(9) 豊かで、 幸福な社会に寄生する闇
柏市を出発したバスが茨城空港へ向かう。ここにクラブがベネズエラ企業からレンタルした輸送機を停泊させている。
アジア・チャンピオンズリーグの予選リーグが始まり、レイソルはオマーン、ベトナム、中国のクラブと2ヶ月間ホーム&アウェイで戦う。初戦が中国リーグで2位のクラブチームとなり、広州へ向かう。
この移動時間を短縮するためにACLのアウェイ戦、海外渡航向けにモリ家が所有する輸送機を借りた。柏市内から茨城空港までバスで1時間、輸送機で広州まで1時間弱となる。移動疲れが無く、到着と同時にナイター施設のある練習場で体を気候なれするように解してゆく。
クラブチームが大型輸送機を選んだ理由は、纏まった人数が一度に移動出来るから、だった。希望者だけだが、選手の家族も中国へ同行可能とし、試合前日、家族は香港観光を楽しみ、試合当日はスタジアムで観戦し、選手を応援する。
下世話な話だが、試合前の選手の「夜の営み」に制限を加えるクラブが日本では多数を占める。オーナーである杜 歩がスペインのクラブも持っているので、クラブの方針がスペインのクラブに揃えられた。日常生活面での制約・制限の類が一掃され、欧州基準に変わった。結果が求められるのが「プロ」とクラブ側が見なしているので、選手一人一人の裁量に委ねられるようになった。オーナー変更と同時に、契約内容も見直されたのだが、選手選考も同時に行われ、日常での判断能力がどの程度備わっているか、これまでの素行はどうだったのか、チェックが行われた。ブラジルの選手2名がレギュラーから外され、交代要員の加入により退団となった。つまり、人としての判断能力が適切かどうかが問われるクラブなので、自然と規律が保たれている。
欧州のサッカー界でも、アフリカや南米出身の上昇志向の強い選手が成功したことで大金を得て、放蕩生活に浸る傾向は、残念ながら存在する。
アユムが所有するクラブでは、この種の選手は選考の対象としないので、選手の自治権が認められている。
今回で言えば、広州で宿泊するホテルの部屋自体は家族とは別室だが、練習前後の時間は自由行動として、家族の部屋で過ごすかどうかは、選手の判断に任せている。
去年の6月、クラブの親会社の国内工場がベネズエラ企業のプレアデス社に買収され、新年早々に日本のプルシアンブルー社に再買収された。日本企業の子会社だったクラブチームを、プレアデス社日本法人社長の兄に当たるモリ・アユムが購入し、今に至る。
アユムは自身が経営する鉄鋼会社の所有する北朝鮮と韓国のクラブと、スペイン1部のクラブも所有している。
日本のクラブ、北総レイソルを手に入れると、直ぐに補強に動いた。
北朝鮮のTCスティーラーズに所属していたアルゼンチン、ウルグアイ、チリの5選手を、クラブの所有権移転と同時に日本で選手登録し、スペインのバレンシアでコーチを努めていた日本人を、監督として連れて来た。 南米の5選手の活躍により、下位に低迷していたレイソルはシーズン3位で終わり、ACLへの出場権を得た。
1月下旬から始まった今シーズンは、チリの2選手を残し、代わりに韓国のスティラーズから、ベテラン韓国人選手3名をレンタル移籍している。4月からは杜兄弟7名が6月末までの3ヶ月間の合流が決定している。日本のクラブに日本人が加わるのは何の問題もないが、レイソルの選手にすれば穏やかな話では無い。スペインとイタリアリーグで活躍している7名が加わるので、あぶれた選手が北朝鮮と韓国のTCスティーラーズに転籍となるか、退団に追い込まれる可能性があると認識するので、3月中の残りの試合は必死の形相で練習に取り組んでいた。
