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2024私の合気棚卸その2 合気の技術編【合気道】

前回の記事は、こちら。

 これまで長く養神館合気道を続けてきたため、体に染みついている動きは、もやは養神館の動きとは切っても切り離せないと思っています。
 塩田剛三の動きにあこがれ、模倣を試みた時間は長かったのですが、やがて塩田剛三の動きを真似ることは、一端傍に置いておくことにしました。
 そうして養神館合気道を、批判的な目で見たときに、多くの疑問が湧いてきました。特に「ロボット合気」と言われるその外形上の固さ。その固さのまま、受け身を取るため腰や足首を痛める人が周りにはとても多くいました。生涯武道(ライフワーク)として続けるためには、柔らかい動きと柔らかい受身が必要だと思ったのです。

 ただ、成長期の青年には養神館はよいと思います。力感をある意味肯定していますし、中心力・集中力は自分の力の最大を相手に伝えること、という教え方もありました。(全てではないと思います)
 受身も技も激しいので、体力づくり、身体づくり、そして実戦性としては一定の効果があると思います。がしかし、長くは続かないでしょう。

 それゆえ、一端養神館を離れ、合気会合気道に入ったわけですが、最大会派の合気会は、先生によって技が違うといわれるほど、裾野が広いという印象がありました。幸い、近くに先生との距離が近そうな、そして剣・杖の武器技を併修する合気会系道場がありました。
 柔らかい動きでありながら、シャープな切れ味。そして剣の理合を体現した合気道。故西尾先生の合気道動画には、それがありました。
 大東流を習っていた時期に、合気習得には剣術の併修が絶対条件だと強く認識していましたので、西尾先生系の道場はまさに求めていたものでした。

 そうして新たに白帯から初めて、ようやく黒帯になり、少しずつ私の動きからも固さが消えてきました。道場の方からも、西尾合気っぽくなってきた、受身が柔らかい、との評価を得たので、一定の成果、身体の作り替えができてきたようです。

 少し早いですが、こうした評価を踏まえ、いくらか実験をしながら、稽古をし始めたのが今年です。

1 足遣い

 養神館時代は、畳に親指を食い込ませる、かかとを強く踏んで絶対畳から離さないとしていました。
 現在は、自然体に近く、膝を軽く抜き、「浮身」をかけるようにしています。畳に水平に足をつけ、沈み込む力と飛び上がる力で、浮いているような状態です。これは特に剣・杖の稽古で、体の入れ替えを使うときに多用します。
 また、合気道では、前足重心か踵重心かが時折議論になりましが、私は折衷案の上記「浮き身」としております。ただ、どちらかといえば前足重心でしょう。転換の際の中心は母指球としています。

2 意識

 意識、意念、観想など、若干のニュアンスや意味は違えど、どこに意識を向けるか、イメージとしてどのようなものを観るか、というのは、少し上級の合気では重要なポイントではないでしょうか。
 初期のころから、イメージ重視で行うと、身体づくりや基本的な技の習得がおろそかになるため、私はお勧めしませんが、意識やイメージの使い方が、相手への作用、自分の体の変化に大きな影響を与えることは、事実であり、実感しています。
 養神館時代は、直線的な技が多いため、剣の軌道、大木がすっくと空に延びるイメージなどを使いました。
 現在は、物理的な技の際には、そうした補助線としての剣の軌道を使います。剣・杖の稽古が併修されているので自然と稽古できるのがありがたいです。
 もう一つ心的作用の検証として、受けの人には内緒で、意念の放出を試みています。これは、受けの人に、もう一人の自分を放り投げ、同期させてから、手を取らせたり、打ち込ませたりするもので、いわゆる「ムスビ」につながるものだと思っています。
 これをやるときとやらないときの「差」が少しあります。何か違うな、程度なので、まだ「変化」とは言えないレベルですが、これはスピリチュアルではなく、技術としてある心的作用だと考えています。
 おそらく変化が生じていないのは、まだ私の意念の投げ方、場所、イメージなどが曖昧だからでしょう。
 もう一人の自分を投げる、と書きましたが、人である必要があるのか、もし人型だとしても、その中身は何か、空っぽなのか、粒なのか、光なのか、そのあたりの具体性を高めていくと違うのかもしれません。
 前回の本の紹介で、産霊とは新旧の魂の入れ替えの技術と書きましたが、この意念の放出は、まさにそれを試みるものなのです。

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