いつもの月|掌編小説(#シロクマ文芸部)
「月の色がおかしい」
同僚はそう言って、突然立ち止まった。
「そうか? かなり明るいけど、いつも通りだと思うけどな」
残業で中秋の名月なんぞを愛でる気力はない。もう家に帰って寝ることしか頭にない。
「君には、月がいつも通りに見えるのか?」
「んじゃあ、お前は何色に見えるんだよ」
同僚は月を見上げたまま、「何色かじゃなくて、どう見えるか、なんだよな……」と呟くように言った。俺は意味が分からずにスルーする。
駅へ向かう人達が後ろから俺と同僚を追い越して行く。月を見ている人なんて、誰もいない。
「とりあえず歩こうぜ。とっとと帰りたいんだから」
俺が少しイラついたのを感じ取ったのか、同僚は「ああ」と言って歩き出した。
「牛丼でも食うか」
「いや、このまま帰った方がいい?」
てっきり「そうだな」という返事が来るものと思っていた俺は、思わず「ああ?」と言い返した。「何でだよ」という意味を込めて。
「どこにも寄らず、まっすぐ帰った方がいい」
「言われなくてもそうするよ。じゃあな」
足早に改札口を抜けて振り返ると、ぼーっとこちらを見る同僚がいた。
――一体何なんだ?
視線を戻そうとした瞬間、満月が目に入った。
――いつも通りじゃねぇか。
そう自分に言い聞かせ、プラットホームへの階段を転がるようにおりて行った。
(了)
小牧幸助さんの「シロクマ文芸部」に参加しています。
赤い月って苦手なんですよ。
気味が悪くて…。
夜、帰宅中に雲間からチラッと赤い月が見えると、それだけでビクッとします…。
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