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(4) 生涯初、大チャンス到来(2023.12改)

月曜の朝、体調不良を口実に定例閣議を欠席した前田外相は、厚労省特別顧問の越山教授と外務省アジア局のスタッフと共に千代田区にある朝鮮総連を訪れていた。

総連のトップに提案したのが、コロナ感染特効薬「バスターC.19」の提供と、拉致被害者開放のバーター取引だった。ウイルス感染が進行している今、余計な駆け引きをしている場合ではないと捲し立て、冒頭から本国の将軍様に早く伝えろと越山と共にプレッシャーを掛けて行った。

将軍様の国内唯一の拠り所である朝鮮人民軍内で、コロナが蔓延し、収拾がつかない事態に陥っているとの情報を、北京の日本大使館がキャッチしていた。
この後に及んで食料支援や金銭保証を持ち出す総連側に対して、プルシアンブルー社のスパコンがシュミレーションした北朝鮮国内感染者数の広がりの画像と予測感染者数と死亡者数のデータを越山が提示して、説明・・というより恫喝だった。

「国家存亡の危機に、援助だ、賠償だって言ってる場合じゃないでしょう。このデータとシュミレーションを日本政府が公開したらどうなるか考えてみなさい。特効薬を手に入れる機会をみすみす見逃し、挙げ句の果てに握りつぶしちゃった誰かさんが、自国のスパイか総連内の監視役に、粛清されるって思わないの?」

精一杯ドスを効かせた声で前田が言い終えて、電話を指差しながら、ニヤリと笑うと、蒼白い顔をした総連代表は受話器を取った。

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閣議を欠席した外相が朝鮮総連を訪問しており、世界中の大使館に外相名で通達を出しているとか、そんな些末な情報は今はどうでも良かった。

日本駐在の各国大使が首相官邸に集まり、特効薬の提供を求めてロビーに陣取っている。更に世界を騒がせている新薬の情報を求める国内外のマスコミが集まり、警備上のキャパを超えてしまい首相官邸は無法地帯と化していた。
コロナの被害がそれなりに出ている筈の、東南アジア諸国連合が何故か居ない。ラオス、ミャンマー、フィリピンの大使と大使館員は見かけたが。時間が経過するにつれ、日本政府は何も知らなかったのだと呆れ始めた人の群れは、新宿に移転した社会党本部と、富山県庁へ転じていった。

銀座を始めとする国内商業地の土地やビルを爆買いしていた日本社会党の調査をしていた特捜本部は、深夜の金森知事の新薬発表の報道で納得した。脱帽だった。
インサイダー疑惑は株取引は対象になっても、不動産取引は対象とならない。社会党を強引にしょっぴくのなら、全国の地上げ屋を全て廃業に追い込む必要がある。

特捜部はプルシアンブルー社が社会党に兆単位の融資をし、過剰な企業献金の疑いの可能性を密かに追っていたのだが、社会党が融資を返却できれば問題はなくなる。何れ不動産価格が上昇して、元の価格に戻るのは間違いない。社会党の手元には莫大な不動産の売却益が残るだろうが、それは正当な利益として見做され、政治資金収支報告書にちゃんと記載する政党だと信じていた。

また、東南アジアの王族が北海道と沖縄のリゾート地の別荘や、草津や別府などの温泉地の暴落したホテルや旅館を購入しているが、これらも社会党とプルシアンブルー社の入れ知恵と思われる。何故か日本の宮内庁が皇族の資産として温泉地や京都の旅館を買っているが、これにもヤツが関与しているに違いない。先の東南アジア訪問では宮内庁長官を帯同していたからだ。

プルシアンブルー社は富山県との共同出資で富山の製薬会社12社の株を51%づつ買い入れて子会社化し、製造ラインの整備を整えていた。それが新薬製造の為だったと今になって判明した。
それにハワイとグアムの不動産を爆買いしていたが、最終的に幾らの儲けになるのか、誰にも予想出来なかった。

