校時代にモリとの間で淫行条例違反を起こしている大学生達に冷やかされて、笑われて、揶揄われて、暫く立ち直れなくなるのではないかと、家に帰った際の事ばかり考えていた。
車両の後部座席の3人はそんな状態のまま、中国側との会見場となる市役所にやって来たのだった。
***
中国外交部で日本の分析官を努めてきた 劉 璋は東京国立市の国大に留学していたので、流暢な日本語でモリ一行を役所の応接室へ迎え入れる。
自分と変わらない年齢でありながら、若く見えるモリに、劉 璋は驚いた。
同席者は麻薬王クンサーの末子で、唯一の生存者アリアと、外務省出身の桜田と言う組合せなのは、国家安全部の事前調査で分かっていた。
ビルマ開放戦線が接収して、モリに充てがったと言う旧ネピドーの家には、アリアの義理の妹達とモリの養女達が滞在して居るという。
アリアに射抜かれたように見られていたので、視線を合わせたらフッと外してしまった。何だったのだろうと劉は訝しんだ。
劉 璋が日本語通訳を買って出て、会談が始まる。人民解放軍陸軍の序列3位にあたる謝恩奉氏が発言する。
「モリさんはこの事件を知ってビルマ入りされたのですか?」
劉 璋氏名の翻訳は丁寧だが、マンダリンでは
「ビルマ入りしたのは、この事件が原因か?」だった。このデブは礼儀を知らない野郎のようだ。中国語を理解する桜田もアリアも、眉間にシワが寄っている。
「今日の抗日記念日の式典の出席の為ですが、式典出席をキャンセルして、私が国境まで出向くことになりました。日本人が対話の相手となり、誠に申し訳ございません」
「あなたは軍の最高責任者ですよね?我々はそう解釈しております(お前はビルマ軍の将軍だろうが、何を言っているのか)」
「日本人に与えられる役職はビルマにはありません(表向きはね)」
「市民権はお持ちですよね?(さっきから、杓子定規な物言いをしやがって)」
「ビルマ国籍以外の者は対象外の筈です。あの、門外漢が交渉の相手では不味かったでしょうか?メッセンジャーとして、ビルマ政府に伝える位は出来ますが。(そもそも、そっちから面会を打診して来たんだがな!)」
「いえ。そのようなことはございません・・」
協議しようと国境まで出向いて来たのは中国。
こちらは国境警備の状況と兵士達の現状把握に居るだけなのに「会いたい」と打診してきた。直接会話する機会を求めて来たのだろうが、当方は表向きは「元・地方議員」でしかない日本人だ。公式にせよ、非公式にせよ、中国とビルマ間の協議の場とするのは些か無理がある。それでも面会を求めてきたのは中国だった。
元外交官の桜田と斉木が、少数民族事件の続報を集めて纏めている。
海外のメディアが事件を取り上げ始めると、タイ警察も真面目に仕事をしなければ面倒な事になりかねないと判断して必死に活動しているようで、事件の実態が浮き彫りになっている。
逮捕された人権活動家の供述によると、活動家が雲南省の人民解放軍と交渉し、これまで20人以上の先住民の女性をチェンマイへ連れて来た。
事件となるまで、人権問題の活動家は中国人民解放軍の関与を伏せていた。
中国、ラオス、ビルマに点在する少数民族の家計が苦しい実態を前提にして、やむを得ず、春を売るしかなかったのだ、とストーリーを改竄した。西側のメディアに対しては女性全員の出自を伏せて、中国領内の女性達として伝える。彼女たちがカメラの前で「中国政府の少数民族政策が不十分なもので、女性の人身売買を黙認している」と発言させる為だった。当事者の発言は重みを増す。報道を聞いたものにはセンセーショナルな内容となり、注目を集めるのが予想できたからだ。
人民解放軍が人身売買と売春行為に関与している実態を黙っている見返りとして、中国人民解放軍は女性達を活動家に無償提供した。活動家に「収益源だ」と言って、女性達を差し出したという。
活動家と女性達の発言を映像にして西側のメディアが報じても、中国政府は知らぬ話なので「フェイクだ。中国政府は少数民族政策に力を入れている」と真っ向から反論する。
中国に対抗するように女性たちをテレビに出演させて「援助は少数民族に全く届いていない。中国は何もしてくれない」とカメラの前で言わせ続けた。
女性たちの発言が正論だ、と西側では解釈されるようになる。同時に彼女達は"中国領内"で買われた訳ではないので、中国側が必死になって探しても該当者は存在しない。「やはり、フェイクニュースだ」と言い切る自信が中国にはあった。
元はラオスとミャンマー領内の女性達なのだから誰も追求できなかったのだ。それが、殺人事件となった事で偽装のロジックが全て露呈し、顕在化してしまった。
