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【感想】複雑さを科学する
概要
教養としてみると非常に良書だと思います。難しい表現がほぼなくて非常にわかりやすいです。
だいぶ古い本ですが、今でも十分楽しめますよ。
科学の歴史について記載があり、その中でどのようにして、なぜ「複雑さをの科学」が登場するに至ったのかの一端を垣間見れます。まだ始まったばかりの研究分野だそうです。同書が1995年9月に発刊してから25年以上経過しております。状況は変わっているかもしれませんが、全体像を知るにはとても参考になります。
動機
複雑系をモデル化したと思われる「因果ループ図」はシステム思考のツールとして用いられています。業務でも利用することがあるため複雑系とは何かを理解することが何らかの形でプラスになるのではないかと思い手に取りました。
なぜ複雑系なのか?
1980年代も半ばになり、分子生物学の究極の地が視野に入りだす段階にまで達して、初めて、要素に分析しても生命を突きとめることができないのではないか、という認識が芽生え出しました。生き物の科学に対するこのような状況が、複雑系の研究へのひとつの引き金となったようです。
要素に分析していく手法とは、デカルトの方法序説によって定義された近代科学の手法である。
「複雑系」の立ち位置とは...
これらの系(*)は、ふつうに考えれば、それぞれまったく異なる仲間に属しているわけですが、いずれも系の構成要素だけをみていては系全体の動向がわからないという側面があり、要素間の相互作用の結果として系全体では思いがけない複雑な様相が現れる、という共通点があります。共通項でくくれるからには、これらの系を何らかの「類似メカニズム」で解明し、何らかの「共通の言葉」で把握できないだろうか、という視点がこの新しい学問の立場だ
何か共通の方法論を模索するための系統的な研究を、というヴィジョンが複雑系研究の発端となりました。という次第で、「分析的な手法に代わる新しいパラダイムの構築」が、複雑系研究の大目標のひとつになっています。
これらの系とは...
生き物の免疫系、神経系、生き物の集団が作る生態系、生き物の進化、さらには人間同士の相互の関係がからんだ世界経済、国際政治、あるいは人間の思考そのものにおいても・・・
複雑系とは?
英語でいう「コンプレックス・システムズ」の訳らしい。
その定義は人によって異なり、満場一致の定義はまだなされていない、あるいはこの時点では敢えて定義しない、という方針がとられています。いま、早急に定義してしまうことで「複雑系」という概念が恩来は包摂するはずのものを排斥する危険を避けるためです。
「それぞれの学問分野で対象となっていたテーマを横断的に取り組んでいこうとするものだ」と説明されることが多いようだ。
所感
敢えて定義しないという姿勢に非常に共感。
定義が不安定だからこそ、チャレンジできることもあるでしょう。
アジャイル界隈では「決定の遅延」という考えがある。後で決められることは、後で決めればよく先を急いで決定する必要はありません。変更の余地を残しておくという解釈もできます。分かっていないことを分かっていない状態で精細に決めることは無駄なコストにも該当するリスクがあるため、経済合理性という観点からしても良い方法論であることが伺えます。
方法序説
デカルトの『方法序説』は4つの規則にまとめられている。
①明晰性の規則
②分析の規則
③総合の規則
④枚挙の規則
近代科学のパラダイム理論的枠組み(パラダイム)を最初に確立したまさに金字塔。
「科学的な発見をするための方法」を明らかにした
所感:ソフトウェア開発にも通ずる?
ソフトウェア開発・運用のアプローチという観点から見ても「方法序説」の4つで説明可能であることに気づいた。原因・要件・課題などを分析する際に、複雑な状態の全体を複雑なまま扱うことはしない。
1. 十分吟味した上で、問いを定義する。
2. 課題を小さい単位に分割して解決する
3. 小さい単位から大きい単位へ問題ないか段階的に検証する
4. 全体として機能するか慎重に検証する
カオス研究のスタート
ローレンツが見つけた現象を、専門的な言葉では「初期値に対する非常に敏感な依存性」と表現しています。初期値というのは最初に与えたインプットの値です。それがほんの少し変わっただけで結果は大きくことなるという発見。
例として、バタフライ効果が紹介されている
なぜ、このようなことが発生するのか?
決定論の解の安定性の問題と関係があります。
パラダイムシフトの必要性が生じる条件とは
新しいパラタイムが生じるには、「新しいパラダイムが必要だ」とぼんやり考えていただけでは不十分である。古いパラダイムではどうしようもない、どんなに逆立しても説明できないという危機的な状況に直面したとき、初めて新しいパラダイムが開けるための第一条件が整ったことになる
複雑適合系とは
構成要素間の相互作用によって系全体の性質が決まり、それがまた構成要素間の相互作用に還元されるという構図です。
〜〜これはまぎれもないフィードバック構造であり、自己組織化そのもの
例として渡り鳥の群れについて紹介されていた。
ホメオスタシスとは
恒常性という意味
生物体などが内外の環境の変化に対して形態的、生理的状態を安定な範囲内に保ち、個体としての生存を維持する性質
ここで面白いのは、生物体だけでなく、我々の人間社会にも「環境の変化に対して自分を守る恒常性」と適用できると論じているところである。
恒常性をもつためには、「柔軟性」と「安定性」という二つの面を兼ね備えている必要がある。
あまりに柔軟に環境に迎合していたのでは、自分のアイデンティティがなくなり、この場合もやはりサバイバル・ゲームには敗れてしまうでしょう。
要はバランスが大事ということだ。
所感
私にとっての複雑系とは、キャリアの中で考えると以下3点がすぐに思いつく。
1. 人、チーム、組織
2. ITシステム(プロダクト)
3. プロダクトが身を置く市場
1番目について書いてみる。
私見として、課題解決のために紐解いていくと組織の構造に達することが多い。だが、それを作り出していのは人のマインドセットであることに気づく。それらが集団思考となって、暗黙知・形式知問わずルール・制度などが作り出されたりする。そして、その全体性が人やチームに影響を与えるフィードバック構造になっている。
まさに複雑適合系のひとつであろう。
これまで開発責任者として組織を束ねて関係組織との協働を推進してきた。そこで感じたのは退任した後に外から観察していると徐々に様相が変わってきて、しばらく経つとパワーバランスが変わってくるのが分かる。組織構造とメンバーのマインドセットが徐々に変化していく。良くも悪くも違った組織になる。面白いことにメンバーの入れ替えはほぼない。
私見でも明らかだったが、中の人から見ても明らかだったようだ。「以前と変わった」という話を聞いた。モチベーションにも変化があったようだ。
ところで、組織作りについて考えた時にカント哲学の他律的行動が思い浮かんだ。
人はルールや制度などの他律性のモノによって影響を受けるらしい。会社の昇進ルールが制定されれば、昇進するために人は最適された行動を取るようになっていくことを説明できるようだ。
リーダーが変わり組織のあり方が変わったことによって、求められるモノの諸々に変化があったとする。そうするとサラリーマンは達成するために色々画策するわけだ。その過程で洗練されていき無駄がなくなっていく。それらが集団思考を作り出してしまい、その思考によってルールや制度がさらに強化されるシングルループ学習が発生する。
今回は、制度が大きく変わったわけではなさそうだったが、目指すモノの基準に変更があったようだ。おそらく、そのルールの影響を受けて最適化が進んだことによって異なる組織に変化したのだろうと思う。
こういった状況を複雑系を学ぶことによって、より論理的に説明して解決していけるようになれば組織マネジメントやチームビルディング力をさらに向上できそうだ。
だいぶ面白い研究テーマだと思う。研究したいくらいだなと思った。
以上。