(4) 全員事業家モードの奇特な集団 (2023.12改)
乾季入りしたとタイの気象台が報じても、まだ端境期なのだろう。夕方になり雲が厚くなり、日が陰ると熱帯特有のスコールが降り出した。
初めて海外に出た由真には、目にするもの全てが新鮮な日々を過ごしていた。
カンボジア人りしてからは自発的に動いた。
農場視察に訪れると、農家の方、プルシアンブルーの現地スタッフと一緒になって野菜の苗を植えた。
開拓したばかりの土地で栽培の難しい作物は不適だ。ベトナムから陸送された、発芽率が高く、乾季の乾燥にも強いウリ科のカボチャ、ズッキーニ、ゴーヤの苗を手分けして植えていった。
タイに移動してからも、同じような開拓地にウリ科の苗を植えていった。
地方ではコロナウィルスの影響は全く感じない。誰もマスクをしていないし、普段通りの生活をしている。大都市はロックダウンしているので、トイレットペーパーや石鹸など工場製造品は生産が止まっているのもあって、値が上がっているという。
地方の街でも最上位に当たる宿に宿泊しているので、尋ねなければ気づかないままだっただろう。
部屋のベランダで激しく降る雨を由真は見ていた。
南国の雨は短時間で集中的に降るので、水分が浸透せずに地表を流れ、一緒に土を運び流してしまう。極めて土壌流出が状態化しやすい環境と言える。また、常時雨が振り続くのではないので、強い日差しに当てられて地表が直ぐに乾いてしまうので農地として見ると相応しい環境ではない。
それ故、肥えた土を維持するために 大量の肥料が必要となる。
プルシアンブルー社は海藻に目を付けた。
日本人と北欧の人しか摂取しないと言われている海藻を乾燥後に粉砕して堆肥と混ぜ、土壌に混ぜ込む作業を農耕バギーが繰り返す。
土壌改良を定期的に行ない、野菜の成長・収穫増を目指している。
土壌が豊かになればナス科のトマトやピーマン、唐辛子も常時栽培出来るようになる。日本では冬があるので越冬できないが、トマトやピーマンは多年草であり、挿し木で増えるので南国での栽培に向いている。元々南米原産の雑草なのだ・・。
土壌劣化を防ぐもう一つの手段が、農地にソーラーパネルを敷き詰めて日陰を作る事だ。
屋根状にするのではなく、パネルの間を空けて、木漏れ日が注いでいるような状態を作り出す。
既にタイ中央部、ベトナム南部では主に水田で実績があるツールでもある。
南国の強い日差しで発電しながら、パネルの木漏れ日の下で農作業を行なうので、熱中症対策にもなる。
ソーラーパネルには雨樋がついており、パネルの上に落ちた雨水を受け止めて集約し、土中に刺さっているパイプを通じて雨水を地中深くに流し込み、土壌流出も防ぐ。
発電した電力は蓄電池に蓄えられ、周囲の村に送電される。村は電力会社からの供給を停止し、無償の電気を手に入れた。
まさにイイとこ取り。モリのアイデアは素晴らしいと由真は称賛していた・・。
再従妹の玲子がベランダにコーヒーを運んでくれる。フザケているのだろう、メイドのように恭しくテーブルへ置いていった。部屋に入るとソファに座っているモリに甘えに行った。
2人のご相伴に預かった格好だが、由真はカップを掲げてから、有り難く頂戴する。
ベトナムでモリが個人的に提携したロースター会社の豆だと教えてくれた。こんな美味しいコーヒーをたった100円で提供しようとしているのだから、呆れてしまう。
植えている野菜もそうだ。日本が真冬の時期にカボチャやズッキーニ、ゴーヤ等の夏野菜がPB Martに並ぶ。平泉家の皆さんはイタリアンの店を開こうと画策している。村井志乃さんが菓子職人であるのも心強い。スイーツだけでも勝負できる。
タイとカンボジアから大量の夏野菜が絶えず供給されるのだから、活用するしかないのだろうが、全員が事業に結びつけて考えるので面食らってしまう。
自分も何かしら始めようと腰を上げ、空いたカップを手に取ると、2人が居るソファへ向かっていった・・。