オーナーのアユムは、輸送機の操縦席の後方の補助席に座った。サンダーバードに初めて乗る機会を逃してはならないと、補助席に甘んじた。輸送機の格納ポッドには、練習用具一式と練習着、ユニフォーム等を搭載したトラックが4台乗り入れてゆく。他にも選手と家族の荷物と、明後日までの選手と家族の大量の食材も積み込まれる。同時に、コックと警備やフリーキックの壁役も兼ねる、ベネズエラ製ロボットも搭載され、空港周辺のスーパーで仕入れた、生鮮食品も積み込まれてゆく。
オーナーが変わり、選手達は待遇が大きく変化したのを実感する。これまで国際試合に縁の無かった選手達もこの優遇策に喜ぶ。シーズン中はどうしても家族サービスが希薄となりがちだが、クラブ側が家族の同行費用に小遣いも全額出してくれるので憂いも減少し、家族がスタジアムで応援してくれるので心置きなく試合に挑める。代表チームでも、ここまでは出来ないだろうと実感する。家族達は全長50mもある巨大な輸送機に乗り込んで、旅客機ではないことに驚く。同時に何とかしてレイソルに残って貰いたいものだと願う。少なくとも、選手7名は7月まで押し出されてしまうのだから。
広州に到着した機体は選手達が降車した後、家族を乗せて香港へ向かった。ご家族には香港観光を楽しんでいただく。家族が降りると、機内清掃をロボットが行い、機体は一路スペインのバレンシア空港へ向かう。
今度はFCバレンシアの選手と家族達が乗り込み、シーズン後の慰安旅行先、タヒチへ向かう。親から借りた機体を使い倒すオーナーの計らいだった。福利厚生の一環で選手、監督コーチ、選手とスタッフ達とその家族に、招待旅行をプレゼントする。今まではボーナス支給だけだったが、オーナーが変わって5シーズンを終えた謝意を表して、今年は旅行を加えた。日本の野球球団の様だが、他のクラブには無いので単純に喜ばれたようだ。 輸送機は空港間を移動するので、ブースターユニットの出力に頼らない飛行となる。搭載の核熱エンジンで2万mまでゆっくり高度を上げると、大気が殆ど無くなるので、それなりの高速飛行が可能となる。
対戦相手の広州のクラブチームの偵察チームは、空港に降り立った全長50mの巨体に驚く。荷を積んだ中型トラックが4台降ろされると、選手の宿泊先のホテルと練習場に分散して向かった。選手達一行の中に、今回は杜兄弟7名が含まれていないので安堵する。「ゲーム日の明後日までに、選手登録は間に合わない」という情報は、どうやら事実のようだ。
現地で用意された大型バスに選手達が乗り込むと、早速練習場へと向かったので、偵察部隊は驚く。柏市から空港までバスでなる1時間、
飛行時間が1時間弱だったと聞いて落胆する。2時間では国内の移動と同じではないか、練習場に直行するのも理解できた。
広州でのホームゲームのアドバンテージは圧倒的な数のサポーターと観客だけとなり、レイソルの選手のコンディション自体はほぼ維持されてしまう。食事も本国と同じ内容と知ると、来週の日本でのアウェイゲームの立場は逆に負担となる「違い」に震える。
関東首都圏のクラブが対戦相手とは言え、郊外市までの移動で、広州からではドアツードアで片道10時間近く必要となる。更に、普段とは異なる練習用具に、ホテルの食事が待っている。日本ではホームとなるレイソルが優位であるのは間違いなかった。
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ボラボラ島のパシフィックホテルを1週間借り切った事で、異例の旅行だと島民たちは察した。オーナーが義理の姉のホテルを利用したというと、安価のように聞こえるが、タヒチでも1,2位を争うホテルだ。島民たちはどこかの国の王族たちがやって来たかのような歓待で、選手たちを出迎える。
