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(9) 東南アジアから、西へ(2024.7改)

4月になった。
明日からの渡航に備えてラングーンの邸宅でプランを見直していた。富山で新学期を迎えるあゆみと彩乃の為にも、効率よく作業を進めて日本に帰ろうと、自分の担当範囲を何度も見直す。
「クラス替えも無いし、担任の先生も変わらないんだから始業式に出なくてもいいじゃない」
1学年1クラスしかない富山県境部の公立中での彩乃の実情を、杏が訴える。

「小人数だからこそ、新入生を出迎える入学式に在校生として出席する必要があるのだよ」

と元教師として発言すると、杏も翼も「訳、分からん」みたいな顔をしている。当の彩乃に至っては笑っているが、おそらくどうでもいいのだろう。連休明けに沖縄の中学に転校するのを、本人が既に決めているからだ。

先日、彩乃の通学先について母親の岐阜県知事殿にメールすると、「那覇市の隣の南城市に事務所と別宅を構えるのですよね?ならば、市内の公立中に通わせようと思います」と、即座にメールが帰って来た。

南城市は沖縄本島の南島部に位置し、石垣・宮古などの八重山諸島と合わせて、選挙区では沖縄4区内なのだ。母親がそのつもりなら従うしかない。
マイも彩乃と同じ中学で、リアムたちは那覇市内のインターナショナルスクールにしようとアリア達とも合意していた。
南城市に事務所兼住居を用意しようと考えたのは、沖縄は台風も多いし、台風ほどでは無いが風雨の強い日もあり、飛行機が欠航する日が少なくない。沖縄本島の学校に通い、平日子供たちは本島の住居で居住し、大人は与那国島、石垣島、宮古島の3島を天気の週間予報を参考にして移動する。
国会開催期間で都内に滞在する以外の日は、島諸部で寝て、朝から夕方までは事務所のある本島へ出勤し、週末は島で過ごす・・そんな風に考えていた。

「でもさ、あゆみちゃんの高校と火垂くんの大学の入学式には出席するんだよね? 私達は他の国に行けるから嬉しいけど、間に合うのかな?」

「各国での役割は最低限度に留めて、仕事を他の方に割り振って、チーム全体で良い仕事にしたいと考えております。が、何しろ外交ですから、相手によってはスムーズに進まない可能性も考えられます。が優先すべきは国益でして、入学式を諦めることもありえます。何れにせよ、慌ただしい日程となるのは確実です。お嬢様方のご協力の程、重ねて宜しくお願い申し上げます」

「なんか、ウチのおじいちゃんみたい」 翼が唯一の親族を持ち出す。

「それを言うなら、政治家っぽくない?どっちつかずで、いつも右往左往してるみたいな」 杏が政治家を茶化す。

「センセは有言実行の政治家。他の政治家とは一緒にしないで」
中学生の彩乃が大学生の杏を睨みつけながら言う。心根の真っ直ぐな彩乃は、まだモリの味方だ。若干買いかぶり過ぎの様な気もしたが、剥れている顔も可愛いので頭を撫でる。

翌朝、留守の間をメイド長のリタに託し、ラングーン国際空港へ3人の娘と向かう。同行者は元外交官の桜田と、発足したばかりのプルシアンブルー社ビルマ支社のエンジニア5名、そしてラングーン市内のホテルに投宿していたアジアビジョン社の取材チーム3名も合流する。
「空港での小此木記者と桜田っち の初対決」と3人の娘達は注目していたが、同記者は170cmを超えており、足も長い。一瞬にして桜田が戦闘不能になった様にモリには見えたが、「あっけなかったねぇ」と娘達も言っていたので、同じように感じたのだろう。

最初の訪問国はバングラディシュだ。昨日朝から外相とダフィーと政府のスタッフに加えて元外交官の斉木が先方の政府と既に協議を行っている。バングラディシュの次は、全員でアフガニスタンへ入る。本来なら部隊派遣前に現地視察が鉄則だが、米軍が既に駐留して居るので例外的に後となった。状況が急転したから、とも言えるのだが。

政府専用機が先にバングラディシュに行っているので、後続チームは民間機の利用となる。
タイ航空のバンコク発ラングーン経由ダッカ着のエコノミー席に搭乗する。同航空はサザンクロス航空と業務提携したので、娘達はマイルの登録確認を怠らない。
「ビルマ航空とは提携しないの?」 
何故か隣席が小此木瑠依記者で、着席と同時に聞いてくる。前席の彩乃は、何度も後ろを振り返る。映画見るか音楽でも聞いていればいいのにと思う。