カンボジア入りした日、由真はモリと日本の母に能力が備わったのを告げた。
農作業をしながら集中していると生き物の存在を感じ取る。サバンナのような平原が農地で周囲に山は無く、広葉樹の疎林に覆われている。疎林の中で潜んでいる生物の方向をモリに伝えると狩猟ドローンを飛ばし、ドローンは狩猟後の映像を送って来る。すると、モリは数人を引き連れて、荷車を引いて疎林に入っていった。
荷車には捕獲されたイノシシが載せられ、運ばれてくる。イノシシは畑を荒らす、農民たちの天敵だった。毎日天敵の肉が村に提供され、一行は感謝されている。
「少しはお役に立てたかな」と思いながら由真は淫らな関係に加わり、我を忘れて愉しんでいた。
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学校から都内のスタジオへ移動した歩と海斗の杜兄弟は、義姉の平泉姉妹に急かされて顔を洗い、歯を磨いていた。移動の合間に食べた菓子が歯に挟まっていたらしい。
「写真撮るだけだと思ってたけど、大変だね」
「たった数枚の写真と数十秒の動画の為に、こんだけ人が関わってるんだからな」
初モデルに臨む弟の為に、前回撮影時の所見を少しでも伝えて慣れさせようとしていた。
「今回は俳優さんと女優さんも一緒なんだね。芸能人が見られるとは思わなかったよ」
スーツ、ジャケット、コート類なので年配の方々が必要なのだろう。大学生の義姉と高校生の若造だけではどうしたって無理がある。
うがいをしながら、歩は頷いた。
学校の制服を脱いでサッカーの練習着を着ると、メイク担当に頭と顔をイジられ始める。
ガキっぽさが次第に無くなってゆく、鏡の中の自分は別人なのだと歩は理解し始めていた。
平時の感情では無く、社会人像を頭の中で思い描く。誰に教えられた訳でもないのだが、自然とそうしていた。
将来はサラリーマンになるのか?教師それとも政治家?夢を追うなら、サッカー選手・・
選択肢は幾らでもある。兄は留学を視野に入れはじめた。
「俺も日本を出てみようかな?」と漠然と歩も考え始めていた。
撮影前に歩が呼ばれ、写真を撮った。弟の海斗は兄の姿を見て驚いた。兄貴じゃない「ありゃ誰だ?」と思った。
歩に続いて海斗も写真を撮るのだが、周囲の反応が重い。高校一年生でも、場が引いている空気は分かる。
「しょうがないなー」樹里がツカツカと歩み寄り、海斗に囁く。
「ワタシを同じ部署の先輩社員だと思え、強引な先輩とヤりたくてしょうがない、オドオドした奥手の後輩のつもりになれ!」言い放つと、がらっと表情を変えた。突然、海斗に腕を絡ませて胸を押し付けて来る。義姉とは言え、血は繋がっていない。頭がクラクラした。
樹里の参加で場が一変した。ムービーカメラまで回りだす。何がなんだか分からないまま、樹里の視線を受けて、それに応えていたら、「Okでーす!樹里、最高!」と言われ、海斗の初出演が目でたく終わった。
歩は俳優さんと2ショットで上司と部下役、それに杏が加わった3ショットを撮った。誰も歩の演技指導をしない。
「2回目なのにスゴイね、あの子」と後ろのスタッフ達が囁きあっている。
俳優と並んで、全く引けを取らず絵になっている兄を凄いと思い、海斗はボーッと見ていた。
樹里からは「今日は見学。見て覚えなさい」と言われていた。
2時間半も経過していたとは思わなかった。高校サッカーは40分ハーフだが、試合より短く海斗は感じた。大半は見ていただけなのに充実感があった。試合後の高揚感のようなものを感じていた。
「あなたも良かったわよ。撮影、初めてなんでしょ?」女優に声を掛けられて焦る。
「はい、いい経験をさせて貰いました!」
海斗は1年生らしく直立して言うと頭を下げた。
「ヤー、懐かしい!スポ根 世界だ。 私もバスケ部だったの。先輩の前では米つきバッタしてたのー」
馴れ馴れしい人なのかな? いや、素人を庇おうとしているのだろうと海斗は思った。
「そうですか・・」