一行が空港に到着し、ホテルに到着した様をロボットが撮影し、クラブのHPへ投稿する。トップチームの家族だけでなく、下部組織の選手達も積載ユニットに簡易座席を取り付けて搭乗して、クラブ全体で総勢350名の大移動となった。アユムがオーナーになって5年間コンスタントに成績を上げ、クラブ経営も成功し続けている様を還元しようとしているかのようだ。週の後半ではオーナーもタヒチ入りし、選手と家族に向けて謝意を表する予定だと、同行取材中の記者がクラブ広報から発表されていた。
フランス領ポリネシアの島民達にはとにかく衝撃だった。小学生から高校生までの世代の下部組織の選手も含めて、全員を連れて来るクラブはフランスのクラブチームでも例を見ない。ましてや、マスコミ各社を引き連れて来ており、約500名程の人々が落とす金は、通常の観光客の比ではなかった。クラブ側が選手や家族にも滞在中の駄賃を支給しているので、マリンアクティビティから買い物に至るまで、毎日億近い金額を消費してゆく。記者たちも、ここまで大盤振る舞いするクラブは欧州5大リーグを見渡しても、まず無いだろうと実感する。如何にバレンシアが資金を持ち、どれだけ選手を優遇しているのかが、よく分かると報じた。
欧州5大リーグの金満クラブと揶揄されるクラブに所属している選手達は、バレンシアのこの待遇を羨む。各国の有力クラブチームが挙って、スター選手の移籍の打診をしてくるのに、バレンシアだけが声を掛けて来ない。スター選手の一人や二人、バレンシアにも必要ではないか?と考えるのだが、著名な選手には全く興味を示さないクラブだった。その一方で豪勢な謝恩旅行を羽振りよく提供するのだから資金難とは言えず、経営自体はうまく行っているのだろうと、代理人達にバレンシア側にこのオフ期間で売り込むように要請していた。
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昨年末まで、アユムが中国の4つクラブチームを転々と移動していた際、芸能人やスチュワーデス、女子大生等と頻りに交流を持ちたがるクラブの選手達がいた。アユムも毎週の様に食事に行こうと誘われ、1度だけ芸能人との集いに、付き合いで同行した。合コンをイメージしていたのだが状況は異なり、既に何組もカップルが出来上がっていた。場違い感を持ったアユムは1次会で逃げ出した。その際に、アユムに追随するように声を掛けて来たのが、明蓬と名乗る女優だった。
「僕にはサッカー以外の仕事もあるので、先に帰らせて貰ったんです。あなたと飲み直したいのはヤマヤマですが、溜まった仕事を片付けなければならないんです」と社交辞令を言ったつもりだが、明蓬が、あなたのお陰で私も会合を辞去できたと感謝の言葉を何度も言うので驚いた。感謝の理由を問うと、恐らく、これからドラッグを使って、乱れた行為に及ぶのだと言う。明蓬に目を付けた選手達が、周囲の女優を焚き付けて彼女に声を掛けたらしい、「アユムを連れて行くから」と。
自分は単なる撒き餌だったのかと明蓬の発言で事の真相を知り、逃げ出して良かったと溜息をつく。そもそも、ドラッグに頼る行為自体、スポーツ選手にとってはドーピング対象となるのでははいか?ドーピングテストをすれば、何かしらの成分が引っ掛かるのではないか?強壮剤の類が入っていれば十分可能性はあるだろう、と見立てた。
ドラッグが無かったら受け入れただろうか?とアユムは考えながら、タクシーを探し続ける。明蓬を先に乗せて帰してしまおうと思った。
「改めて、お会いできませんか?」背後で明蓬が言うと、丁度、1台のタクシーが視界に入った。右手を上げると車が近寄ってくる。
「今日はゆっくり休んでください。一晩ぐっすり眠って冷静になれば、あなたは今日の発言と、集いに参加した事をきっと後悔するでしょう。
それから、今後は連中との交際をお止めなさい。彼らはサッカー選手ではいられなくなる日も遠くはない。僕も数週間で別のクラブに移籍するので、今日の話は何も聞かなかったことにしようと思っています」
