ジッポライター|掌編小説
――タバコとコーヒーってさ、似てるよね。
知り合った頃の、彼女の第一声だった。その時は「なにハードボイルド気取ってんだか」と少し冷ややかな目で見ていたけど、彼女には不思議とそれが似合っていた。
僕のマンションに来た時は、決まってラッキーストライクの箱をテーブルの端にポンと置き、1本くわえてベランダに出る。「換気扇の下なら吸っていいよ」
いつもそう言うのだが、彼女は決まって「灰が床に落ちると嫌だから」と返す。そして、ベランダの手すりに寄りかかりながら、使い古したジッポライターでタバコに火をつける。その仕草が、まるで海外ドラマのワンシーンみたいで好きだ。
「前の彼氏にもらったライター」と遠慮なしに言われた時は、なんて血も涙もない人なんだろうと驚いたけど、なぜか嫌な気はしなかった。ただ、カシャン……カシャンと音を立ててジッポライターの蓋を開け閉めするのは、彼女が前の彼氏のことを思い出しているように見えて、ちょっと複雑な気分になる。
彼女は携帯灰皿にタバコの灰を落としながら、昼から夜にバトンタッチされる街並みをじっと見ている。その横顔は、やっぱり僕にとってスペシャルなんだ。
僕はタバコを吸わないし、吸う人に対して、特に何とも思わない。ただ、彼女の横に並んで、同じように口から煙を吐いてみたいと思ったことは何度かある。前に彼女に「吸ってみる?」と1本差し出されて、試しに火をつけてみたら、ゴホゴホと盛大にむせた。
「中学生かよ!」
彼女はそう言って笑ったあと、少し真面目な顔で「タバコなんて、吸わない方がいいよ」と言った。一度タバコの味を覚えてしまったら、きっとやめるのは大変なんだろう。
タバコを吸い終わった彼女は、大きく伸びをして首を回した。最近、肩こりがひどいって言ってたっけ。
――あとでマッサージでもしてあげようかな。
そう思っていると、彼女はベランダのドアを開け、リビングに戻って来た。いつもは2本吸うのに、今日は1本で満足したようだ。
僕はテーブルにブラックコーヒーを置く。タバコとコーヒーなんて、体にとっては最悪な組み合わせだが、それは言わない。本人が一番よく分かっているだろうから。
「あのさ、誕生日に新しいジッポライター、プレゼントするよ」
彼女は細い目を大きく開けて僕を見た。
「これ、ちょうど捨てようと思ってたところ」
手に持っていた古くさいジッポライターを少し見つめて、彼女はそれをポケットにしまった。
禁煙を勧めるのは、まだ先になりそうだ。
(了)
たくさんの方に朗読して頂きましたので、ご紹介させて頂きます。
※改稿の都合で、内容が異なります。
フリーナレーター、公文のぞみ様。
ライブ配信サービス「Spoon」より。(ログインなしで視聴可能)
えっぐぷりん様
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雪笹様
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高廣(TAKAHIRO)様
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開運小天様
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