「いつかみんなでお食事しましょ。今日はもう遅いから解散になると思う。来月は春物の撮影があるみたいだから、また会えるけどね」
「はい・・」
「少年、どうした。ギコチないなぁ、まぁ初めてだからしょうがないけど・・そうだ、次は事務所の若い子も連れて来るよ。若い子なら話しやすいでしょ?」
「そんな・・芸能関係の方々と話す機会がありませんし・・」
「合コンだと思えばいいんだって。たまたまテレビに出てる女の子がやって来たってシチュエーションで、どーかな?」
「自分はまだ高1なもので、合コンの経験が無いです・・」
「高1って・・大学生だと思ってたよ。じゃぁお兄さんは?」
「高2です」
「ありゃま。じゃあ、高校生の方がいいわねぇ」海斗が知っている子役で名を馳せた名前が出てきた。「いや、目指すモノも住む世界も違う」と、急に高校生らしさを失い、決断する。
「取り敢えず 姉達に相談してみます。自分はこの業界を何も分かってませんので」
「固いなぁ、硬くなるのは1箇所だけ、若い男はそれだけで十分・・」顔が近づいてきて囁いた。 顔が熱くなるのが自分でも分かった。
この後、海斗は女優とアドレスの交換をしてしまう。
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「ノートPCの国内出荷台数が、前年比で既に2割増の850万台を超え、過去最高を更新した」古巣の経産省から新井内閣秘書官の元にレポートが届いた。
電子情報技術産業協会(JEITA)の纏めだが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、大手企業などがテレワークを推進したこと、小中学生に1人1台のPCを整備する政府の「GIGAスクール構想」が寄与し、記録が伸びた。しかし出荷金額は前年より減少して、9月末現在で約6500億円。GIGAスクール構想の予算内で一定台数を確保する必要があり、安価なノートPCに需要が集中した。
一方、デスクトップPCの出荷台数は前年比40%減の150万台となっている。20年1月のOSwidows7サポート終了に伴い、買い替え需要で売れた19年の反動で大幅に減少した。出荷金額は3割減の1500億円にとどまっている。コロナ特需という表現はあまり好ましくはないが、学校需要での増加があったからとはいえ、IT業界は薄利多売の連鎖に陥ったままのようだ。
OSやCPUはアメリカに抑えられ、国内PCメーカーで国産を貫いている企業は僅かしかない。売り上げ8千億円の大半は、海外へ流出するだろう。
自動車以外の製造業で、自製に拘る企業が減少しているのもITや家電の凋落が少なからず起因していると、経産省はまるで他人事のように論じている。手立ても対策も見つからないので仕方がないのだろうが・・。
続けて見たレポートに新井は驚かされる。台湾の日本領事館からの情報だった
「台湾にプルシアンブルー社から大量の電子部品が届いている。部材の受取り側はEMSファンドリーのウィズドロン。ウィズドロン社はプルシアンブルー社から、PCとモバイルの生産委託を受けたようだ」とある。事実ならば、家電以上の衝撃となる。アメリカのIT産業に影響が及ぶ様な話になると厄介だ。内容次第では、大統領選と訪米にブツけて来たと非難されるかもしれない。
一方で、家電製造をタイで始めたと報じられたばかりで次はITか?と新井は情報そのものにも疑いを持った。特にプルシアンブルー社からの電子部品(?)の意味が新井には分からない。
プルシアンブルー社はどの企業に部品製造を委託しているのだろうと新井は首をひねり、先ずは首相と閣僚達に報告する。
プルシアンブルー社が家電事業開発に乗り出すのを誰も察知しておらず、経産省と大臣は面目を失った。国内家電メーカー幹部からの皮肉と冷淡な態度は、僅か数日前の話だ。
台湾の日本領事館に続報要請するのと同時に、新井内閣補佐官は富山行きを画策し始める。
プルシアンブルー社幹部、もしくは金森知事に面会できないものかと。
(つづく)