止せばいいのに余計な発言をしながら、後部座席のドアを開けて、彼女が座るようエスコートする。
「出して下さい」と運転手に伝えて、ドアを閉めた。 車窓ガラスがスモーク掛かっているので、彼女の顔の表情までは分からない。車が動き出すとガラスがやや下がって、「明日、クラブの事務所に連絡します!」と英語が聞こえた。あんな事を言えば、十中八九、先が繋がるのが分かっていながら、セリフを吐く。素直に期待しているのだろうと思いながら、走り去るタクシーを見送った・・ あの時を思い出したのも、あのクラブよりも、更に乱れているのが、明後日対戦する広州のクラブだと明蓬からの話で知ったからだ。
2020年代の初めまで、イタリアやブラジルの代表監督経験者を監督に据え、その監督の人選で名選手を集めて、中国でも有数のクラブチームとなった。2021年にオーナーが会長を務めている不動産会社が経営難に陥り、クラブも資金繰りが悪化し、海外選手は居なくなった。ただ、金余りの華やかだった時代の名残で、遊びの文化だけが残ったようだ。順位が下位のクラブの選手にはとても厳しい話だが、上位のクラブチームの選手がチヤホヤされる文化は多かれ少なかれ残っているらしい。サッカーが中国の国技的な立場にあるのも、その理由だ。
女性はサッカー選手の夫を得ようと画策し、近づいてゆく。どの国にも、どの競技にもあり得る話なので仕方がないのだが、ドラックや媚薬を使って、行為に及ぶのは明らかに逸脱している。かと言って、道徳倫理をクラブが説くのも下世話な話なのだろう。アユムはあのクラブで遭遇しそうになった逸話をレポートから省き、知らなかった事にした。下位のクラブの選手達が、上のクラブの淫靡な慣習に憧れて真似たのだろう、と黙殺してしまった。中国政府の役人に証せば摘発されて、チクりやがったと、報復の とばっちりを受けるのも面倒だと判断した。
あの事件がきっかけとなって、明蓬との付き合いが始まった。広州での試合を終えたら、香港に移動して再会する。当時のクラブの選手達は、その後摘発されてはいない。中国内でどの程度拡がっているのか、見当もつかないし、もうどうでも良いのだが・・・
スパイクの紐を結んで椅子から立ち上がる。レイソルのユニフォームに合わせて、黄色のスパイクを初めてデザインして、履いていた。「r」のエンブレムは濃いグレーに黒と焦げ茶色を混ぜて立体感を出すように工夫した。何足目かの「アユムモデル」は明後日の試合でお披露目となる。
ーーー 練習場に到着したレイソル一行の中に、ビブスを纏ったオーナーの姿があるので、偵察に来ていた広州足球倶楽部のスタッフは動揺する。同行した日本の記者たちやカメラマンは、色めき立ちながら、アユムの一挙一動を追い始めている。日本では全くゲームに出ていないアユムが、まさかACLでは投入して来るのか?と焦りながらも、ビブスを身に着けている選手がレギュラー陣ばかりなのを確認して、携帯電話で第一報を報告する。
偵察部隊から連絡を貰った所で対処の仕様がない事実にクラブは直面する。どのポジションでアユムを使うのかすら把握もせずに、連絡して来たからだ。
日本を立って飛行が僅か1時間で到着し、度肝を抜かれたのは分からないでもないが、偵察部隊が動揺するのは頂けなかった。人選ミスだったか?と憂いてしまうほど、断片的な情報を焦ったように伝えて来る分析担当者に、見切りをつけるべきか考え始める。
「モリが相手だと知って、動揺したのでしょう。何と言ってもプレミアリーグの選手の中でも随一の策士ですからね。我々の戦術分析が敵う相手ではありません」
スピーカーで偵察員の報告を聞いていたコーチが、諭すように監督に伝える。
