ブルーハワイ|掌編小説(#シロクマ文芸部)
かき氷を食べるカップルとすれ違う。さっき屋台の前を通ったら、「300円」となっていた。
――お金の無駄遣いだ。
氷にシロップをかけたものが300円なんて、バカもいいところだ。食べようなんて気が起こらない。
「ごめん! ちょっと遅れる!」
彼女からのメッセージが4分前に入っていた。短い文の後ろに手を合わせた絵文字が付いている。いいんだ。分かってた。遅れると言っても、20分も待たないだろう。僕は浴衣の帯を確認した。ネットの動画を見ながら帯を結ぼうとしたが、全然上手くいかず、適当に結んでしまった。でもまぁ、大丈夫だろう。
「ゴメンゴメン」
手を振りながら、小走りに横断歩道を渡って来る彼女に、「お疲れ様」と言う。
「あ、似合ってるよ。浴衣」
「そう?」
「本当はねー。私も着たかったんだけどねー」
――一緒に浴衣を着て夏祭りに行こう。
そう約束したが、彼女は仕事が入ってしまって、浴衣に着替える暇がなかったようだ。
浴衣を着た彼女に「素敵だね」と言うのをずっと楽しみにしていたのに、逆に「似合うよ」と言われ、僕は拍子抜けしてしまった。
「かき氷買おうか。何にする?」
「え……」
絶句する僕を全く気にせず、彼女はすでに屋台に並んでいる。咄嗟に「ブルーハワイ」と叫んだ。
「あー、電話。ちょっと持ってて」
彼女は僕にいちごとブルーハワイのかき氷を押し付け、バッグの中から慌ただしくスマートフォンを取り出す。
「はい、お世話になっております。いえいえ、こちらこそ先日は――」
彼女は昇進してからずいぶんと忙しそうだ。でも、とても生き生きしている。僕はそんな生き生きとした彼女が少し苦手だった。仕事の愚痴とか、上司の悪口とか、もっと言ってほしいのに。僕は「そうかぁ。大変だね」って言ってあげたいのに。
きっと、彼女はもっと昇進して、偉くなって、僕のことなんて要らなくなるのかもしれない。
「ゴメンゴメン。ちょっと取引先から」
「大変だね。はい」
いちごのかき氷を差し出すと、彼女は僕のブルーハワイをじっと見た。
「なに? どうしたの?」
「なんでさぁ。ブルーハワイって言うんだろうね」
確かにそうだ。ブルースカイとかブルーオーシャンとか、他にいろいろありそうなのに、なんで「ハワイ」なんだろう。
「ハワイか。行きたいね。いつか」
「え?」
意味が分からず、その場で固まる。
「冗談よ。えい!」
彼女は僕のほっぺたをつねった。
青いかき氷を口に運ぶ。
――まぁまぁ美味いけど、やっぱり300円は高いな。
そう思った。
(了)
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