シンガポール株式市場は史上最高の大商いを更新し続けている。プルシアンブルー社の株価だけが急騰していた。

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「朝鮮総連を出た外相一行は、中国大使館に入った模様です」
官邸内の首相室に新井補佐官が入ってくる。新井も新薬開発の兆候すらキャッチできなかった。前日にモバイルの新製品発表を行ったのも、その晩に新薬発表を秘密裏に行うためのものだと判断していた。

土曜日に「明日モバイルを発売する」と言われて、プルシアンブルー社の調査担当者は、休日の日曜日に実機を手に入れて操作をして報告書を作成する。気がつけば休日を棒にしたが、相手がモバイルなのでそれ程苦でもなく、残った休日の時間を有意義に消化しようと寛いで、朝目覚めた時には、世界は大騒動になっていた。
新井も見事に嵌められてしまった。連日の製品発表は、普通しない・・

「新薬と拉致被害者の交換取引を持ちかけて、北朝鮮の後ろ盾の中国にも後押しを要請にいったのかな、新薬を提供するからと言って」

「ご推察の通りかと思います」

「しかし、これで梅下氏の更迭劇に誰が関与したか、少し見えて来たね」
満更でもない顔をして首相が笑った。

「はい。確定するまでには至りませんが、米国の組織が梅下氏の周辺を追っていて情報を週刊誌に渡して、あと追い記事を書かせた。並行して前田外相を事前に候補者として説得していたのでしょう。新薬の情報まで米国が知っていた可能性はあります。米国大使は横田から本国へ昨夜出発しています」「そうか・・」
石場首相も新井補佐官も、ここまで辿るので精一杯だった。ただ明らかなのは、この時期の首相であり、補佐官であったのは幸運と言える。
社会党とプルシアンブルー社と共和党寄りのCIAが勝手にお膳立てしてくれた名声は、全て石場政権のものとなるのだから。

一方、プルシアンブルー社と社会党の贈収賄の可能性が無くなったと判断した東京地検特捜部は、与党の広島参院補選の贈収賄事件の総額1.5億円の出所の捜査に移った。
兆単位の案件から 億の案件へシフトした格好だが、逮捕された首相・官房長官・幹事長の3人が関与した事件であり、対象となる金額以上に3人の当時役職と財布の出所が重要視されていた。
3人が広島で逮捕された議員へ出資していた事実は揺らがないものの、その元手になった資金源が、パーティー券売買のキックバック金と、集金目的の園遊会「桜を見る会」の帳簿に記載していない収益金を裏金としてストックし、支出しているとのタレコミが関係者から寄せられている。
捜査が3人だけで終わらずに与党議員全体に広がってゆくのだが、石場政権の閣僚や与党3役まで関与しているようであれば、89年のリクルート事件で倒壊した梅下政権の2の舞となるだろう。

また、中国大使館訪問中の前田外相一行だが、北京訪問を中国大使に打診していた。

首相の想像した北朝鮮への圧力要請は的を得てはいるが、それだけの為に訪問する与党のボンクラ外相や外交のアホとは違う。訪問するのなら、一切合切の問題を解決する体で臨む。

決してチャンスは逃さない、それが新・社会党だった。

ーーー

「姉や翔子さんを、上手く利用しているように見えます。あ、決して悪い意味ではありませんよ、本人たちが喜んでいるのですから」

助手席の平泉理子に言われて苦笑いしていた。

先頭車両はカナダの警察車両で、次が一行の乗ったワンボックスカー、その後にプルシアンブルー製の2台の「エンジンだけ」軽自動車が追尾していた。前のワンボックスタイプを源翔子が運転し、助手席に母の由紀子が乗っている。

理子を助手席に宛てがったのは「そろそろ相手して下さい」という女性陣からの暗黙の圧力によるものだ。モリ的には対異性への対応で己のキャパシティ不足を痛感しており、これ以上の負担は願い下げたいのが正直な心象だった。
しかし、里子の妹を拒否できない背景がある。