明日の試合まで、杜 歩のデータを集められる筈も無かった。精々、ニューカッスルでの得点シーンの数々を映像で眺める位が関の山だ。そんなものを見てもなんの役にも立たないだろうとコーチは思った。世界一のキッカーと称されているアユムが居ると居ないでは雲泥の差となる。レイソルの過去データがこれで全て無駄になってしまった。とにかく、ファウル数を減らすしかない。フリーキックやコーナーキックの機会を与えれば、彼は確実にゴールを狙ってくる・・。
「仕方ない、練習内容を変更しよう」監督がボソリと言うので、頷く。相手のセットプレーの対策を上背のある選手を中心に配置して、練度を上げるしかないのだ。
ーーー イタリアンマフィアが海を渡って、NYを中心にして暗躍した時代が嘗てあった。メキシコやコロンビアの麻薬を資金源に、ベトナム戦争後、小さな犯罪組織が勃興し、北米主要都市に浸透していった。
2020年代になり、中南米が一つの経済圏として組織化されると、メキシコ、グアテマラ、コロンビア等の麻薬カルテルが壊滅し、麻薬の商圏として残った北アメリカの麻薬販売地下組織は供給地としてのアジアにシフトしていった。 元々、ベトナム戦争の頃にベトコンゲリラ対策としてタイ・ラオス国境のモン族に代表される少数民族にケシや大麻の栽培を委ねて、メコン上流域のタイ・ラオス・ビルマのゴールデン・トライアングルと呼ばれた地域で大々的にケシの栽培を始めていた。
ベトナム戦争後は、各国が麻薬の取締りに乗り出したので、麻薬王クンサーがラオス・タイ・中国雲南省の山岳地帯に布陣して、政府軍と対立していった経緯がある。ASEAN内の結束が強まり、クンサーが老衰で亡くなると、ケシの栽培量も尻すぼみとなるのだが、CIAが次に目をつけたのがソ連が侵攻中のアフガニスタンだった。体の良い資金源となるケシ栽培をアフガンゲリラに奨励し、資金を作らせてサイドワインダー等のヘリ迎撃対空砲を購入させ、ソ連軍を苦しませた。
ソ連が撤退してアフガニスタンが勝利を治めると、アメリカがアフガン支援に乗り出す。コカイン・大麻はインド、パキスタン、東南アジアに広く流通させて、アフガニスタン政府の有力な財源となってゆくが、麻薬を財源とする政府を支えるアメリカという最悪の構図が、汚職と利権が広く蔓延する政治となるのも当然だった。
日本・韓国・南ベトナム・フィリピンと全く同じだ。アメリカのアジア政策など、上っ面では民主主義を唱えていい子ぶるが、その内情は新植民地主義で富を吸い上げるダブスタ政策でしかなかった。ベトナムは北ベトナムが勝利し国家統一しアメリカの排除に成功、日本は北前社会党が政権を取って、駐留米軍の全面撤退に追い込んだ。タリバン侵攻でアメリカ駐留軍が逃亡し、アフガン政権が崩壊したのが2021年で、韓国とフィリピンだけが従来の体制のまま残り、汚職政治と利権しか頭にない政党政治が未だに続いている。
チベットでの失策で、アジアに於ける基盤を失ったアメリカは、メディア、映像、映画産業のアジア進出を加速させて、文化面での足場を残し、ビジネスとして成功していた。
アジア人の俳優、女優に混じって、ハリウッド俳優をアジアの芸能界に散りばめてゆく。巨大な人口を抱えるアジアで、文化面では莫大な成果を収めていた。
2040年を迎えた今、経済苦境に喘くアメリカ政府が密かに狙ったのが、反社会的勢力・犯罪組織のアジア圏での輸出と麻薬ビジネスとなる。香港、上海、マカオ、ソウル、シンガポール、クアラルンプール、ジャカルタ、ムンバイ、バンコクに拠点を構える芸能事務所にCIAが介入し、俳優や女優に、スポンサーとしての麻薬密売組織を介入させて、アジア各国の地下組織と繋がっていった。