「株は買うなよ、政治家になるんだから。年内中に提携以上の措置を取る」
「おお、金持ちだねえ」
「お金持ちなのは会社だけどね」  
・・先月都議を辞めたから、4月の収入は殆どゼロ。移動中に女性陣にたかられてるのも困る・・そう言ってると、経由地であるので直ぐに機体は離陸する。
機内サービスはCAさんと給使ロボットのペアだった。操縦桿を握ってるのもAIロボだ。機体のオートパイロット機能より操縦が上手いと評判だ。彼らは戦闘機乗りでもあるので当然なのだが。
頼んだビールはチャーンだった。シンハ好きには少々軽いが貰いものに文句は言わない。

「ホントに美味しそうに飲むよね・・」
「あれ?上司と部下の頃って、もっと丁寧で謙った言い方してたよね?」
「今は、お互い、上司でも部下でもないでしょ?」
「そっかぁ、じゃあさ、ココはどんな場所?」

「あー、なるほど・・・他党の幹部と民間企業の記者が偶然にも席が隣り合ってしまいました。密着取材の相手に対して、失礼な物言い表現となりましたこと、深くお詫び申し上げます。大変失礼致しましたぁっ!」

「終わり方・・まぁ、そんな感じでお願いしやす。一応、公共の場ですので」

後席の杏と翼も聞いていたのだろう、笑い声が耳に入る。

ランチはレッドカレーにした。
ビルマ料理もそうなのだが、バングラディシュの料理も油ギトギトな傾向にある。
油を交換もせずに揚げ続ける。日中の暑さに対処するためなのか、料理が早期に傷まない様にする為なのか、調理油を惜しみなく使う。それ故にビルマ族は家では雇用せず、比較的涼しい山岳部に住む少数民族に依存している。

自身も50歳を過ぎ、内臓類は経年劣化していると考えている。故に、油の分解には後手後手となるのも理解していた。海外滞在中は油分抜き、揚げ物抜き、野菜果物多めの3つの方針を貫いている。イスラム教徒が多い国をこれから移動するので、今回は酒と豚肉は期待できない。一応免税店で仕入れたスコッチは3本あるが、直ぐに無くなるような気がしている。杏と翼がボトルを選んだからだ。

また、小此木瑠依が順当に名古屋市長となれば、しらさぎ経済圏の骨格作りがいよいよスタートする。柱の一つがJR東海の在来路線活用の新鉄道で、そのノウハウを旧泰緬鉄道からバングラデシュ・インドまで繋がる国際列車に活かす。モリが学生の頃、東南アジアはカンボジアとビルマが渡航禁止で、陸路のアジアハイウェーと鉄道が寸断され、航空運賃が勿体ない貧乏旅行者はタイ・ベトナムに沈没状態とならざるを得なかった。

バングラディシュは、当時焦がれていた国の一つだった。50を過ぎた今、モリは“深夜特急”を新設し、ビルマをアジアハイウェイの一大経由地にしようと考えていた。
アジア中の若者が自由に安全に移動し、異文化に触れて一人思案し、旅先で恋をする・・そんな大人のなる直前の人生修行の場になったらいいなぁと漠然と思っていた。

「今度は何を考えてるの? なんか、すっごく嬉しそうだけど」
「学生の頃の自分をね、思い出してた。あの時間が今に繋がっているのかなって考え始めたら止まらなくなった。
以前、男は過去に生きる生き物だって、誰かさんに言った記憶がある。その誰かさんから"その作家の若い頃の旅行記、読んでるの何度目よ!"って呆れた様に言われて、男性は過去に執着する傾向があるって話をした記憶があるんだけど」

「お、いい事言うねえ。男は過去に生きる生き物ねぇ・・で、遂に元カノとの愛が再燃しちゃったんですって?大好きな海外で」 
瑠依が腹を抱えて笑っている。
「どうして、そういう解釈になる?」と言って気が付いたのだが、前席の桜田、彩乃。後席の杏、翼が立ち上がって、笑っている瑠依を睨んでいる。

因みに女性が“どんな生き物”として対比されていたのかは・・言い回しは忘れてしまったが、女性は“過去”には依存せず、“現在”を尊ぶ傾向にあると記憶している。意見が微妙に合わない男女間ケースの例として、誰でも一度は耳にしているはずだ。

そうこうしている内にダッカの国際空港に到着する。空港にはズーチー氏の補佐官なのに、外交団に加わっている総務省元官僚の山岸が、バングラ政府の副外相と待っていた。瑠依を見たバングラディシュの副外相が「綺麗な奥さんですねぇ」と褒めるので、瑠依が何度も頷きながら握手を求め、日本人女性が「Non(違う)!」とハモった事に副外相が呆気にとられた顔をし、山岸が笑う場面があった。

