世界を変えるのはテクノロジーか、意識か?
良くも悪くも、世界を変える要素の一つとしてテクノロジーが大きな力を持っているのは間違いないと思う。
活版印刷技術の発明から、核兵器の開発から、インターネットの普及まで、テクノロジーは良くも悪くも世界を動かしてきたし、動かしていくと思う。
なので、ともすると、世界を変えるにはテクノロジーしかない!と思ってしまいそうになる。
この本にもそんなことが書かれている。
第一章のタイトルはちょっと過激な「テクノロジーの進歩だけが未来を明るくする」だ。
でも、それはちょっと言い過ぎで、他にも世界を、少しずつだけど変える力を持っているものはあると思う。
例えば、教育と、それによる意識の変化。例えば、ここ最近の目覚ましい女性のエンパワーメントへの動きや、LGBTQ差別の撤廃運動などは、テクノロジーがもたらしたものではないと思う。(もちろん、啓発や教育にテクノロジーが力を貸しているとは思うけど。)
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小学校の先生が、「意識が行動を変える」と何度も繰り返し教室で言っていたのがずっと記憶に残っているけど、それは本当に正しいな、と思う。
唯一人間だけが、意識によって行動を変えることができる。
歴史学者のYuval Noah Harariさんもサピエンス全史の中で言っているけど、他の動物の行動は、遺伝子によって規定されている。でも、なぜか人間だけは、意識の変革によって遺伝子に抗う行動をとることができる。
例えば、神父さんやお坊さんが禁欲をするのは、遺伝子のプログラムには反している。でも、信条を守るためにそれができる。(もちろん、それを守っていない神父さんやお坊さんがたくさんいるのは分かっているけど、、、笑)
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僕は子供のころから、「なんで世の中から戦争はなくならないんだろう?」「世界は一つになれないんだろうか?」という素朴な疑問をずーーーっと持っていて、今もその問題意識を持っているけど、この本によると、最近は結構、「自分は世界市民である」という意識を持っている人が全世界的に増えているらしい。
従来、そういう「世界市民意識」とか「コスモポリタン意識」を持っているのは、一部のグローバルエリートとか、グローバルノマドみたいな人達だけだったけど、最近は、一般の人や、途上国、新興国にもそういう意識を持っている人が増えているらしい。
彼らは、「気候変動のようなグローバルにしか解決できない問題に関しては、国際機関の決定が強制力を持つべき」と考えている人も多いらしく、少なからぬ人が、自国だけの利益よりも全世界の利益を優先して考えたい、と思っているのかもしれない。
そんな一般人の意識の変化から、少しずつ世界は変わっていき、「一つの世界」っぽいものができていくのかもしれない、なんて思った。
世の中、悪いニュースばっかりじゃないな、と思う。