コロナで暴落した不動産の爆買いに、モリも当然のように加わっている。
タイの王族とゴードン、サミアと4分割して投資して、プーケット島のリゾートホテルを4施設を購入し、マレーシアの王族とはティオマン島とランカウイ島のリゾートホテルを1施設づつ、ジョグジャカルタのスルタンとはバリ島ホテル5施設を購入した。
ブルネイの王様とは、オーストラリアの鉱山を買った。

モリの職業は議員なので本人資産を公開している。現金をさほど所有していない事になっているので、本人名義では購入できない。そこで、理子の姉の里子と、源 翔子、村井幸乃・志乃の姉妹、そして妻の蛍の名義を使って購入していた。

理子の前職は宮城の地銀で、融資担当部門に所属していた。高額所得者の資産運用も担当していたと聞き、プルシアンブルー入社と同時に会計部門に転じた。
理子は姉たちの資産運用の状況を見てしまい、「姉がこんな額の金を持っているはずがないし、それにホテルを買うわけがない」と前々から疑っていた。
今日になって新薬の情報を知り、ホテルの資産価値上昇の想像から、「名義貸し」と結びついた訳だ。理子を蔑ろに扱い、税務署にでもタレ込まれようものなら、巨額の追徴課税で終わらず、議員で居られなくなってしまう。丁重にもてなして差し上げる必要がある。

そんなアドバンテージを計らずも得た理子が、金融マネージメントという自分の得意なフィールドでモリに対応して来た。

「地上げ屋さんになっているとは思いませんでした。社会党も会社も、ですよね?どなたのアイディアなんですか?」

「王族の誰かさんだったと思う・・」

「おかしいなぁ、全ての物件に誰かさんが懇意にしている女性の名前があるのに、ですか?」

「タイの王族はマレーシアのリゾートは買わないだろうし、マレーシアの王族であれば逆パターンもありえない。結果的にプルシアンブルー側が全ての物件に関わざるを得なかった・・・」

「えっと提案なのですが、由真さんと真麻さんと私の名義を使って何処か買いませんか?沖縄でもフィリピンでも何処でもいいです。もうこんな機会は2度と無い、ですよね?」

「いやいや。UFOが襲来して地球が攻撃されたら不動産価格も大暴落だからね、100%なんて話はこの世には無いんだよ」
茶化して見るが、理子が言うように2度とないチャンスなのだ。

それ故に皆で策を立て、稼ぐ手段を考えた。今回はたまたま特効薬となる主要成分を探し当てる事が出来たが、欧米の製薬会社が必死に取り組んでいるようにワクチン開発がセオリーとなるだろう。仮にワクチン開発となっても、プルシアンブルー製スパコンとAI、そしてエンジニア達が居れば開発時間はもっとも早く完成に至っていたであろう・・つまり、地球外から齎されたウィルスで無ければ、我々は人類は対応できるようになったと言える・・

「100%は無い? いえ、一つだけあります!」

「え? 何だろう?」 嫌な予感がしたが、取り敢えず首を傾げてみる。

「それは・・ある殿方の助手席に座ると、恋に落ちちゃうんです!」
理子が真っ赤になってそっぽを向いて言い放った。

・・何故か、子供の頃を思い出した。大人の世界では、考えられない流れだと冷静に受け止める。

男性と付き合った経験が無いという彼女の話に、大いに納得してしまう。先程の理子の残念な発言に、外務省の櫻田と同じようなモノを感じていた。どっちも面倒くさいというか、ウザったいというか・・まぁ、そのようなものだ。

美人でスタイルが良いからと「一夜限りでサヨウナラ」のヤリ逃げが決して許されない相手だ。
地の果てだろうが、異世界だろうが永久に付き纏うと想像する。姉の里子にも、若干似たものを感ずる。

貴女が恋に落ちるのは結構な話なのかもしれない。しかし、相手が貴女の想いをどう受け止めるのか・・完全に別の話となるだろう。
一方、打算から始まる関係というのも世の中には数多く存在する。今宵、そんな関係が一つだけ増えた程度の話でしかない。

国内の温泉地の物件をモリは探し始める。自分への細やかなご褒美のつもりで。

(つづく)



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