まぁ、無事に隣国バングラデシュに到着した。

***

4月になるとビルマの主要都市の家電品店で、レッドスター製のテレビとエアコン、洗濯機に冷蔵庫、掃除機が一斉に立ち並んだ。中国製や韓国製の家電品よりも価格が安い。「安かろう悪かろう」の類なのか、と客は思い、家電店の店員さんに聞くと「最低15年保証だよ、テレビは20年保証付き」という。それなら壊れても安心だと、訪れた客が購入してゆく。洗濯機と掃除機はビルマ製だが、テレビ、エアコン、冷蔵庫はタイ製だった。        

中韓の家電メーカーは「価格が安く、長期保証付き」という情報を聞き、レッドスター社の製品を購入して調査する。テレビや冷蔵庫を分解して、部品の数々を見て驚愕し、理由を悟る。
中身の部品は全てプルシアンブルー製だったのだ。筐体のデザインこそ変えてあるが、中身はプルシアンブルー製家電品と全く同じ、異なるのはAIを搭載しておらず、“赤いボックス”内にCPUとマイコンICにメモリストレージを搭載し、プログラム制御で稼働する家電品だと察した。
AI用の青いボックスの代わりに、マイコン駆動用の赤いボックスを配置している。
つまり、中日韓メーカーの家電品と性能面ではさほど変わらないのだが、部品自体はプルシアンブルー社のAI家電品の構造そのものなので、部品の共有化と量産化による価格低減により、安価となる。部品の耐久性は同じだし、メンテナンス時や部品交換もお手の物となる。長期保証が可能なのも当然だと理解する。AIを制御する青いボックスが付いているか、マイコン制御用の赤いボックスが付いているかの違いで、中身の部品は全く同じだった。

「なんてこった、ダウンサイジングモデル・・それで別メーカーを作ったのか」と中日韓メーカーの開発設計者達は項垂ているだけだった。

島根県出雲市に建設中の家電品工場の建屋が完成に近づき、建屋を囲っていた足場とシートが撤去されると、外観が顕となる。すると騒ぎとなる。プルシアンブルー社の工場のお約束でもある「PB」の青いロゴではなく、「Rs」の赤いロゴが建物に据え付けてあったからだ。
建造物を知らせる表記を確認すると、事業者・建築依頼者は「レッドスター社」「クン・アリア社長」と記載されており、プルシアンブルー社では無いのが分かった。

レッドスター社はプルシアンブルー社とは異なり、家電量販店でも販売する方針を打ち出していた。「同社製AI」という秘中の秘のブラックボックスの無い普通の家電品なので、隠す必要がない。
「長期保証」を売りにした安価な家電製品が、日本海を渡り各国に届けられる。何時になったらAIを稼働させるためのデータセンターを建設するのだろうと、金融機関の製造業アナリスト等の専門家達は訝しんでいたのだが、レッドスター製の家電品は全てAIレスモデルなので、AI用の設備を用意する必要が一切無い。つまり、世界中どこでも利用ができる。製造業アナリスト・家電評論家一同、納得だった。

日中韓の家電量販店にタイ製・ビルマ製のレッドスター製の家電品が陳列されると、即座に売れてゆく。日中韓の家電メーカーは呆然とするしかなかった。
筐体以外の部品自体を、全てプルシアンブルー製部品で揃えるような芸当は出来ない。

プルシアンブルー社は部品の販売を一切せず、自社製品に活用する分を製造してきた。究極の微細化技術が作り出す、精巧で磨かれた様な輝きすら放つ部品を製造・生産しているのは、公開された情報で誰もが知ることが出来る。同社製部品を活用したいのはどの企業も一緒なのだが、販売しない以上、願ったところでどうしようも無い。

中国やロシアなどの国は西側企業の部品を採用したくとも供給しないので、よく知られる話だが、西側メーカーが販売するPC、モバイル機器、家電品を購入して、バラした部品を兵器などに流用する。プルシアンブルー製の製品を分解しようとすると、車やバイクのエンジンは使い物にならなくなり、PCやモバイル機器のCPU/GPUやメモリストレージは回路が燃焼してダメになる。最新のチップは5ナノで量産されているので、修理する環境も無い。家電品は「頭脳部」となる青いボックス内の部品は、ボックス内に逆電流が走り、ショート。やはり再利用不能だ。

