「車でお遍路」別格15番札所 箸蔵寺(見事なまでの神仏習合の札所)
こんにちは、旅いこかです。
四国別格二十霊場巡礼、弘法大師との「同行二人」の旅、15番目のお寺は、
宝珠山 箸蔵寺
別格14番札所の椿堂から約25㎞、車で約30分の場所、
椿堂から箸蔵寺までの道程は、比較的わかりやすく迷うことはない。
国道192号線をひたすら西に走り、案内板に従い県道12号に入り三好大橋を渡り「箸蔵山ロープウェイ 登山口駅」まで行く。
そこでロープウェイに乗り「山頂駅」まで、吉野川や箸蔵寺仁王門を見下ろしながら約5分の空中散歩。
体力と時間に余裕があれば徒歩で登りたいところだが、私は断念して正解だったと思っている。
山頂駅を出て直ぐ右手に国登録有形文化財の中門、そして国指定重要文化財の方丈が目に入る。この方丈を見ると、この先どれほど素晴らしい御堂が拝めるのかとワクワクする。
それもそのはず、箸蔵寺には国指定重要文化財が6棟、国登録有形文化財が4棟もあるんです。
ここは神仏習合が息づいているお寺、鳥居をくぐり本殿(本堂とはいわない)には狛犬もいる。その御本尊(御神体)は、山岳信仰と修験道が融合した神さまである金毘羅大権現でもある。
よく明治初期の神仏分離令を免れたものだと思う。
なお、方丈から本殿まで278段の石段を上るが、そこには般若心経が一文字づつ書かれており、上りきると般若心経を唱えたことになる。
では、見事なまでの神仏習合の札所「箸蔵寺」へ参りましょう。
ご詠歌
お参りする前に知っておいた方が良い知識
歴史
天長5年(828年)、この地を巡錫中の弘法大師は、この地に霊気を感じ箸蔵山に入山したところ、金毘羅大権現が現れ「箸を挙ぐるもの、我誓ってこれを救わん」というお告げを授かったことから、七堂伽藍を建立し金毘羅大権現の像を彫り安置して開基
寛文7年(1677年)、火災により多くの資料が焼失
文政9年(1826年)、火災により伽藍の大半を焼失
江戸時代(1603-1868年)後期以降、讃岐のこんぴらさん(金刀比羅宮)の隆盛と共に「金毘羅奥之院」として金毘羅信仰で全国から参拝者が訪れている
大師伝説
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寺号について
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ご利益
御本尊(御神体)の金毘羅大権現
・・・航海の安全、豊漁祈願、五穀豊穣、商売繁盛、病気平癒、金運上昇、交通安全、などにご利益がある
御本尊・ご真言
見どころ
本殿(本堂) 【重要文化財】
・・・御本尊(御神体)は金毘羅大権現 本殿の建物は外陣・内陣・奥殿からなり外陣向拝部の地面から奥殿仏間の床までの高低差は11.38m、細部の意匠が特に優れており組物や彫刻が多用されている護摩殿 【重要文化財】
・・・文久元年(1861年)頃の建立、複合社殿形式で本殿を少し小さくしたような建築物方丈 【重要文化財】
・・・庫裡・宿坊・納経所・書院・離座敷など接合する大規模な建築物 安政3年(1856年)の箆書きがある平瓦が残り、本殿との一連の造営と一致、大規模で荘厳な装飾の建築は四国にも類が無いというその他、鐘楼堂、薬師堂、天神社本殿、は国指定重要文化財
般若心経昇経段
・・・278段の石段に般若心経の文字が書いてある
写真
次は、別格第16番札所萩原寺へ参ります。
合掌