捕らえられていた女性達の実態も過酷なもので、5年に渡って「裏の仕事」を強要され、活動家に金も体も貢いでいたと明らかになっていた・・
モリは論点を事件に絞ってゆく。
「・・ビルマ政府は国内の少数民族が、カネで買われて連れ去られた事実を憂慮しています。少数民族の問題を黙殺していたミャンマー期とは、スタンスが変わったのです」
「いえ。相手が少数民族ではなくとも、金に任せて若い女性を得て、商売まで及ぶ行為は許さるものではありません。それをあろうことか、我が軍が関与していたのですから。然るべき処分と再発防止に努めてまいります」
「罪を認めていらっしゃるので敢えて伺いますが、被害にあった女性達に対するケアや賠償といったものを貴国はどうお考えでしょうか。内部の処分以上に、ビルマとしては何よりも確認したい点です」声を落として見据えて言う。
「・・申し訳ございません。犯罪行為の確認に追われて、そこまでの議論がされていないのが実情です。内部処分や再発防止策の報告と合わせて追ってお伝えいたします」
「劉さん、それは中国外交部としての発言であって、人民解放軍の意向を踏まえて居ないように見えます。今、謝さんに確認せずに仰ったので、少々気になりました」
モリの指摘に慌てた節が見える。
後ろめたいだけに、相手が後手後手になるのを承知で追求の「後追い」を加えてみた。
「はい、そう捉えていただいて構いません。軍ではなく、政府として判断すべき内容ですので」
謝恩奉氏が何やらブツブツと劉 璋氏に囁いている。マンダリンを口の動きだけで解読できるほどの能力は当方には無い。
劉 璋氏は「今は言うべきでは無い」と謝氏を諭しているが、謝氏には堪え性が無いのか、どうしても譲れない様だ。英語で話し始めてしまう。
「ビルマ政府にお伝え頂きたいのですが、被害者とそのご家族への賠償内容で合意いただくのと同時に、国境警備について幾つかお願いがございます」
謝の発言中、劉璋氏は諦めたような表情で溜め息をついていた。
「国境警備?」すっとぼけた顔をしてみる。
「我が軍のUAV、無人探査機が貴国の領内に入り込んでしまいました。申し訳ございませんでした。ついては探査機の返還をお願いしたいのです」遜った言い方を英語では出来るんだなと、やや感心する。
「承りました。ビルマ政府にしかと伝えます。恐らく了承されるでしょう」
当初からそのつもりだ。「あんなもの」は、我が軍には要らない。
「宜しくお願いいたします。あと2点あるのです。国境警備に関してなのですが、UAVや陸上無人機による警備活動を控えていただきたいのです。我々の認識では自律型のUAVや車両は安全性がまだ確立されていない物と考えておりまして、当方のパイロットや陸兵が不測の事態に遭遇するのを懸念しております。もう一つが、ココ諸島の貸借期間の延長の可否を伺いたいのです」
「賠償とセットで国境警備と貸借地をこの場で協議するとは思いませんでした。
無人機への認識も貴国とビルマ側で異なるようですので、別途協議が必要となります。ビルマにUAVを採用いただいた当事者として申し上げますが、信頼性が保証された機体なのです。
また、これも今回とは別枠となる事案ですが、貸借地の延長は認めないのは確定しています。契約内容に沿って退却いただけますようお願い申し上げます」
「島の利用の延長に関して、協議する機会を設けて貰えないでしょうか?」
「それは契約内容の変更が必要になります。現実的には難しいと考えます」
・・謝氏との話は平行線を辿り、会談は散開となった。
***
会談後、アリアは終始ご機嫌だったが、桜田は不安気な顔をしている。争いがエスカレートしないかと不安なのだろう。
旧ミャンマー軍から押収した中国製武器や兵器類をタイ東部の王族領地内のプルシアンブルー社の工場に運び込んで、中国製兵器の検証・解析を行なっているのを桜田には伝えていない。
陸海軍用の兵器に先行して、ミャンマー空軍の戦闘機もタイに運び入れているのも桜田は知らない。
新生ビルマ軍とビルマ政府の意向で受託した事業の体裁を取っており、シンガポール軍の兵器も改修作業中であるのもシークレット扱いにして、伏せている。
桜田詩歌は社会党の職員であって、プルシアンブルー社の社員ではない。兵器産業に絶賛邁進中なのは一部の者以外には伏せる必要があった。
「あの、昨日おっしゃっていた演習ってどのような内容になるんですか?」
中々良い着眼点だ。何かしらの自信があるから、終始強気な姿勢で居たと察したのだろう。
「お楽しみに!」と言ったら、剥れていた。
(つづく)
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