レッドスター製の家電品はどうだろう?と試しに分解を試みるのは、競合の家電メーカーだが、予想通りに赤いボックス内の部品は全て焼き切れた。

同じような仕組みを整えるのは、かなりの出費を伴うのでどのメーカーも真似ようともしない。
しかし、プルシアンブルー社に加えてレッドスター社の全家電品には、“標準機能”となっている。

そこまで考えられているのだから、“勝ち目はない”と競合メーカーは白旗を上げる。いや、競合にすらなっていないし、“同業他社”の枠内に加えるのは相応しくないのかもしれない。

今回のレッドスター製の家電品で“赤いボックス”以外で、プルシアンブルー製と異なるのは家電品の外観だ。洗濯機やエアコン等の外観部にあたるプラスチック筐体が、プルシアンブルー製の家電品と色と造形が若干異なる。
両社に納品している日本の樹脂メーカーだけがパーツ納入先として、プルシアンブルー社から独立した企業となっており、レッドスター製家電品が売り上げを伸ばすと、同時に株価が上がる。

プルシアンブルー社とレッドスター社の役員達は提携している樹脂メーカーの株を、まるで社則の様に大量に保有しており、高騰した株を売却して利益を得る。そんな塩梅となっていた。

製品が売れて、役員にボーナスを配るのではなく、予め樹脂メーカーの株を役職と業績に合わせて、提供しているのだ。

また、プルシアンブルー社の山下智恵副社長は、島根県出雲市に建設中の家電工場群に言及し、レッドスター社に出雲市の建設中の工場を全て売却したと発表する。

出雲市の工場群はAIを搭載しないレッドスター製品の専用工場となるが、プルシアンブルー社が掲げていた「出雲市の工場は朝鮮半島向け」と言う点が変更し、対象エリアが大幅に拡大する。

ロシア圏、中央アジア全域、中国圏まで包括すると同社のHPで伝えている。

「AIを搭載しない「廉価版」が市場を席巻するだろう」と家電評論家や製造業アナリスト達が予想する。中韓のみならず日本の家電メーカーの販売意欲も奪うだろう、と。

ビルマ内ではタイ製・自国製のレッドスター製の家電品が先行販売され、中韓の家電メーカーの売上をゼロに追い込み始めていた。ビルマの人々が自国企業の製品に傾注するのも、自然でもある。ましてや最低15年の長期保証が付いている。旧ミャンマー軍の整備兵5千人を、自動車・バイク等の民間車両整備士としてトレーニング中だが、家電製品の保守員兼家電品アドバイザーとしての役割も兼務して、各国の保守拠点に常駐する予定で居ると知ると、競合家電メーカーとの勝敗結果を待たずとも大勢は決したな、と誰もが思うのだった。                    ****  

山岸は総務省出身、桜田は外務省出身で官僚時代は仕事上の接点は無いが、同郷で官僚たちの兵庫県人会で、年齢差を超えて意気投合し、飲み明かす間柄だったという。
偶然だろうが、前総務大臣と前外務大臣補佐官から引き抜かれて、ビルマの地で共に仕事をすることになった。
山岸は普段はズーチー女史の補佐官で与党NLDに属し、桜田はビルマ社会党の幹事長だが、山岸は2重スパイでもありNLD内の「声」を集めて、桜田と、今回は留守役で首都バーマに残った斉木に報告する。日頃から3人はAIでチャットし合っている。

今回は、モリが政府間協議に出ないで要人との面会に特化する。日本人元官僚で経験値が有り、有能な三人には政府間協議に注力して貰う。

総務省内では事務次官候補と呼ばれながら、山岸は性別で被害を受けたとも言われている。
ビルマの官僚も名前だけは知っている“小野小町”と呼ばれている。ビルマ政府内で一番人気の典型的な日本的美女だ。斉木は男なので論外だが、健康的な外観の桜田は同じ土壌にも乗らない。

小此木瑠依も、メルボルンで女史の背後に控える山岸を見たし、記者達の中でも“総務省の山岸”と呼ばれ、人気と実力を併せ持った人物だとは知っていた。
阪本前総務大臣が、総選挙の際は地元神戸から立候補させるつもりでいるとも聞いていた・・。

「あれ?桜田っちは兵庫のどこの生まれなの?」

「香美といって、日本海側の小さな街です」

「あ、行ったことあるよ。香美ガニって他のカニより大きくて赤いんだよね?植村直巳記念館の後に香美の日帰り温泉に入って、漁港の隣の食堂でカニ食べて、地酒飲んで、そこのご主人と意気投合して、そのまま泊らせて貰ったんだ」