観光客の集まる、大都市では麻薬の取扱量が増え、特に人口を抱える大都市で麻薬がらみの犯罪が多発する。 アメリカが中南米諸国で失敗した国内犯罪者を、主に中国へ送り込む。香港を介して中国全土に送り込んだ。 アメリカ経済が中国に遅れを取る事態だけは避けなければならない。手段を問わず、中国経済の足を引っ張る動きを加速させる。香港だけでなく、ハワイ、グアム、サイパンも対象とした。観光客が多く集まる都市、人口を抱える都市で麻薬販売を浸透させて収益源とする、ベトナム戦争期のアメリカマフィア&芸能全盛期をアジア圏、南太平洋圏で再興しようと企んでいた。
コカイン、ヘロイン、大麻、LSDに留まらず、合成麻薬各種も手掛けて浸透させる。21世紀初頭のハリウッドスターだった俳優、女優が、販売組織の支援を陰ながら行い、芸能ルートで麻薬を広めてゆく。セックスドラッグが金銭的にも物量的にも最も効果的となる。
仕事が欲しい新人女優や、女優デビューを目指す女性が主に悲劇に遭う。スポンサー企業に取り入る為に、枕営業が状態化している中国、韓国の芸能界で、テクニックの劣る男が故意にドラッグを使い、女性を狂わる経験を重ねてゆくと、その非人道的な行為が経済界、芸能界で徐々に浸透しつつあった。特に膨大な人口を抱える中国では、芸能界、映画界デビューを夢見る人々は幾らでも居た。媚薬や常習性が抑えられたセックスドラッグが次第に蔓延してゆく。スポンサー企業の役員は、CMやドラマに出演する芸能人だけでなく、夜の店にも接待として通う。バーや置屋に勤めるホステスやナイトガールの間でもドラッグが広がり始めると、一般家庭に浸透するのも時間の問題となる。
最悪なのは、共産党の幹部達が愛人達との間で「常習性が無いので大丈夫」と薬物を利用する状況も発生していた。薬物無しではもはや快楽が得られない状況になると、ますます依存せざるを得なくなる。中国はコピー社会だ。アメリカ製の媚薬やセックスドラッグ程度であれば、いずれ簡単に生産、製造してしまうだろう。
香港の撮影所でドラマの撮影にしていた明蓬は、休憩時間にタブレットを見て、日本のサッカーチームが広州入りした事を知る。ライトイエローと黒のツートーンカラーで塗装されたサンダーバード輸送機は、空港内の他の旅客機の倍近い大きさで、空港の端の方に止まっている写真が掲載されていた。
マネージャーが明蓬がタブレットで参照している情報をさり気なく把握する。先日、明後日を休日申請が提出されているのは事務所でも察知していた。モリ・アユムと密会するのではないかと勘ぐっていた。アユムの宿泊予約が入っているのではないかと、香港中の高級ホテルを当たっているのだが、未だ、特定出来ていなかった。
2人が会食している写真がマスコミが伝えた際に、明蓬が「様々な疑問や相談に応じて頂いています。尊敬している方です」と素に回答してしまい、その発言が一人歩きした。明蓬の作られた役どころである、人間性の一面「探究心旺盛で、真面目な性格」を実直に表現したのだが、明蓬の発言をマスコミ各社が過大解釈してしまう。
所属事務所も補足する。「マネージャーも会食に度々同席しており、明蓬の女性マネージャーは「友人というより、舎弟関係に近い」と2人を称しております」とフォローするかの様な回答まで行った。すると今度は「事務所公認の仲」と報じられてしまう。アユムが30過ぎの独身で、モリの子息だったのも邪推され、願望される要因となったのだろう。中国の大衆の誰もが、農村出身の明蓬の立身出世とシンデレラストーリーを願っていたからこその、歪曲報道だった。
「互いに異性として意識していませんし、そこまでの関係ではありません」と明蓬が事務所に明言したので、女性マネージャーが同席するようになったのが始まりだった。アユムも「コブ付き」なら問題にはならないだろうと何度か会食を受け入れた。しかし、明蓬は「大女優」だった。態度を偽装するなど明蓬にはお手の物だった。映画界のトップ女優に駆け上がるまでは、アメリカ人が相手でも自分を売るのも拒まない、その道のプロだった。アユムも事務所も欺く事に成功していた。たとえ、薬物乱交パーティーであろうが、アユムに近づければ手段はどうでも良かった。世界的な鉄鋼会社の会長で、各種事業の実業家、サッカー選手としてどちらも成功し、ベネズエラ大統領の子息でもある。世帯を構えれば自身のゴールとなる。女優をいつまでも続ける必要もない、最高の結果が得られると、したたかなまでに企んでいた。
アユムの登場以降、夜伽を拒まれた事務所の社長は、明蓬の魔性を知っているだけに探偵を使うようになる。何度めかの会食で、アユムの祖母と母親の映像を見て分析した明蓬が、想像した2人の女性の人物像をアユムとの会話の中で随所に演じてゆく。明蓬の中の「母性」に騙されたアユムが、一線を越えるタイミングと重なった。
探偵は事務所の社長に2人の関係が「一線を越えた」と報告すると、人知れず苦悶する社長が事後策をアレコレ考えている状況となっていた。
ーーー 殊の外、日本では「アメリカナイズされた」という表現が長く利用されてきた。敗戦国として、最初に入ってきた異国の文化が、駐留軍によって齎された所から始まったのだから、影響を受けて当然だった。敗戦から25年近く経って生まれたモリ達、第二次ベビーブーム世代の子供達がアメリカナイズされた日本文化の影響を受けて、成長していったのは間違いない。生まれて間もなくベトナム戦争が集結し、アメリカは退廃的な文化も生み出して、アメリカが必ずしも絶対では無いとする社会運動も盛んになってゆく。アメリカの功罪を見ながら、育った世代が今の日本の政治と経済の中心に居た。高度成長期から就職期のバブル崩壊と経済低迷期を経て、日本の絶長期を迎えて、文化的な側面をどうすべきかといった議論もされていた。「パックス・ジャポニカ期のジャポニズム文化の発信」はどう有るべきか?と言うものだ。
80年代後半の経済バブル期「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の頃は、大国としてのアメリカが健在だったので、文化的な発信は求められなかった。経済的な成功も、地価高騰による個人や企業資産に作用して、投資活性化による流れがハマり、成長したと原因も特定されていた。成長が長く続けば、また話は変わっていたのだろうが、バブルに踊らされていた日本人は短期間で失速する。地価の高騰に依存していた経済は危ういという認識に欠けていたのが問題だった。経済的に急成長した国が必ず通る道でもある。
あの大失敗を経て、再度獲得した大成功で、周囲を見回すと敵性国家が見当たらない事態に日本は直面していた。この成功が長く続くことを誰しもが願うからこそ、日本文化の研究や発信といったものから、学界、学術といった方面に傾注し始めていた。様々な分野で議論が始まり、豊富な資金と財源を如何に効率良く使うか、という議論が各所で交わされていた。伝統芸能である歌舞伎や浄瑠璃から講談、落語の寄席に至るまで資金が集まってゆく。
文化芸能の担い手の所得も上がり、プロの立場にある人々は内容やレベルはともかく、誰もが潤っていた。株価が安定し、地価が高騰していなくとも、人々の所得的にはバブル状態にあった。だからこそ、余った資金を退廃的な面に投じてゆく向きも広がってゆく。バブル期の「じゃぱゆきさん」も急増する。嘗ては東南アジアが主流だったが、東欧、中欧、旧CIS諸国の女性達が日本に集まってくるようになる。彼女達が上客の日本人男性を繋ぎ止めるために使い始めたのが媚薬であり、簡易ドラッグだった。
アメリカの計画は、それなりに的を射ていたとも言える。ヒトの欲を最も理解しているのがアメリカ合衆国なのだから、当然の策とも言える。
(つづく)