「げ!泊まった部屋に、デビ○トボウイのポスター貼ってありました?」

「デイビット?・・あった!レッツダンスの頃のヤツ!」

「・・泊ったのは私の部屋です・・意気投合したのは、父ですね・・」

「は?嘘でしょ?」

「ここで嘘ついても、仕方ないでしょう。漁港の隣の料理店は今はウチだけですし、1学年1クラスしかない高校で、ボウイ命は私だけでしたし・・ちょっと翼、勝手に撮らないでよ!」

「仲が宜しいようで、流石大人は違いますねえ」

杏は子会社JVCc製の小型ムービーを、翼は同じ会社でブランドが違うだけのKenwo○d製の動画撮影用ムービーを使っている。
翼のムービーはドライブレコーダー搭載ののカメラを流用しているし、杏のムービーは市販品としては高額だ。哨戒ドローンで採用している望遠レンズを搭載している。
実際、プロのカメラマンが撮影で使う放送用の4K8Kのキャリータイプのムービーカメラに匹敵すると言われている。撮った映像をAI補正して精細度を高めている。プロ用カメラが目の前の光景をそのまま映すのに対して、杏のカメラは画像補正しながら、記録している。アプローチは異なるが、結果は似通った映像となる。
ただ、バングラディシュとアフガニスタンはAI圏内ではないので、Lowデータのまま撮り溜めして、帰国後にAI編集をする形となる。

「翼ちゃん、誰かに動画見せるの? 桜田っちのご両親にも送ってあげなよ。ビルマで頑張ってる娘の姿を見たいでしょ?」

「要らないですって。瑠依さんに比べれば、どうしたって劣るんですから・・」

「あなたに自分の娘が出来た後を考えて御覧なさいな。自慢の娘が家を出て離れて住んでいる。
大事な娘が何してるか、親は知りたいよね?何たって外交官なのよ、今は辞めちゃったけど、仕事の中身は凄く楽しくなったはず。でも、外交官辞めて、なんで途上国のビルマなの?って、親は思ってるんじゃないかなぁ?
しかーし、です。仕事を楽しんでるかどうかは、映像を見れば一目瞭然。娘に演技なんか出来ないってご両親は知ってるんだもの。お父さんなんて嬉しくって、頑張っちゃうと思うんだけどなぁ」

「ありがとうございます・・翼、杏にお願いなんだけど、撮った映像、私にも送ってもらっていい?」
大学生コンビがサムズアップして応える。

「驚いた。もう溶け込んでるんですね、彼女」
3列シートに座っている右席の山岸が言い、左の彩乃は頷いている。彩乃が最初に瑠依の術中に“陥落”した。まだ中学生なので騙されやすいのが玉に傷だ。また、後方の席の話が撮影クルーを初め、全員に聞こえていた。ワゴン車だから当然なのだが。
「実はとっても内向的なヤツなんです。全然そうは見えないですけど」            「あら、よく御存じで」
「彼女の教育係でしたからね。会社が決めた上下関係でした。で歓迎会をやったのですが、“自分の内向き志向が、営業職に向いているとはとても思えません”って、いきなり集まった面々を前にしてカマシテきやがりましてですね・・」

「そこ!人の黒歴史を無暗に話すな! 貴兄に罰を与える、今夜はブルージーンを桜田嬢に歌ってやれ! 皆の衆!今日は夕飯の後でカラオケ店に行くぞ!」
「おお!」
「賛成!」と拍手が起きる。

一体誰が金を出すのだろう?と不安になる。1曲あたり何ドルか、確認してから入店しようと決断する。そもそも、ダッカにカラオケなんてあるのだろうか?
「先生が歌って下さるなら、ヒーローがイイです!」
「歌なんて、なんぼでも頼んでいいんや、ビルマに連れられてきたのはあの男のセイなんやから」瑠依が肯定すると、調子に乗る大学生が居る。

「そだそだ。先生のビルマ滞在中、桜田っちは遠慮せず要求しろっし」
「センセ、今夜は私だけを見てぇ・・」
「そりはおみゃーの得意なセリフだべ・・」
「ガハハ」「ワハハ」
と、ワゴン車内に笑いが響く。

確かにチームとしては一体感が出てきている様だが、ネタが特定の個人に集中している感は否めない。また、この旅で、湯水の如く金が使われる様な気がし始めていた。

ダッカの空港ではレートが悪かったので、市内の銀行か両替所で纏まったドルを紙幣で手に入れようと思っていた。カブールのドルは内乱寸前の状況で、日に日に値上がりしていると想像する。
ブルネイか日本で、ドルを手に入れておけばよかったかな?と後悔し始めていた。

(つづく)


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